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そんな事も分からないから婚約破棄なんです。仕方ないですよね?(7/18追記)

作者: ノ木瀬 優

一部追記しました。

「レイチェル=ミッドフォード。貴様との婚約を破棄する事をここに宣言する!」


 卒業パーティーの会場で、リチャード殿下が私にそうおっしゃいました。


「そんな! リチャード殿下、それはあんまりです! きっと誤解が――!」

「誤解などない! マリア男爵令嬢に対する様々な嫌がらせ。その責任は貴様にある。そのような者を将来の王妃にする事など出来ぬ! これは『王命』である! 皆の者も、そのように心得よ!!」

「――っ!」

 

 リチャード殿下のお言葉に、私は言葉を失いました。どうして、こんな事になってしまったのでしょう…………。







 私とリチャード殿下の間に亀裂が入りだしたのは、1年ほど前の事です。リチャード殿下が事あるごとに私のもとにやってきて、私を糾弾するようになりました。




 あの日もそうです。


「レイチェル。先程、マリア=グラッツ男爵令嬢のドレスが切り裂かれた。何か知らないか?」


 学園のお庭で読書をしていた私のもとにやってこられたリチャード殿下がそうおっしゃいます。


(はぁ……またなの? せめて場所を考えて欲しいのだけれど……)


 今はお昼休みの時間です。お庭には私達の他にも人がいらっしゃいます。そんな中、リチャード殿下そのような事をおっしゃれば、当然目立ってしまいます。


(まぁ、みなさん、好奇の視線ではなく、憐みの視線を向けてくださっているのが救いですが)


「いいえ、リチャード殿下、私は何も知りません」

「……何か言う事はないのか? 私への言い訳やマリア嬢への謝罪の言葉も?」

「ええ、殿下。もちろんです」

「…………そうか」


 そう言うとリチャード殿下は私を睨みながら去って行かれます。いつものように……。


「…………はぁ」

「レイチェル様。大丈夫ですか?」

「――っ! クリス様、お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません。わたくしは大丈夫ですよ」


 思わずため息を吐いてしまった私に声をかけてくださったのは、クリス=ブライト伯爵令嬢。私のお友達の1人です。


(口元を隠す事もなく、ため息を吐いたところを見られてしまうなんて……恥ずかしい所を見られてしまったわ)


「そうですか……私ごときが口を挟むのは不敬かもしれませんが……国王陛下かミッドフォード公爵にご相談された方がよろしいのではないでしょうか?」

「ご忠告、ありがとうございます。ですが、リチャード殿下の問題で国王陛下やお父様を頼るのは婚約者である私の恥となってしまいます。それは出来ませんわ」


 本来であれば、このような事はありえません。王族が問題を起こす事が、そもそもおかしなことなのですから。そして、リチャード殿下が問題を起こさないように教育するのは、ご両親である国王陛下と王妃様、および、王城の教育係の役目です。


 ですが、リチャード殿下が問題を起こしてしまう以上、そう言ってもいられません。そのフォローは婚約者である私がやるしかないでしょう。


「……困ったものですね。マリア様にも。その……リチャード殿下にも」

「ええ。全くです」


 クリス様含め、私のお友達が理解を示してくださることが、唯一の救いです。




 その後も、リチャード殿下は私に様々な事を言ってきました。その内容は、「マリア男爵令嬢の筆記用具が隠された。何か知らないか」とか「マリア男爵令嬢の実家である、グランツ男爵領の周りの関税を引き上げた。何か知らないか」とか、はたまた「夜盗がマリア男爵令嬢を襲った。誰かが雇っていたらしいが何か知らないか」とか、私には身に覚えのない事を色々追及してくるのです。それも、周りに人がいる時に。


 いずれも、私が、「何も知りません。私は何もいたしておりませんわ」というと、「……そうか」と言って引き下がられます。非常に悔しそうな表情を浮かべられながら。


 このような事が続けば、当然周囲に不信感を持たれてしまいます。私の友人達は、理解を示してくれますが、その周りの方まで理解してくれるとは限らないのです。


 実際、この間王妃様とお茶をした時に、「最近リチャードとどうなの? ちゃんとうまくいってる?」と聞かれてしまいました。


 私は「問題ありません。王妃様」と笑顔でお答えしましたが、正直、泣きたくなってしまいました。




 以前、なぜそんなことを聞いてくるのか、リチャード殿下に聞いた事があります。すると、「被害者であるマリア男爵令嬢からの訴えが主な理由だ」とお答えいただきました。つまり、男爵令嬢の訴えだけで、私を糾弾しているのです。


