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最初の苦難

「―――!―――!!」


 声が、聞こえる。


 ……これ、さっきもやったな。流れが一緒だ。


 背中に感じられる温もりと、女性と思しき声。抱きかかえられているのだろうか。

 俺は目に力を込め、ゆっくりと目を開ける。


「―――、―――?」


 目を開けて最初に見たのは、涙を流しながら微笑む女性の顔だった。アンフィは異世界()()と言っていたから、おそらくこの人が俺の母親で、俺は赤ちゃんなのだろう。愛おしそうに俺を見ては隣にいるメイド服の女性に嬉しそうに何か話している。


 ここで、俺はあることに気づいた。


 母親が何を言っているのか、全く理解ができない。

 エレムズが日本語を喋る前に聞こえた音と似たような、言語なんだろうけど、耳馴染みがまるでないあの感覚。


 一旦異世界語、ということにするが大体こういうのって転生のついでに理解できるようになってるものじゃないのか?小説の読みすぎで実際はこんなもんなのか?


 そんなことを考えている間も母親は笑顔で俺を見ているが、だんだんと表情に曇りが出始めた。


 どうしたんだろう、何か困ったことでも起きたのだろうか?ずっと俺の方を心配そうに見ているが……


「―――、―――?」

「―――、―――」


 母親が、近くにいたメイド服の女性へと顔を向けて何かを話す。するとメイド服の女性も心配そうに俺の顔を覗き込みにきた。

 心配の種は俺か?もしかして、呪い的なものを持って生まれてきたんじゃ……?


 2人の心配そうな顔に俺まで不安な気持ちになってくる。何とかして、2人の心配を拭わなければ……!


「あ、あー!あー!」


 それが、何か言おうと思い開いた俺の口から発せられた言葉、というより泣き声だった。


 改めて、俺は赤子だ。つまるところ言葉を発することができない。赤ちゃんは発声器官がまだ未熟だからそりゃそうなんだが、それ以前に喋ろうとしたのにいきなり泣き出してしまう自分自身に何だか情けなくなってしまう。

 俺、これでも25の大人なんだけどな……。


 ただ俺が泣き出してから2人は一瞬驚いたような表情になり、そして安心したのか穏やかな笑顔に変わっていった。


 ―――ああ、なるほど。生まれたばかりの赤ちゃんが全然泣かなかったらあんなに心配そうな顔をしていたのか。


 2人の安心し切った表情を見てほっと一息ついたのも束の間、途端に急激な眠気が俺を襲ってきた。

 嘘だろ!?たった数分起きていただけでこんなに眠くなるものなのか?


 何とか抗おうとしても、睡魔は恐ろしいほどの勢いで俺の意識を奪っていく。ね、眠………………







――――――――――――――――






 突然ですが皆さんは、赤子の生活と言われてどんな想像をするだろうか。

 目が覚めると泣き、ミルクを飲み、おむつを変えてもらい、寝る。そしてまた暫く寝て…………なんていうものを思い浮かべるだろう。


 何でこんな話を始めたかというと、この生活がかなーりしんどい。具体的に言うと、目が覚めている時間が短すぎる。

 本当にミルクを飲んでいる時間くらいしか起きていられず、抗いようのない睡魔に襲われて眠りにつく。起きている時間を有効に使おうとしても、動き回れるほどの筋肉がないからベッドの上から動けない。

 ならば言語を少しでも早く覚えようとしても、教えてくれる人はいないしただ音を聞いているだけだから全く理解できない。




 そんな何もすることができない時間を、どれくらい過ごしただろうか。

 起きる時間も寝る時間もまちまちなせいで、日にちの間隔がまるで分からなくなって暫く経った今日この日―――俺はやっと、自分の力で動けるようになっていた。


 結構前から「あー」とか「うー」みたいな声を発することは出来るようにはなっていたが、それでも不規則に眠くなるしベッドの上から自力で動けないせいで今ほどの感動は無かった。

 焦りとやるせなさに押し潰されそうな日々を耐え続け、やっとこうして誰の手も借りずに動けるようになったこの感動、涙が出そうなほど嬉しい。なんなら今ちょっと泣いている。


 そして俺は動けるようになって、まず最初に異世界語を覚えることにした。

 この世界で20年近く生活する以上、言葉を覚えられなければまともに生きていくことすら難しい。それにまだしっかりと歩くことも出来ないからトレーニングなんてことも出来ない。


 だからこそ今のうちに異世界語を習得しておけば、歩けるようになってからは自分自身の強化に時間を使える、という考えだ。効率的だろう?


 異世界語を学ぶためには先生がいる。そして先生には母を頼らせてもらおう。

 そう思った俺は母を探すべくベッドから降りる。


 漸く始まる異世界での修行、その第一歩を踏み出し―――




 かけたところで、一つの大きな問題にぶち当たった。

 この家から母を探すの、めちゃめちゃしんどくね?と。


 と言うのも俺が生まれたこの家……というより屋敷と言った方がいいかもしれない。とにかくこの屋敷がかなり大きい。俺が覚えているだけでも20は部屋がある。


 加えて、俺は今ハイハイしか出来ない。

 これだけ広い屋敷をハイハイだけで歩き回り、母親を探し出すことが果たして出来るだろうか……?


「――、―――?」


 床に四つん這いの状態で思案していた俺の元に、メイド服の女性がやってくる。この人は母とよく一緒にいる人だ。確か俺が生まれた時も一緒にいた人だったっけな?


 メイドの女性は俺がベッドから落ちたと勘違いしたのか、慌てて俺を抱きかかえるとベッドに戻そうとした。

 そこで俺は思いつく。


 そうだ、別に母じゃなくてもこの人に教えてもらえばいいじゃないかと。


 そうと気づけば即行動。俺はメイドさんの胸をぺしぺしと叩き、「あー!」と叫びながらベッドに戻されることを拒否するような姿勢をとる。

 そんな俺の行動に困った顔をするメイドさん。ごめんよ、でも俺も急いでるんだ。


 俺は続いて扉の方を指差し、外に出たいと言う意思を示す。言葉は話せないものの、ジェスチャーは伝わるようでメイドさんはしょうがないな、と言いたげに俺を抱えたまま部屋の外へと出てくれた。


「―――、―――――?」


 何かを問いかけるメイドさん。残念ながらまだ何を言っているかの理解はできない為、構わず目的の部屋を指差す。


 俺が行きたいのは書斎。前に一度、母に抱えられながら入ったことがあるがあそこには分厚い本がずらりと並んでいた。そこで文字を学び、とっとと異世界語を習得しなければ。


「―――?」


 メイドさんは俺の指差す方向へと歩き出す。部屋の前に来るたびに立ち止まり、俺の方を見て何か問いかけるが俺は変わらず書斎の方を指差し「あ!」と言う。


 そんなやり取りを数回繰り返して、遂に書斎へと辿り着いた。俺は書斎の扉を指差し、中に入りたいという意思を伝える。


 しかし、メイドさんは困った顔で俺と書斎の扉を交互に見つめる。あ、あれ……?


「―――、――――」


 メイドさんは俺に向かって何かを言うと、書斎を通り過ぎて別のところへと歩き始める。ちょっとー!?


 書斎に行きたいんだという意思を伝えるため、再び胸をぺしぺしと叩いて「あー!」と抵抗の意を示すが、メイドさんは俺に何かを言いながらどんどんと書斎から遠ざかっていく。


 お、俺の計画がー!

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