神、救済、転生
「…………もし、…………もし?」
声が聞こえる。
どことなく優しそうな女性の声。全てを包み込んでくれそうな、聖母のような―――
「あら、聖母なんて所詮は人間の理から脱することのできなかった神のなり損ないじゃないですか。あんなものと一緒にしてもらっては困りますわ」
口調は変わっていないが、なんだか怒っているようにも聞こえた。どうやらこの声の主は、聖母と一緒にされるのは嫌らしい。
…………ん?ちょっと待て。俺今喋ったか?
「いいえ、貴方は言葉を発していません。
というより、貴方は今言葉を発することはできません」
再び、声。確かに今声を出そうとしても自分の声は出ない。それどころか自分の視界に自分の手足が映らない。
不思議に思い、視線をあちこちに向けてみる。しかしどこを見ても目の前には一面の白しか見えない。奥行きも、広さも感じられないほど真っ白な空間に俺はいるらしい。
何だ?俺は今どういう状況にいるんだ?
「困惑しているようなので、まずは貴方が置かれている状況から説明します。
―――っと、その前に。
自己紹介がまだでしたね。私は地球の管理を任されているアンフィです。この空間では、貴方の考えていることは全て私に筒抜けなので、私との会話は貴方が思考するだけで成立します」
アンフィと名乗る声の主は、俺の今の状況について丁寧に説明してくれた。
「貴方は、エレムズの攻撃により現在瀕死の重傷を負っています。
もう少し私の介入が遅れれば貴方は死に、貴方の友人は完全にエレムズに身体を乗っ取られ、地球は彼らの手に堕ちてしまう……
そんな最悪の未来を回避するために、私の手で貴方の身体と魂を避難させました」
アンフィによれば、俺はエレムズの使う『スキル』とか言うものでの攻撃を受け、現在死にかけの重症。身体の方はアンフィが持つ異空間で現在治療中で、魂はこうしてアンフィの前に連れてこられたらしい。
こうも立て続けに現実味のないことに遭遇すると、いちいち疑うのも馬鹿らしくなってくる。今自分が魂だけの存在だという事実も、思いの外すんなりと受け入れることができた。
…………まあ、諦めただけとも言えるが。
「変に疑わず受け入れてもらえるとこちらも助かります。
というわけで、貴方は今地球に戻ることができません」
馬鹿にされたような気がするが、一旦置いておこう。今俺の身体が地球に無いから俺の魂は地球に戻れないということか。
で、俺になにをさせたいんだ?
「察しがいいですね」
地球の管理者様がこんな何もない一般人を何の打算もなしにわざわざ助けるとは思えない。おそらく俺に用事があるんだろうということは少し考えればすぐに思いつく。
「貴方の考えている通り、貴方を助けたのは今回の危機を貴方に解決してほしいからです」
危機……と言うと、まさに今行われている侵略を止めろと言うことだろうか?
「ええ、その通りです。
とは言え、ただの地球人である貴方が身体の修復を待って今のまま戻ったところでまた殺されるのがオチです」
そんなことはアンフィに言われなくても理解している。俺にはスキルなんていう超能力は無いし、パンチ一発で人を吹き飛ばせるほどの超パワーもない。
「ですので、貴方には今から異世界転生をしてもらいます」
…………へー、世界の管理者様でも冗談とか言うんだ。異世界転生って、それこそ最近流行りのアニメや小説以外で聞いたことがない。
「あぁ、本当に人間の想像力は偶にあながちハズレてもいないところを行くから面白いですよね。
―――ありますよ、異世界。嘘でも物語でもなく、科学ではなく魔法が発展し、魔物や魔王が存在する世界が」
一度は疑うことを諦めかけた俺でさえも荒唐無稽に思える話だ。……本当に?いやいや嘘だろ。だって異世界なんて―――
何とか否定の材料を探す俺の頭に、1つ思い当たる節が浮かんだ。
俺の親友の身体を奪った、エレムズの存在。
よく考えれば、奴の存在そのものが異世界が存在するという裏付けになるのではないだろうか。少なくとも俺は『他人の身体を乗っ取る』なんてことや『スキルを使って攻撃する』なんてことができる人間を見たことがない。
いや、もしかしたら宇宙のどこかにはそういうことができる奴もいるのかもしれないが、問題はそこじゃない。
アンフィ、俺はその異世界に行けば来人を取り戻すことができるのか?
「貴方の努力次第ですね。
貴方の友人が完全に身体を乗っ取られる前にエレムズの魂を身体から引き剥がせば可能です」
話が見えてきた。
つまりアンフィは、俺に異世界に行って強くなり、地球と親友を救えと言いたいのだろう。
「やはり貴方は察しが良くて助かります。
エレムズが完全に身体を乗っ取るまでに、凡そ1ヶ月程掛かると思います。
なのでそれまでに力をつけ、侵略を阻止してください」
……俺の知っている異世界転生モノって、何年もかけてどんどんと力をつけていくものなんだけど1ヶ月やそこらで強くなれるものなのか?
「地球とあちらでは時間軸が異なるので、地球の1ヶ月がそのままあちらの1ヶ月にはなりません。
そうですね……大体地球の1日があちらでの1年程でしょうか」
アンフィの言う通りなのであれば、俺は向こうでの猶予は30年近くあることになる。
しかし30年も修行するわけにはいかない。来人の身体が乗っ取られるまで凡そ1ヶ月なんだから、それより早まる可能性だってある。
―――20年だ。それで俺は地球に戻ってエレムズを倒す。
「では私から1つ課題を設けましょう。
それがクリアできなければ、エレムズに勝つこともままならないでしょうし」
そう言ってアンフィは俺に1つの課題を設けると、俺の魂を異世界へと飛ばした。