 実はこの男爵令嬢。リチャード殿下とかなり親密な間柄なようで、リチャード殿下が生徒会を務める生徒会室に、しょっちゅう出入りしているそうです。


 そう聞くと、確かに嫉妬を覚えなくもないですが、だからと言って、私は嫉妬に駆られて、男爵令嬢に嫌がらせをするような愚かな行為は致しません。


 それなのに……私は卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまいました。




「リチャード殿下! それはあんまりです!」

「――!!」


 声を出せずにいる私に代わり、クリス様が声を上げてくださいました。


「貴様は……クリス=ブライト伯爵令嬢だな?」

「はい、そうです、リチャード殿下。そもそもレイチェル様は――!」


 さらに言葉を続けようとしてくださるクリス様を、リチャード殿下は手で制しました。


「ブライト伯爵令嬢。貴様、誰の許可を得て言葉を発している? 無礼であろう? 控えよ!」

「――っ!!!」


 確かに今は卒業パーティーの最中です。王族であるリチャード殿下はまだしも、一生徒でしかないクリス様が許可なく発言していい場面ではありません。


(私が……私が情けないせいで!)


 これ以上、クリス様に負担をかけるわけにはいきません。私は意を決して、言葉を発しました。


「失礼致しました、リチャード殿下。クリス様の無礼をお詫びいたします。ですが、クリス様は、突然の事に言葉を失った私の代わりに、言葉を発してくださったのです。どうか、私に免じて許してくださいませ」


 暗に、『クリス様が無礼を働いたのが、リチャード殿下が突然こんなとんでもない事をしたのが原因なのだから、あまり追及しないでください』と牽制しつつ、私はリチャード殿下に謝罪致しました。


「……ふんっ。まぁよい。どうせ今日で最後なのだからな」

「? 今日で最後? よくわかりませんが……ところで殿下。婚約破棄の原因は、『私がマリア様に嫌がらせをしたから』でよろしいでしょうか?」

「正確には『マリア男爵令嬢に対する嫌がらせの原因が貴様にあるから』だ。それがどうした?」

「大した違いではないと思うのですが……。いずれにせよ、私はマリア男爵令嬢に嫌がらせなど行っておりません。この婚約破棄は不当です!」

 

 私はこの会場にいる皆さんに伝わるように、声を張り上げて言いました。このように大きな声を出したのは、産まれて初めてかもしれません。初めての経験に、心臓がどきどきします。ですが、私はさらに続けて言います。


「そもそも! リチャード殿下は婚約中にマリア様の証言だけを信じて、私がマリア様に嫌がらせをしていると決めつけて、私を糾弾されました。他に人がいる場所で、です! それにより、私がどれだけ傷付いたか分かりますか!? それなのに、リチャード殿下は私の言葉を信じて下さらなくて……しかも! しかも、リチャード殿下はマリア様と親密そうにされて!! 私がどれだけリチャード殿下のフォローをしているかも知らずに! 私が! どれだけ! 必死で! どれだけ! どれだけ!!!」

「レイチェル様……」

「ぅぅぅう……うわわぁぁああああ!!!」


 途中から涙交じりの大声となってしまいました。こんな姿、王妃どころか、貴族令嬢としてあるまじき姿です。それでも、私は涙を止める事が出来ませんでした。そんな私をクリス様が支えてくださいます。


「リチャード殿下、お答え下さい! 婚約者であるレイチェル様がこのように苦しんでおられるのに、リチャード殿下は――」


 さらに言葉を続けようとしてくださるクリス様を、リチャード殿下は再び手で制しました。


「ブライト伯爵令嬢。二度目だぞ。控えよ」

「――っ! 聞けません!! そもそもリチャード殿下こそ、婚約破棄を『王命』とおっしゃいました! まだ殿下であられるリチャード殿下が『王命』を発する事は出来ないはずです! それを――」

「止まらぬか……まぁ、もうよいか。衛兵!!!」


 リチャード殿下の声と共に会場の入り口から衛兵が入ってきました。このままでは私の為にクリス様が捕まってしまいます。そう思った私は必死に声を出してリチャード殿下に訴えました。


