表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/38

月夜の来訪者 上


 聖女としての仕事を終えて、食事とお風呂を済ませて三階にある部屋へ戻れば、空にはもうしっかりと月が昇っている。

 これからがようやく自分の時間である。

 とは言え、出来る事はそれほど多くは無い。

 本の類は暗記出来ているくらい読み尽くしたし、疲れているとは言えどこのまま寝るだけなのは、ただ無為に時間を消費している気がして勿体ない。

 なのでここ最近のノエルはと言うと――。


「よっこらせっと」


 ――――筋トレが、主な暇つぶしである。


 聖女の仕事というのは、この館の中でほとんどが事足りる。

 そもそも誓言を使うだけならば、動く必要がないからだ。誓言を使うまで邪魔さえされなければ、どこでだって誓言は使える。

 国が許せば自分の足で外を歩いて、誓言を使ったって構わないのである。


 ただ、まぁ、やはり安全性の面で問題があるので、許可が下りる事はないだろうが。


 まぁそんな状況なので外出は制限されているし、カウフマンから聖女らしくと口を酸っぱくして言われて入るので、人前で腕立てもスクワットも出来ない。

 そういう日々が続いていて、ある日ノエルはふと思った。

 これはもしかしてまずいのではなかろうか、と。


 誓言の聖女というのは、死ぬまで聖女と言うわけではない。

 聖女の代替わりがいつ行われるかにもよるが、力が発現する七歳前後から、力が衰える三十歳くらいまでが、聖女として在る時間だ。

 ノエルの年齢は十八歳。三十歳まで聖女として生きたとして、まだまだ十二年は同じ生活を続ける必要がある。


 ちなみに聖女として働いている間の給金は出ているので、誓言の力が衰えた後の生活自体は安泰だ。

 それに力が衰えたと言っても完全に消えるわけではないので、護衛もつくとノエルは聞いている。

 大体は一緒に生活する内に騎士団長と恋仲になって――という聖女が多いので、旦那兼護衛、という形になっているようだが。


(まぁ私とカウフマン様はあり得ませんな)


 お互いがお互いに良い印象を持っていないので、万に一つも夫婦なんてあり得ない。

 うんうん、とノエルは頷きながら、腕立て伏せを終えた。


 話は戻るが、三十歳まではそんな感じの生活になる。

 だがそうなると替えが効かなくなるのが身体の方だ。

 このままほとんど運動もしないまま三十歳に到達すれば、ノエルの身体能力は大層貧弱な物になるのではないか、と。

 もしくは太って自力での移動も大変な状態になるのではないか、と。


 そんなのはさすがに嫌である。ノエルだって性別は女性だ。三十過ぎてから好きな事をしたいし、美味しい物を食べたいし、ちょっとはお洒落もしてみたい。 

 なのでノエルは僅かな自由時間にこっそりと、筋トレをしているわけだ。

 まだまだ始めてからひと月ほどだが、継続は力なり。なかなか良い感じになっているのでは、なんて想いながらノエルは力こぶを作っては、一人悦に入っていた。 

 

 出来れば他人にも見せてみたいが、その途端に「聖女らしくなさい!」などと怒られるのが関の山だろうか。

 カウフマンなんて「筋肉をお求めでしたら、訓練メニューを考えますか? 騎士団用のなので寝込むと思いますが」なんて、冗談か本気か分かりづらい事を言われそうだ。

 だけど、それにしても。


「十四年かぁ……長いなぁ……」


 窓の向こうに浮かぶ月を見上げて、ふと、ノエルの口から本音が零れ出た。

 いつか終わるというのは分かっている。けれど、出来ればもっと早く――自由に外を歩いて、遊んで、生きてみたいとも思う。

 聖女として生きていれば生活は安泰だ。だけどノエルはたまに考える。誓言の力を持っていなければ、一体自分はどんな風に生きていたのだろうかと。


「いやー、まぁ、死んでいる可能性はあるにはあるんですよねぇ……」

「へー、そいつはなかなか物騒だなー」

「本当ですよ。まぁでも? 凄腕のガンマン! とか、凄腕の魔術師! とかだった可能性もゼロではないですし、そうだったら人生もまた違って……ん?」


 ふと、ノエルは首を傾げた。

 何となく普通に会話をしていたが、今、誰かの声が聞こえはしなかっただろうか。

 聞いた事のない男の声に、ノエルは動きを止めると声の方へ、ゆっくりと振り向く。


 そこには赤毛の陽気そうな顔立ちの少年が、軽く手を挙げて立っていた。歳はノエルと同じくらいだろうか。


「はーい、どーもーどーもー! こんばんはー!」

「こんばんは。誰かを迎え入れた覚えはありませんし、何ならノックの音も聞こえませんでしたが、どちら様ですか?」

「チッチッチ。相手に名前を聞く時は、自分から名乗るのモンじゃない?」


 不法侵入者に常識を説かれてしまった。

 思わず目を向いたノエルの脳裏に「聖女らしくないです」などというカウフマンのお小言の幻聴が響く。

 今は大人しくしていて欲しい、と想いながらノエルはコホンと咳払いし、


「色々と納得がいきませんが、私はノエルと申します。恐れ入りますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか、コンチクショウ」 

「丁寧と物騒が一緒にやって来てるじゃん。俺はクラナカンでっす。どうぞよろしく!」


 クラナカンと名乗った少年はサムズアップしながらそう言った。

 いささか軽すぎやしないだろうか。そんな事を考えながらノエルはクラナカンに顔を向けたまま、手の届く位置に置いてあった聖書を手に取り、


「それはそれは、こちらこそ」


 ――――その分厚い角で思い切り、窓のガラスを打ちつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