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第1話

20××年4月1日午前7時00分


『試合は0-0のまま後半ロスタイムに突入しました。レッチェの攻撃を防ぎ切ったグレボロのカウンター。センターバックから中盤のピエトロにボールが渡り、一気にボールは前線へ!」


宮城県○○市にある二階建ての一軒家。


閉められたカーテンから朝日が差し込む一室で少年が胡坐をかいてテレビを食い入るように見ている。


少年は10代半ばで髪が目に掛かるほどの長さでおとなしそうな外見をしており、早朝だというのにテレビを見ながらぶつぶつと何かをつぶやいている。


テレビの中ではサッカーの試合が繰り広げられており、試合は攻撃を防ぎ切ったチームがカウンターで前線にボールを運び前線では攻撃側が3人、守備側が2人と攻撃側が数的優位となり攻撃側の中央の選手にボールが渡り、残り2人の選手がそれぞれ右サイドと左サイドから駆け上がっている。


守備側の選手は1人は右サイドの選手にマンマークをするようにぴったりと張り付いており、もう一人の選手がボールホルダーを見つつ左サイドの選手を警戒している状況であった。


ボールホルダーが逐一状況を確認しながらドリブルでボールを運んでいくが、左サイドを警戒していた相手のセンターバックが焦ったのか、ポジションが中央により左サイドにパスコースが開いた。


センターバックの位置からインターセプトはできないと判断し、パスを左サイドに通せば一気にチャンスとなる場面、ここしかないとボールホルダーは左サイドにパスを出す。


「とる。」

テレビを見ていた少年の口から自然とそんな言葉が漏れた。


パスが出た瞬間、否、正確にはボールホルダーだった選手がパスを出そうとキックのモーションに入った瞬間、相手センターバックが走り出しパスに出されたボールをインターセプトした。


―やられた。


パスを出した選手が相手センターバックにインターセプトされた際、そんな表情をしていた。


『おっと!ここでレッチェのセンターバック、サンドロがインターセプト!』


「やっぱりわざと開けてたかー。サンドロにしては不用意にパスコース開けたなー。って思ったんだよ。」


少年が語った選手はサンドロ・バレーラ。

イタリア代表センターバックであり、一対一の技術はもちろん、広い視野で状況を判断し、いち早く危険をつぶすのがサンドロのプレースタイルである。


「後半のロスタイムに入って焦ったな。まあ気持ちはわかるけど、あそこで罠はったサンドロはさすがだな。あそこはもうちょいドリブルで右サイド寄りにボールを持ち込んでディフェンダーを引き付けて」


とつぶやいていると、


「進矢ー。そろそろ行かないと入学式遅れるわよー。」


と1階にいる母親に声をかけられ、今日が入学式であることを思い出す。


「仕方ない。続きは帰ってから見るか。」

少年こと神崎進矢は本日、私立白峰学園高等学校に入学することになっている。

さすがに入学式に遅れるわけにもいかず、日課であるサッカー観戦を中断し、1階に降りる。


1階に降り、リビングに入るのと同時に

「またサッカー見てたのー?」

とおっとりとした口調で声を掛けられる。


「見るのはいいけど、今日は入学式なんだからおくれないようにねー。」

と笑顔で声をかけてきたのは、母の神崎桃子だった。


1階のリビングでは母親の神崎桃子が朝食を並べている最中で、すでに並べられていた朝食を兄の神崎桃矢が食べているところであった。


「進。今日はどこの試合見てたんだ?」

と桃矢が食事をしながら穏やかな表情で聞いてくる。


母の神崎桃子。

主婦をやっており、家事全般何でもこなす。性格は極めて温厚で怒ったところを見たことがない程である。コミュニケーション能力が高く、その性格から近所の人たちとはすこぶる良好な関係を築いており、悩みごとの相談や愚痴を親身になって聞いてくれる姿から、近所の人たちからは『仏の桃さん』と裏でひそかに言われているらしい。

   

兄の神崎桃矢。

尽天大学3回生。大学ではスポーツ医学を専攻しており、栄養学や最先端のトレーニングやけがの予防及び治療など勉強しているらしい。部活はサッカー部に所属している。尽天大学サッカー部は大学サッカーの中でも名門であり、去年の大会でも選手権を優勝、総理大臣杯ではベスト4と好成績を収めている。桃矢は選手としてではなく、コーチ兼マネージャーとして部に所属しているが、豊富なサッカーの知識、的確なトレーニングの指導、相手を翻弄する戦術の提案など様々観点からチームを支え、監督や選手からも信頼されている自慢の兄だ。


