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61. 破滅の匂い

 う、うぎゃぁぁぁ!


 鮮血を吹き出す肩口を押さえながら苦悶の表情を浮かべ、王子は地面へと崩れ落ちる。


「次は、首を落とします……。いいですね?」


 ケーニッヒは冷たい視線を王子に投げかけながら、カチッと剣をさやへと収めた。


 剣聖の凄まじさをまざまざと見せつけられた騎士たちは、恐怖に打ち震える。ケーニッヒが動いたことも見えなかったし、どうやって斬ったのかも分からなかったのだ。


 涙目でケーニッヒを見上げた王子は、ブルっと体が震えた瞬間、貧血で意識が途絶え、血を振りまきながら床に倒れ伏す。


「医療班! 急いで!」


 オディールは青い顔をしながら叫んだ。速やかに対応すれば、腕を元通りにすることができるかもしれない。


 ドヤドヤと入ってきた医療班のメンバーが聖水を使った治療を続けていくのを眺めながら、国王は王子の愚行に頭を抱え、言葉を失っていた。



       ◇



 王子の治療は上手くいったもののしばらくは安静ということで、晩餐会は中止となった。国王とハーグルンドは軽食ののち大浴場に案内される。


 夕暮れの中、ロッソは聖気を噴き出して火山のような輝きを放ち、湖には聖気の粒子が蛍の群れのように煌めいている。空には天の川がくっきりと輝き、聖気の煌めきと共に光のシンフォニーを奏でていた。


 おぉ……。 これは見事な……。


 二人はそんな幻想的な光景に驚嘆の表情を浮かべながら、そっと浴槽に浸かる。


「ハーグルンドよ、あの娘をどう見る?」


 国王はジャバジャバと顔を洗う。


「いやぁ、あれは相当な(タマ)だと思いますな。王の威圧に耐えられる者はそうはおらんでしょう。なぜ……、追放などされたのか?」


「あのバカ息子に任せておったのじゃ。公爵も見ぬけなかったのだから仕方ない」


 国王は重いため息を吐きながら、無力感に満ちた顔で首を振った。


「この機会に国交を結ばれてはどうですか? はっはっは」


 ハーグルンドは楽しそうに笑う。しかし、国王は押し黙ったままだった。


 聞けばこの街には貴族制が無いらしい。このまま発展していけば大陸一の都市となるのも時間の問題だ。平民だけの街が大陸一になれば貴族の支配する王都は維持できない。革命が起こって王家断絶まで行ってしまうかもしれないのだ。革命にならなかったとしてももはや貴族制は維持できないだろう。そうなれば伝統あるハーグルンド家は没落必至である。


「……。あ奴は……」


「あ奴は?」


 国王は大きく息をつくと、絞り出すような小声で言う。


「あ奴は危険じゃ。何とかせんとならん。手伝ってはくれぬか?」


 ハーグルンドを見つめる目に滲む邪悪な光は、心を凍りつかせるほどの冷酷さを秘めていた。


 ハーグルンドは背筋にゾクッと寒気を感じる。国王はオディールを暗殺するつもりなのだ。先ほどケーニッヒに息子の腕を斬られたというのに、懲りもせず命を狙う国王にハーグルンドはきな臭い破滅の匂いを嗅ぎ取った。


「いやいやいや! うちは協力できませんな。そりゃ、こんな恐ろしい国、なくなってくれた方が大陸のためでしょう。ですが、無理です。やるのは止めないですが、協力はできませんな」


「そうか……」


 国王は浴槽の中でチラチラと光を放つ聖気の微粒子を眺めると、バシャッとまた顔を洗う。


 やらねばやられる……。


 キラキラと輝きを噴き上げるロッソを見る国王の瞳には、(くら)い決意が宿っていた。



           ◇



 数か月後――――。


「ねぇ、明日はサンドイッチでいいかなぁ?」


 久しぶりの休日をミラーナとのピクニックで過ごそうと、オディールはウキウキしながら準備を進めていた。


 ロッソのふもとに綺麗な花の咲く丘が現れていて、そこに案内すればミラーナはきっと喜んでくれるに違いない。また花冠を編んだり、他愛のない話でもして日ごろの疲れをいやそうとオディールは考えていたのだ。


 その様子を見たミラーナは、申し訳なさそうな顔をして手を合わせる。


「ごめーん、明日は私、ちょっとダメになっちゃった」


 え……?


 予想もしなかった返事に、オディールは思わず持っていたパンを落としてしまう。


 ポンポンと床にバウンドしたパンがコロコロと転がった。


「ど、どういう……こと? 前から約束……してた……よね?」


 オディールはこわばった笑顔でミラーナに詰め寄る。


「ローレンスがね、有名なドレスデザイナーを呼んで、ドレスの採寸をしてくれるんだって」


 ミラーナは目をキラキラ輝かせながら手を組んだ。


「そ、それは明日じゃなくてもいいよね?」


「それが明後日には帰っちゃうんだって。ごめんね」


 オディールは呆然として首を振る。ミラーナが自分から離れていってしまう、それはオディールの心に受け入れがたい痛みを刻んだ。


「な、なんでそんな約束しちゃうのさ! 約束は僕の方が先だよ?」


「だからゴメンって言ってるわ! オディとはいつも一緒なんだからたまには他の人と会ったっていいじゃない!」


 ミラーナは不満げな表情で言い返す。


「い、いつもって何だよ! ピクニックは初めてじゃないか!」


「私はあなたのママじゃないのよ? たまには自由にさせて!」


 ミラーナは鋭い視線でオディールを貫く。それは今まで見せたことのない毅然とした否定だった。


 オディールはわなわなと身体を震わせる。まさか自分がここまで拒絶されるとは夢にも思っていなかったのだ。


 もちろん、ミラーナは自由だ。オディールには彼女を縛り付けることなどできない。その無力感がいっそう悲しみを加速させる。


「な、何? ミラーナは僕より……ローレンスの方が大切なんだ?」


「い、いや、そういうんじゃない……」


「もう知らない! ミラーナのバカーーーー!」


 オディールはテーブルのピクニック用具を全部床にぶちまけ、大声で叫ぶ。そして、自室に駆け込み、バン! とドアを壊さんばかりの勢いで閉めた。


 ピクニックを楽しみにしていたのは自分だけだったのだ。オディールは、悲しみに打ちひしがれてベッドに倒れ込む。


 いつも一緒だったミラーナが自分との約束を捨てて男の元へと行ってしまう。それはオディールに胸が張り裂けるような苦痛をもたらし、毛布の中で大粒の涙がポロポロととめどなくこぼれた。


 一体自分は何のためにこんな街づくりをしてきたのだろうか? ミラーナを失ってしまったらもう何の意味もない。オディールは絶望に打ちひしがれ、シーツが涙で濡れていくのを止められなかった。



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