異世界からの来訪
「「乾杯〜」」
並々とビールの入ったジョッキを2人で打ち付け合い、その中身を一気に煽る。
一息で飲み干し、ぷはぁ〜!と同時に。各々スーツのネクタイを緩め、目の前のお通しに手をつけ始める。
今日は華の金曜日。仕事終わりのサラリーマンや授業終わりの大学生達の喧騒で溢れた都内の居酒屋で俺、佐久間雄一とその友人、梅田来人は互いの1週間の労をねぎらい、酒を酌み交わしている。
どちらからともなく誘いを入れ、適当な居酒屋に集まって酒を飲んで喋る。いつの間にか、この飲み会が週末の恒例行事となっていた。
別にお互い特別聞いて欲しい話があるわけでもない。ただ何となく仕事や上司の愚痴から始まり、段々と互いの近況の話へとシフトしていくのがいつものパターンだ。
「で、彼女できた?」
これは俺たちの飲み会において最早お決まりの質問。毎週飲んでいるが故に近況なぞそう簡単に変わるはずもないが、それでも聞かずにはいられないのだろう。つまみに頼んだ焼き鳥を口に入れながら来人は尋ねる。
「彼女のかの字も気配はございません。
そういうお前はどうなんだよ」
俺は飲み終わったビールのお代わりを店員さんから受け取り、2杯目に口をつけながら来人に尋ね返す。
聞かれた来人はと言うと、待ってましたと言わんばかりににやにやとした顔で答えた。
「実は最近……」
来人の顔とその言葉に、俺は目を丸くした。
いやいや冗談だろ、先週は俺と一緒に「どこかに一緒に料理作りながらイチャイチャしてくれるかわいい女の子いないかな」とか言ってたじゃねえか。
いや、待て。まだ「なんてな!出会いなんてあるわけないだろ〜」という可能性だってある。大丈夫、落ち着け……
「最近、ゲームで知り合った子と付き合い始めてさ」
俺の淡い期待は、そんな来人の言葉にあっさりと砕かれてしまった。
思い返せば来人とは大学からの付き合いだが、こいつはとんでもないほどの優良物件だ。物腰は柔らかで顔もいい。でも情に熱く、友達の為に怒れる、そんな底抜けにいい奴が来人なのだ。
おまけに就職先は一部上場企業で収入も高い。改めて考えてみれば25歳にもなる今までこいつに彼女がいなかったことの方が珍しいのだが、それが当たり前になりすぎていてこいつが優良物件なのをすっかり忘れてしまっていた。
「良かったじゃねえか。で、どんな子?」
驚きはしたが、友人のめでたい報告は俺だって嬉しい。そりゃあ多少妬むところもあるが、そこは今日の飲み代を奢ってもらうことで手打ちとしよう。幸せ税ってやつだ。
「いやそれがめっちゃいい子でさ。俺がやってるネトゲのギルドが同じ子なんだけど―――」
嬉しそうに相手について話す来人。酒が入ってることもあり、聞いてもいないような惚気話を饒舌に話してくる。
俺はそんな来人の話を半分くらい聞きながら、ビールをちびちびと飲む。
俺にもそんな優しく尽くしてくれて、一緒にいて面白い彼女できねーかなぁ……
――――――――――――――――
「いや〜、めっちゃ飲んだわ」
あの後、段々と楽しくなってきた俺は来人の彼女の話を肴に飲みまくった。
そんな俺のペースに乗ってきた来人もいつも以上に飲むもんだから、2人ともべろんべろんになって帰路に着くハメになってしまった。
お互い倒れないように肩を組みながら、千鳥足で何とか歩く。
「今日は月が綺麗だね〜」
普段なら空なんて見ないし、わざわざそんな情緒的なことも思わない。でも今日はとびきり嬉しかったのだろう、来人はふと空を見上げながらそう言った。
「言う相手間違ってるぞ」
優しい笑顔を浮かべて言う来人に、俺は冗談めかしく答える。男に告白されたってなんら嬉しくもない。
「おい、流れ星まであるじゃん!
