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54. 女神に連なる者たち

「それがしが適任かと……」


 ケーニッヒは胸に手を当て、うやうやしく頭を下げる。


「うん! 手加減してやってね」


 オディールはニコッと笑うと、ケーニッヒの肩をポンと叩いた。


「て、手加減!? 老いぼれのくせに、全力で来い! 叩き潰してやる!」


 騎士団長は、銀光を放つ剣をすらりと抜くと、怒りに燃えた視線でケーニッヒを指し、その怒声は雷鳴のように響き渡った。


「男は剣で語るものだよ? はっはっは」


 ケーニッヒは騎士団長の若さに思わず笑ってしまう。


「むぅ……? お前、剣はどうした?」


「あ、入り口で預けてしまったなぁ……。そうさなぁ……。まぁ、これでいいか」


 ケーニッヒは聖水の木箱の細い板をベキッとはがすとブンブンと振りまわした。


「ふっ、ふざけやがって! 後悔させてやる。来い!」


 騎士団長はあまりにもバカにした態度にギリッと奥歯を鳴らし、ツカツカと隣の中庭に作られた演舞場の方へ向かう。



        ◇



 演舞場で向かい合う二人。筋肉ムキムキで完全武装の騎士団長に対し、ヒョロっとした高齢のケーニッヒは白い礼服に木箱の板。どう見ても勝負になりそうにない二人を見ながら、貴族や文官たちはざわめく。


「一撃で決まるかな?」


 オディールはニヤッと笑ってレヴィアに聞く。


「まぁ、手加減しても一撃で終わりじゃろうな」


「自分も一撃だと思いますね」


 ローレンスも肩をすくめながら言った。


「なんだよ! 賭けにならないじゃないか、くふふふ」


 オディールは浮かれた調子で笑う。


「そこ! うるさい!」


 レフェリー役の中年男がオディール達を注意する。


 なぜ、こんな絶望的な状況でコイツらは楽しそうなのかと、周りの人々はけげんそうにオディール達を眺めた。


 不愉快になった国王は騎士団長を呼ぶ。浮かれた小娘に絶望を叩きつけてやらねば気が済まない。ハーグルンドの威信をかけて全力で踏みにじってやるのだ。国王の瞳には邪悪な炎が揺らめいた。


「全てを使え! 叩きのめせ!」


「御意!」


 騎士団長は舞台に戻ると、渡された魔法のスクロールを破いた。


 刹那、激しい黄金の光が煌めき、騎士団長は淡い赤色の光に包まれる。


「ぐははは! 攻撃力倍増!」


 さらに次々とスクロールを破き、青い光に包まれ、緑の光に包まれ、最後には虹色の光をまとい嬉しそうに笑った。


「あらら、相当お金かけてるよ」


 オディールは呆れた様子で光り輝く騎士団長を見た。


「貴重なスクロールをもったいない……。この国は贅沢じゃのう」


 レヴィアはため息をつく。


「ふははは! ミンチにしてやる! 覚悟しろ!」


 魔法で最大限のバフがかかった騎士団長は、いまだかつてない万能感に包まれた。


 しかし、ケーニッヒはつまらなそうな顔であくびをしながら返す。


「もういいか?」


「どうした? 構えないのか?」


 だらんと腕を降ろした自然体のケーニッヒを見ながら、騎士団長は怪訝そうに言う。


「お前など構えるまでもない。いいから早く来い」


「ふん! チンチクリンの小娘の護衛のくせに生意気だ」


 騎士団長はムッとして煽る。


「なに……?」


 刹那、ケーニッヒの目が鋭く青く光り、まるで重力が何倍にもなったかのような重苦しい重圧がズン! と辺りを覆った。


 ぐはっ……。


 騎士団長はいまだ感じたことの無い激烈な威圧感に思わずたじろぐ。


「我が主君を愚弄(ぐろう)するか? 小僧……」


 ケーニッヒの鋭い視線に貫かれた騎士団長は、ぶわっと全身に鳥肌が立ち、冷や汗がタラリと頬を伝う。


「くぅぅぅ、この老いぼれが!」


 騎士団長はギリッと奥歯を鳴らすと、「うぉぉぉぉ!」と叫び、剣を高々と掲げた。直後、剣は青い炎をまとい、光り輝いた。それはハーグルンド王国に代々伝わる伝説の聖剣だった。


 おぉ! いいぞ! やっちまえ!


 ハーグルンド初代国王が女神様より賜った、全てを切り裂くと伝わる伝説の聖剣。久々に光り輝いたその伝家の宝刀に、観客は狂喜し、歓声が宮殿に響き渡る。


「死ねい!」


 突っ込もうと力強く一歩前に出る騎士団長。


 パン!


 その瞬間、何かの音が響き、騎士団長は動きを止め、そのままドスンと床に転がった。


 え……? は……。 あれ……?