「り、リチャード殿下!? やめてください! く、クリス様は!」


 ですが、リチャード殿下はそんな私を意に止めず、衛兵に指示を出しました。


「この者を捕えよ。罪状は『王子に対する不敬罪』そして『貴族令嬢に対する傷害罪』だ!」

「……え?」

「は!?」


 『王子に対する不敬罪』は分かります。ですが、『貴族令嬢に対する傷害罪』? どういう事でしょうか。


「それから、ブライト伯爵令嬢の取り巻き達も捕えよ。そいつらも同罪だ」

「「「っ!!」」」


 近くで控えていた、クリス様の、そして私のお友達が次々と衛兵に捕まっていきます。


「り、リチャード殿下? これは??」


 混乱する私を、リチャード殿下が冷たく見ました。


「言った通りだ。こいつらが、マリア=グラッツ男爵令嬢に嫌がらせをしていた主犯達だ」

「―――!?!?」


 クリス様が……マリア様に嫌がらせをしていた主犯!? そんなバカな事が……。


「ドレスを破いたり、関税を上げる程度であればまだしも、夜盗を雇って襲わせるのは完全にやり過ぎだ。きっちりと法で裁かせてもらう。連れていけ!!」

「っ! 待ってください! リチャード殿下だって、不当に『王命』を使用して――」

「『卒業パーティーにて婚約破棄の宣言を行い、全ての(・・・)真実を明らかにする事』は国王陛下より発せられた『王命』だ。学院の卒業生としてふさわしくない者を卒業させるわけにはいかないからな」

「――っ! そんな!!」

「もうよい! 連れていけ!」

「ま、待って! お願い、待ってください!」


 抵抗むなしく、クリス様は衛兵に連れていかれます。ここに来て、ようやく私は事態を理解し始めました。


「り、リチャード殿下……殿下は私がマリア様に嫌がらせをしたわけではないと……分かっていたのですか?」

「私が一度でも、そのような事を言ったか?」


 言って……いない。リチャード殿下は、いつも私に『何か知らないか?』とおっしゃっていた。一度も『お前がやっただろ』とはおっしゃらなかった。


 それに、リチャード殿下が私を糾弾する時、周りにいたのはいつもクリスとその取り巻きの方達でした。


「なぜ……なぜそんな……そうでしたら……」


 なぜそうだと言って下さらなかったのか。一言そう言って下されば、私は――。


「自力であれ(・・)の内面に気付けるか。それが、貴様に課せられた王妃教育の最後の試験だったからだ」

「――!?」


 クリス様の内面に気付けるかが……私の最後の試練??


「貴様、ミッドフォード公爵にブライト伯爵領に『通ずる道路の関税を下げて欲しい』と要望したらしいな? 『ブライト伯爵領にて飢饉が発生しているから』と」

「――! ……はい。お父様にお願い致しました」


 確かにその通りです。『領内で飢饉が発生していて領民が飢えている』とクリス様から聞いたため、お父様に『関税を下げてあげて欲しい』と、お願いしたのです。


「確かに飢饉が発生したことは間違いない。だが、それはブライト伯爵領に限った話ではないだろ? それなのに、なぜブライト伯爵領のみ優遇するよう、ミッドフォード公爵に掛け合ったのだ?」

「そ、それは……」

「ブライト伯爵領は仮にも伯爵領だ。多少の飢饉が起こったところで、すぐに民が飢えるような事にはならない。本当に支援すべきは、ブライト伯爵領の周辺にある他の領地だ。グラッツ男爵領のような、な」

「――っ!!」


 確かに……リチャード殿下のおっしゃる通りです。


「それなのに、貴様はブライト伯爵領への関税を下げるよう、ミッドフォード公爵に要望した。グラッツ男爵領への関税を引きあげたブライト伯爵を放っておいて、だ。」

「……」


 関税の引き上げ……それも事実だったのですね。


「次期王妃たる貴様がそれ(・・)を黙認する事で、どのような結果が産まれるか、考えなかったのか?」

「考え……ませんでした。…………グラッツ男爵領の方々は??」

「ぎりぎりの所で国が介入できたので、大きな被害は出ていない。だが、あのままだったらどうなっていたか分からなかったぞ」

「はい。…………申し訳……ありません……」

 