ちなみに2人とも美形で、出張に出て現在家に不在の父も美形の部類で俺以外は美形しかいない近所でもちょっと有名な美形家族といわれている。俺以外は。


(ほんと。遺伝子って理不尽だよねー。)

と生まれてこの方何回も打ちひしがれている現実から目をそらし、兄の質問に答える。


「今日は一昨日あったグレボロとレッチェとの試合を見てたよ。やっぱりサンドロはすごいねー。」


先ほどまで見ていた試合を見た感想を桃矢に伝える。


「あの試合なー。熱かったよな!特にレッチェがカウンター決めたときは震えたね。自陣ゴール前で、サンドロのインターセプトからの3手で決まった高速ロングカウンター。ミッドフィルダーの瞬時に抜け出しているフォワードを見つけてからのロングスルーパス。まさにロングカウンターの手本のようなプレーだったな。」


先の試合でレッチェは1-0で負けており、ぼるを自陣深くに持ち込まれることが多かった。

グレボロのポゼッションサッカーがうまく機能しており中盤でパスを回され、一時、ボールの占有率は70%程までになっていた。

しかし、レッチェがグレボロに許したシュート数は3本と、ボール占有率が70%を超える相手に対して驚異的な数字といえる。

レッチェの中盤での守備が崩れる中、サンドロを筆頭に最終ラインのセンターバック四人が見事に相手の攻撃をすんでのところで止めており、シュート数は極端に抑えられていた。

先制された得点もコーナーキックからのセットプレーからこぼれ球を押し込まれたもので、レッチェの最終ラインの堅牢さを表すような試合であった。


「まさに、カテナチオって感じだったな。」


「ほんとそんな感じだったね。イタリア伝統の堅守速攻が持ち味のレッチェらしさが出たって感じだった。」


カテナチオとはイタリアの言葉で『閂』を意味しており強固な守備戦術のことを指していたが現代ではその戦術は廃れてしまい、守備への意識や技術の高さに対して用いられることが多い。


「進矢。入学式早いんだから朝ごはん食べて早く学校行きなさいよー。」

進矢が桃矢と話していると、桃子が朝食を並べ終え朝食を早く食べるように催促して食る。


「ごめん母さん。すぐ食べるよ。」


「あ、それと光徳おじさんに会ったらよろしく言っといてねー。」


桃子の言葉から出てきた『光徳おじさん』とは『観音寺 光徳』という名前で桃子の叔父、つまり進矢や桃矢の大叔父に当たる人で、実はこれから進矢が通う白峰学園の理事長を務めている。

ちなみに、進矢がこの事実を知ったのは白峰学園の受験が終わった後で、今年の正月、親戚が一堂に集まった時に酒を飲みながら、「進矢君、今度うちの学校来るんだよね。これからよろしくたのむよ!」と言われたことで発覚した。


「了解。また学校で会ったら言っとくよ。」


そう言い進矢は机の上に並べられている朝食を食べ始める。


「そうだ進矢。」


朝食を終えた桃矢が進矢に問いかける。


「んー?」


「今日は練習来るんか?」


練習とは桃矢が通う尽天大学の練習であることが切っ掛けで進矢は部活動やクラブに所属することなく、桃矢の所属する尽天大学サッカー部の練習に中学3年間通っていた。


「そう、、だね。今日もお邪魔すると思う。」

一瞬、逡巡したのち、進矢は笑顔で言うが少し表情が暗いように見える。


「わかった。監督とかみんなには言っとくけど、、、。まだチームに入る気はないのか?」


「、、、。」


桃矢は進矢の事を考えると身体能力や技術が一番伸びる時期の高校生という期間で試合に出ることが重要であり成長するためには必要不可欠なことだと思っている。これに関しては進矢自身どうにかしないといけないと考えているが、過去のことを思い出すといまだに踏ん切りつかないでいた。


(もったいない。進矢の才能が日の目を見ないのは本当にもったいないんだ。)


桃矢はそう思い、どうにかチームに所属するように説得しようかとも考えたが、スポーツとは強制してやることではなく、自らの意思でやらなければ意味がないと考えあまりこのことについては強く言えないでいた。


(どうにかして進矢をチームに入れられんかな、、。)


そう考えていると、「ごちそうさま。」と朝食を終えた進矢が食器を片付け学校へ行くべく玄関へと向かった。


「それじゃ。行ってきます。」


と言い進矢は玄関のドアを開け出て行った。


「進矢、まだあの事引きずってるのかしら?」


「たぶんね。サッカーのことは嫌いじゃないと思う。大学の練習でも嫌々やってる感じじゃないし。何かきっかけがあればいいんだけど。」

と進矢の事を心配しながら桃矢も朝食を済ませ部の朝練習に行くべく家を発つのだった。














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