 歓声が途切れ、静寂が辺りを支配する。


 一体何があったのか誰にも分からなかったが、騎士団長は身動き一つせず、白目をむいて転がっていた。


 ケーニッヒはやれやれという感じで、スタスタと舞台を降りていく。持っていた木の板はひしゃげ、それだけがケーニッヒの繰り出した攻撃を物語っていた。


「お、おぉぉぉ、お主は……」


 国王はその瞬間、昔、王都で見た武闘会のシーンを思い出す。そう、これと同じく剣聖が相手を瞬殺した試合だった。


 ケーニッヒに駆け寄ると国王は興奮した様子で顔で声をかける。


「ま、まさか貴殿はケーニッヒ……?」


 ケーニッヒはニコッと笑う。


「まだ覚えている方がいるとは思いませんでしたよ」


 とっくの昔に引退したはずの剣聖の超級スキルがこんなところで見られたことに唖然として、国王は静かに首を振る。


「な、なるほど、あなたがいたからあの娘は強気だったんじゃな?」


「違います。あのメンバーの中には私より強い方が二人もおられる」


 ケーニッヒはニヤッと笑い、肩をすくめた。


「はぁ!? 剣聖より強い……どういう事じゃ?」


「たとえ私でも一万の軍勢に攻められたら負けてしまいます。でも、あの方は十万、いや、百万の軍勢でも瞬殺してしまえるんです」


 ケーニッヒはチラッとオディールを見る。


「ひゃ、百万!? ま、まさか魔王……?」


「いや、女神に愛されている者……ですかね。そしてもうひと方は女神の眷属(けんぞく)……。人間には勝てませんよ」


 ケーニッヒはにこやかに肩をすくめる。


「め、女神!? あわわわわ……」


 国王はゾクッと背筋に冷たいものを感じ、脂汗を浮かべる。ただの女子供のママゴトかと思っていたら剣聖すら従える女神に連なる者たちだったのだ。これはまさにハーグルンド存亡の危機である。国王は今までの非礼を詫びねばと急いでオディールの元へと走った。



        ◇



 急遽開かれることとなった国交調印式と晩餐会。オディール一行は一休みした後迎賓館に招かれた。


 大陸南部最大の街ハーグルンド。豊かな資源や海産物で潤うこの街の(ぜい)を集めて作り上げた迎賓館は、南国らしい白を基調とした豪奢な建物だった。中に入れば、マホガニーやチークを大胆に使った豪華なインテリアで来客を圧倒する。


 壇上でハーグルンド国王に並んだオディールは、多くの貴族の前で、自信に満ちた手つきで書類に署名した。彼女の堂々とした振る舞いはサラリーマン時代に培った処世術であり、優雅な振る舞いは、かつて公爵令嬢として身につけたものである。まだ若いながらも彼女は国交の相手として非の打ち所がないと、貴族たちは感心した目つきで見守っていた。


 そんな堂々とふるまうオディールをミラーナは誇らしげに目を細めて見つめていた。こんな大きな国の国王と対等に渡り合う存在にまで上り詰め、華やかな舞台で注目を集めている。それはもはや立派な大人であり、幼い妹扱いはもう卒業しなくてはならないことでもあった。


 調印が終わるとオディールはにこやかにハーグルンド国王と握手し、割れんばかりの拍手がボールルームに響き渡る。


 すると、貴族たちが我先にオディールを囲み、親交を持とうと必死にアピールを始めた。女神の恩寵(おんちょう)を受ける若き領主、それは息子を持つ者にとっては絶好のチャンスであり、一族の未来のかかった渾身(こんしん)のプレゼンの機会だった。


 長時間にわたってもみくちゃにされながらも、挨拶を続けていくオディール。さすがに表情に疲労の色が見える。ミラーナは心配になり、少しでも余裕を作ってあげようとドリンクのグラスを持ってオディールの背中を叩いた。


「オディ、飲み物持ってきたわよ」


 しかし、オディールは振り向きもせず、有力な貴族に手を引かれてどこかへと行ってしまう。


「オ、オディ……?」


 聞こえているはずなのに無視されてしまったことに呆然とするミラーナは、追いかけようとする貴族たちにドンと押され、危うく倒れそうになる。


 きゃあっ!


 ローレンスがすかさず身体を支えたが、ミラーナは去っていくオディールの後ろ姿を見ながら言葉を失っていた。


 いつでも『ミラーナ、ミラーナ』と、無邪気に自分を追いかけていた可愛い女の子オディール。それが今、自分の呼びかけを無視して去って行ってしまう。それは健全な巣立ちではあるのかもしれないが、キュッと胸を締め付けられ、思わず手を当てた。


「大丈夫ですか?」


 ローレンスは心配そうに聞いてくる。


 だが、ミラーナは大切なものを失ってしまったのではないかという焦燥感に駆られ、返事どころではない。彼女は両手で顔を覆うとうつむき、深い悲しみの中に身を沈めた。


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