折角だから彼女が出来ますように、って祈ってやるよ」
「うるせー幸せもんが!そんなことしなくても自分で祈るわ」
雲ひとつない夜空には、煌々と満月が輝いている。
そしてそんな空に降り注ぐ星々。珍しく、幾つもの流れ星が見えた。
降り注ぐ流れ星に、俺は心の中で2つお祈りをする。1つは当然彼女が出来ますように。そしてもう1つは、来人が彼女とうまくやっていけますように。
これだけ沢山の流れ星があるなら、2つくらい願っても罰は当たらないだろう。
「お前もさ、絶対いい人見つかるよ。だってお前いい奴だからな」
俺の願いを知ってか知らずか、来人が笑顔でそう言った。
「……世辞のつもりか?」
「違うっての、本気でそう思ってる。
……でもお前、自分を顧みない所あるからもう少し自分を大事にしたほうがいいぞ?」
「余計なお世話だ」
来人の脇腹を小突きながら答える。自分を大事に、ねぇ……
「兎も角、相手が出来たら絶対俺に言えよ?ダブルデートとかしようぜ」
「そんな学生みたいなこと……」
年甲斐もなく、そんなことを言う来人に俺は呆れながら答える。今が1番楽しいんだろうな、羨ましいぞこの野郎。
じゃれ合いながら帰る上機嫌な俺たちの目の前に、突然空から光が落ちてきた。
「うわっ」
「眩しっ」
一気に視界が真っ白になるほどの眩しさに、思わず目を覆う。
『――――――』
どこからか、音が聞こえた。目が見えないから正確にはわからないが、多分前の方からだと思う。
音は、言語のようにも聞こえた。少なくとも俺は聞いたこともないものだが、何となく音の主は喋っているような気がした。
『―――成程、これがこの世界の言語か』
音が、明確に言葉に変わった。その頃には先ほどまでの眩しさは無くなり、周りは月明かりが照らす夜の明るさに戻っていた。
俺は恐る恐る目を開ける。多少視界はぼやけるが、十分見えるレベルだ。
俺の目の前には、人の形をした白い何かがいた。
背丈は俺と同じくらい、ぼやけていても分かるほどしっかりとした筋肉をした人の形をした白い何かだ。
さっきの光が固まったように見える白い物体は、俺と来人に交互に顔(?)を向ける。
……いや待て。そもそも光が固まるってなんだよ。普通におかしいだろ。
あ、そうか。多分これ夢だ、俺今どこかの道で寝ちゃったんだろうな。
『……適性があるのは、こっちか』
先ほどと同じ声が目の前の白い物体から発される。白い物体は体ごと未だに手で目を覆っている来人の方に向けると、来人に向かって右手をかざす。
……って、何夢なのに冷静に状況分析してるんだ俺は。早く起きて帰らないと。
なんて思っていた、次の瞬間。
白い物体は来人の体へと吸い込まれるように入っていった。
「…………は?」
あまりの非現実的な出来事に、思わず声が出る。いやいやいや、夢とは言え突拍子もなさすぎるだろ。
そんなツッコミを脳内でしている俺を他所に、来人は目を覆っていた手を下げると、何かを確かめるようにグーパーと握ったり開いたりしだす。
次に体を捻ったり肩を回したり足を上げたり―――
まるで体の感覚を確かめるように、来人は体を動かす。
いくら夢とは言え不気味になってきた俺は、恐る恐る来人に声を掛ける。
「ら、来人……?お前いきなり何やって―――」
手を伸ばし、来人の肩に手が触れた瞬間。
来人のものとは思えないほど鋭い眼光が俺へと向けられ、直後に俺の頬に来人の裏拳が飛んできた。
「ぶぺっ!?」
来人は、決して太っている訳でも筋骨隆々な訳でもない。至って普通の中肉中背体型だ。
それなのに俺の体は宙に浮き、数メートルほど吹き飛ばされた。
「……何だ、お前は」
今まで来人からは向けられたことのない冷たい視線が俺に向けられる。
口の中に血の味が広がる。この味と頬の痛みで漸く、今までの事象が夢ではなく現実であることを俺は理解した。
「来人……じゃないよな
お前こそ何なんだよ」
痛む頬を押さえながら立ち上がり、来人(?)を睨む。来人(?)は視線をそのままに、俺の問いに答える。
「俺は魔王軍第一師団団長、エレムズ。
我が魔王ユウマ様の命により、この星を侵略する為に来た」
来人、もといエレムズの言葉に、再び俺の脳は理解を拒んだ。
「……侵略?お前何言ってんだよ」
「抵抗は無意味だ。貴様らの持つ『兵器』とやらでは、俺たちには勝てん。
30日もあれば、全てが終わる」
俺の疑問を他所に、エレムズは続けた。
30日って、1ヶ月で地球を侵略するって言ってんのかこいつは?
来人の姿で魔王軍だの地球侵略だのとファンタジーのようなことを言い出し、1ヶ月で侵略を終えるなんて突拍子もないことを言い出すエレムズに、俺の脳はパンク寸前だった。
「貴様は、この体の知り合いか?」
脳の処理がまだ追いつかない俺に対し、唐突にエレムズは問いかける。
「……だったら何だよ」
「そうか、ならこの場は見逃してやろう」
そう言って、俺に背を向けて立ち去ろうとするエレムズ。
未だに困惑しっぱなしの俺だが、このままエレムズが去るのはまずいと直感した。
立ち去ろうとするエレムズの腕を掴み、引き留める。今度は、拳が飛んでくることはなかった。
「……何だ」
掴まれた腕と、俺の顔を煩わしそうに見るエレムズ。顔が来人なせいでまだこういう表情に慣れないが、それでも今ここでこいつを逃すわけにはいかない。
「何だじゃねえよ。返せよ、来人の身体」
こいつは今、何らかの方法で来人の身体を奪っている。俺の友人の身体を。
「返せだと?この身体は俺がこの星で活動する為に必要不可欠なものだ。返すわけないだろう」
理由にもなっていない、傍若無人なエレムズの一言。その一言で、俺は完全に吹っ切れた。
「ふざけんじゃねえよ。来人はな、最近やっと彼女が出来て今1番幸せなんだよ。
それを、この星を侵略するから体をもらいますだ?ふざけんじゃねえよ!何だか知らねえけど、人の人生勝手に奪っていいわけねえだろうが!!」
拳を握り締め、エレムズに向かって殴りかかる。生まれてこの方人なんて殴ったこともないが、自然と拳が出ていた。
「見逃してやると言ったのに、所詮は人間か」
ポツリと、エレムズが呟く。
次の瞬間、エレムズの手から黒いオーラが伸び、俺の腹を貫いた。