第2話
「まじで来たのか。」
白峰学園の教師『有馬 心佑』は職員室にある自らの机に座り信じられないものを見る目で目の前の男子生徒を見ていた。
「まじで来たのかよってなんだよ!前々から来るって言ってたじゃんかよ。」
男子生徒『有馬 剛』は叔父である心佑に心外であるといったように言う。
「いや、おまえ、クラブとか強豪校からの誘いはどうしたよ。相当な数来てるって姉さんから聞いたぞ?」
と心佑は剛に言う。
心佑の甥、剛は何を隠そうUー15のサッカー日本代表に選ばれているゴールキーパーであり、本来であればこのようなサッカー部もない新設校である学校にいていい存在ではなく、Jリーグのユースチームあるいは高校の強豪校に進学しプロへの道を順当に歩んでいくべき存在なのだが
「全部断ったよ。中1のころからここに来ることに決めてたし。」
「いや、聞いてたけどよー。姉さんたちは反対しなかったのか?」
「まったく。おまえが考えて選んだのなら何も言わない。って。」
そうなのだ。剛の母親は良くも悪くも放任主義で子供が自分で決めたことには口を出さず、支援はするので好きなようにやれ、という教育方針なのだ。
(わかっちゃいるが、今回ばかしは止めてほしかったんだがなぁ。)
将来、日の丸を背負う選手がここのような場所で回り道をするのは致命的だ。
特に高校生の年代はプロに注目される年代でユースで育成する選手はもちろん、高校で爆発的に成長した選手を発見しスカウトすることも少なくないが、それも強豪校で大会で上位の成績を残しているとこに限った話であり、もちろん白峰学園はそれに当てはまらない。いや、そもそものそれ以前の問題がこの学校にはある。
「本気なのか?ここにはサッカー部はないんだぞ。」
そう。白峰学園にはサッカー部は存在しない。
白峰学園は5年前に新設で作られた学校で運動部は最近になって増えてきているのだが、なぜか今までサッカー部を立ち上げるものがいなかった。
だからこそ。と剛は声を上げる。
「だからこそ、だよ。おじさん。おれが作ったチームで日本一を取る。言ったろ?それがおれの夢だって。」
以前から聞いている剛の夢。
『自らの作ったチームで日本一になる。』剛が10歳ころ、急に言い始めたことだ。最初はプロのサッカー選手になりたいと無邪気に言っていたのだが、なぜこのようなことを言い始めたのか誰もわからず、心佑は子供の言うことだと真に受けずにいた。剛はジュニア、ジュニアユースと地元の J1チームの下部組織に加入し、順調にプロへの道を歩んでいると思っていた矢先に今回の事である。
「冗談かと思ってたわ!そもそも、ヴェンスタ宮城からユース昇格の話も来てたろ。どうしたんだよ?」
「来てたけど。断ったよ。」
「まじで言ってんのか。他のユースチームとか強豪校に行くとかならわかるが、相応批判されることになるぞ!分かってんのか!?」
職員室に心佑の声が響き渡る。
他の職員たちから怪訝な目で見られていることに気づき、落ち着きを取り戻す。
「とにかく。悪いことは言わねえから、ユースチームに戻れ。それに、11人いないと大会には参加できないぞ。」
サッカーは11人でするスポーツ。この学校には当然サッカー部がないため、当然剛のほかに10人必要になることは必然だ。
「それなんだけど。はいこれ。」
そう言って紙束を心佑に渡す剛。
「ん?これは、、、入部希望!?11枚もあるじゃねえか。」
紙の数は11枚。入学式から2日しかたっていないこの短期間に集められるとは思えない数だ。
さらに、紙に書かれているその名前に心佑は驚いた。
「しかもこれは。おまえ、このメンツをどうやって集めたんだ?」
そこに書かれている名前の半分は知っている名前だった。甥が世代別代表に選ばれていることから県内の同じ世代の有力選手は昔の伝手で情報を仕入れていたため、知っていた。
「大石中の『東條 彰』、角巻中の『天野 春明』、清水中の『刈谷 典明』の3人は県選抜。それに郡中中の『速水 駿太』までいるじゃねえか!」
私立郡中中学校は県内でも有数のサッカー強豪校で、そこのエースストライカー『速水 駿太』は世代別代表の左ウィングを担っていた男だ。その前の3人も同様に当然このようなところにいるべき男達ではない。
「へへ。中学のころから地道に集めてたんだよ。結構な人数に声をかけたんだけど結局来てくれたのはこの10人だったよ。」
少し残念そうに言う剛を見て心佑は逆にこれだけのメンツを揃えたこと自体に驚く。
「もう一度聞くが、どうやって集めたんだ?4人とも多かれ少なかれスカウトが来ていただろうに。」
県選抜や世代別代表に関わらず、高校でサッカーをやろうと思っている者たちは普通にサッカー部がある学校に行く。そもそもが、近年サッカー部のない高校が少ないことから、偶然この学校に入ってくるということはまずないだろう。
「彰と春明、それから典明は俺と一緒にやれるならって言ってくれたんだよ。駿太に関しては・・・。」
「関しては?」
何故か言葉に詰まる剛に心佑がオウム返しする。
「女子がかわいいからって言ってきてくれた。」
「・・・は?なんだって?」
「だから、この学校の女子がかわいいから行ってもいいって。」
心佑の思考が剛の言葉を飲み込めずにいた。
『女子がかわいいから』などサッカーにまったく関係しない事柄で数多く来ていただろうスカウトを断り、こんな無名どころかサッカー部もないような学校に来たのかと。
(意味が分からん。そんなことのためにここに来たのか。)
「まあ、そんな感じでその4人含め8人が経験者で、残り2人が初心者かな。」
剛の言葉に思考の海から意識を現実に戻す心佑。
「それで11人揃ったってことか。あとの2枚は、ん?『有馬 桜』と『綴 綾香』って桜ちゃんも入るのか?」
『有馬 桜』とは剛の双子の兄妹で、頭が良く白峰学園の特進クラスに入った心佑の姪だ。
「ああ。2人ともマネージャーで入ってくれるんだ。これで13人いるからサッカー部は作れるだろ?」
「はあ。これ以上言っても無駄みたいだな。顧問は、俺がやるしかない、か。」
「おお!頼もうと思ってたけど話が早くて助かるよ!」
嬉しそうに笑う剛。ここまで集めるということは本気で日本一を狙うチームを作ろうとしていると感じた心佑。甥の夢のために叔父である自分が一肌脱がないわけにはいかない。
(はっきり言って不可能に近い。だが、やれることはやってやらないと後悔するだろうな。それに)
続きを考えようとして、かぶりを振る。
(いかんな。もし、なんてことを今考えても意味のない話だ。)
「どしたの?おじさん。」
「いや、なんでもねえよ。とりあえず入部届は受け取っとくから、あとは練習場所とかの関係を他の先生と打ち合わせるから、決まったら知らせるよ。」
「了解!ほかに何かしといたほうがいいこととかってある?」
質問の意図が部活創設に関することであることだと察し、心佑は言葉を返す。
「部活を作る分にはこれでいいんだが、あと何人か、部員を集めといたほうがいいだろうな。」
「やっぱおじさんもそう思う?」
剛もそのことについて言及されることが分かっていたかのように言う。
「そりゃあな。交代の事も考えとくとあと最低でも2人は欲しいな。」
「2人かー。1人は目星がついてるんだけどな。」
「おっ。そうか。まあそっちは任せるから。しばらく待っててくれ。」
「わかった!よろしくねー!」
そう元気に言って職員室を出ていく剛だった。