 関税の引き上げについても、リチャード殿下から糾弾されていた内容です。私は、何も知りませんでした。いえ、知ろうとすらしていなかったのです。



「王妃たるもの、人の内面を見抜く力は必須だ。あのような者を友人に選ぶ者に王妃たる資格は、無い。ギリギリまで待ったのだが…………………………残念だ」

「っ!!」


 リチャード殿下が私を睨みました。いつもと同じように。


 この時になって、ようやく私は気付きました。リチャード殿下は私に気付いて欲かったのだ、と。自力で気付いて欲しくて、私にヒントを出していたのだ、と。


「リチャード、殿下。殿下がマリア様と親密な関係だというのは……」

「マリア=グラッツ男爵令嬢は令嬢の中で成績最優秀者だったので生徒会のメンバーに選ばれている。ゆえに生徒会室で会う事はあったが、その際には他のメンバーもいたぞ。彼女とだけ親密であったわけではない」

「そう、ですか……マリア様は生徒会のメンバーだったのですね」


 そんな事すら、私は知らなかった……いえ、調べようとすらしなかったのです。


「まぁ、それが原因で、成績2位のブライト伯爵令嬢に目をつけられてしまったのだろうがな」

「……そういう事、ですか。私は本当に何も見えていなかったのですね」


 リチャード殿下とマリア様が親密であるという噂は、クリス様から聞いたものでした。友人であるクリス様の言葉だからと、裏を取る事もせずに盲目的に信じて…………。


 あぁ、確かにこんな人間が王妃になってはいけない。私自身、そう思ってしまいました。


「リチャード殿下。王命、拝命いたしました。謹んで、婚約破棄を受けさせていただきます」

「……あぁ」


 リチャード殿下は本当に悔しそうにされていました。それだけ私に期待してくださっていたのでしょう。そう思うと胸が苦しくなります。


「色々と申し訳ありませんでした。失礼致します」


 そう言って私は、リチャード殿下の元を離れて会場を後にしようとしました。


「レイチェル」


 そんな私を、リチャード殿下が呼び止めました。


「その……なんだ。俺にお前を傷付ける意図は無かった。だが、結果的にお前を傷付けてしまった事は申し訳ないと思う。だから、その……すまなかった」


 王族たるもの、簡単に謝ってはいけません。ゆえに、最後の謝罪の言葉は、私にしか聞こえなかったでしょう。ですが、私には十分すぎるお言葉です。


「いいえ……いいえ殿下。私こそ、力不足で申し訳ありませんでした」


 涙をこらえる事がこんなに難しいとは。こらえきれず、片目から涙が零れ落ちてしまいます。


 最後のもう一度、リチャード殿下を正面から見てから、私は会場を後にしました。






 その後、クリス様、いえ、クリスとその取り巻き達は、家から見放され、野に下りました。聞いた話では、クリスは、お金がないにも関わらず、夜盗を雇って再びマリア様を襲わせようとしたらしいです。ですが、夜盗にお金が無い事がばれて、悲惨な目に遭っているとか。自業自得ですね。


 リチャード殿下は、他のご令嬢を婚約者として迎え入れ、ついこの間、ご成婚されました。少しだけ胸が痛みましたが、ちゃんと祝福する事が出来ました。


 そして私は、父にお願いして修道院に入る事にしました。王妃教育を受けてしまった私が、適当な貴族に嫁いでしまうと、争いの種になりかねないから、というのが、表向きの理由です。






 本当の理由は、リチャード殿下以外の方の元へ嫁ぎたくないから。あの(・・)方と共に歩めたはずなのに、他の方と歩く気になれなかったから。というのが、本当の理由。


 これは、私だけの秘密です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実はちゃんと周りを見れてなかった主人公というおはなしは斬新でおもしろかったです。 肝心の周りを見ていなかった描写が読者目線で少なかったので、主人公の後悔の気持ちに着いて行けませんでした。 王…
2023/07/31 18:57 退会済み
管理
[気になる点] 主人公が王妃たる素質を持っていないが故の婚約破棄、というのはまぁ理解できます。 しかしわざわざ卒業パーティで吊し上げるのは悪辣としか言えません。 実際に罪を犯したクリス嬢一派はともかく…
[良い点] 王子の婚約破棄宣言に今まで溜め込んでいた諸々を吐露した時のレイチェルの台詞、描写 叫び、訴え、最後は泣き崩れてしまったレイチェルのその姿が鮮明に想像できました [気になる点] 他の方も挙げ…
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