舞踏会 四
ダンスが終わった後、ノエル達は壁の方に移動してクラナカン兄妹から件の男の報告を受けていた。
話を聞いたカウフマンが顎に手をあてて軽く頷く。
「なるほど、確かに嫌な予感がしますね」
「どうします? 一応、王子からは『また後で』と言われておりますが」
「体調不良という事にしましょう」
ダンスの時間がひと段落したので、そろそろ給仕の人間が現れる頃だろう。ホールを見回すと、奥の方にそれらしい者を見つける。
食事を始めるとまた時間が延びるので、今のタイミングなら上手く抜けられる。
そんな話をしていると、
「ノエル」
再びアルヴィンとエミリアがやって来た。
アルヴィンは何か決意した表情をしており、エミリアは心配そうに彼とノエルの顔を交互に見比べている。
その様子を見てカウフマンの表情がピクリと動いた。
「とても素敵なダンスでした。次は私ともお願いしたいです」
「ありがとうございます、王子。ですが申し訳ありません。ちょっと体調が……」
「ところでノエル。今日、私はあなたにお伝えしたい事があるのです」
アルヴィンはそう言うと、ノエルの前に跪いて手を取った。
あれ、これまずい奴では。咄嗟に手を引こうとしたが、意外と強く握られてそれが出来ない。
カウフマンが鋭い目をアルヴィンに向け「アルヴィン王子、何を」と止めようとする。
だがそんな事などお構いなしに、アルヴィンは大勢に聞こえるように声を張り上げ、
「私はあなたの事が好きです。どうか私の事を、見てはいただけないでしょうか?」
と言った。言われてしまった。
アルヴィンはカウフマンと同じく熱の籠った目で、縋るようにノエルを見て来る。
まずい、どうしよう。ノエルの頭が真っ白になった、その時。
「アルヴィン、王子……」
エミリアがショックを受けた顔が目に入った。
アルヴィンの事を想って、空回りながらもノエルのところへ突撃してきた彼女。
くるくるとよく変わっていた表情が、今は泣きそうに歪んでいる。
その瞬間、ノエルは自分の中の熱がぶわりと沸騰するのを感じた。
「失礼」
そして短くそう言うと、ノエルはアルヴィンの手を、力任せに振り払った。
それこそ予想外の行動だったのだろう。振り払われたアルヴィンも、近くにいたカウフマンも驚いた顔になる。
「アルヴィン王子、申し訳ありません。私がお慕いしておりますのは、今までもこれからも、カウフマン様です」
「ですが、それはあなたの意志では!」
「いいえ」
アルヴィンの言葉をノエルは強い口調で遮る。
不敬だろうな、と思いながらもノエルは続ける。
「カウフマン様はお口が悪いですし、なかなか意地悪なところもあります。ですがこの方は、周りをちゃんと見てくださる方です」
「――――」
「共に来たお相手の気持ちを無視して、そしてこのような場で、ご自分のわがままを通すような方ではありません」
静かにノエルはそう告げる。
アルヴィンは大きく目を見開いた。
「わが、まま……私の想いが、わがまま……?」
「行動がです、アルヴィン王子。ずっとそばにいて、見守っていたエミリア様の事が見えてらっしゃいませんか?」
「…………」
ノエルがそう言うと、アルヴィンはハッとした顔でエミリアを見上げた。
「エミリア……ですが、私は……」
そして何かを言いかけた時、フッと会場の灯りが落ちた。
反射的にカウフマンがノエルを抱き寄せる。
何が、と思っていると、
「フフ、あっはっは! 惜しい! 惜しいよ、王子様! そこはさ、もう一押ししないとなんだよねぇ!」
という場違いなほどに明るい声が響き渡った。
「クラナカン君、クロテッドさん! 警戒を!」
「オーケー!」
「はい!」
カウフマンは二人に素早く指示を出す。
「あははは! そうそう! ちゃーんと警戒してね! まー、でも、あんまり意味ないけど!」
しかしその声は馬鹿にするようにそう言った。
誰だ、何だ。あちこちで声が聞こえて来る。
混乱を極める周囲に、会場に配置されていた騎士達が落ち着くよう声をかけるのが聞こえた。
「フフ、いいねぇ、楽しいねぇ。もっと楽しくなりたいねぇ。……ねぇ、聖女ちゃん、騎士団長くん?」
急に、近くから声がした。
ハッと顔を向けると目の前に、闇の中にあるのに赤く光る目があった。
目が合う。
(あ、これは本当にやばい奴っぽい)
そう思った瞬間、反射的にノエルは手が出た。
筋トレで多少鍛えられた拳の一撃が、その赤い目に向かって飛ぶ。
当たる感覚がして「ぐえ!?」と悲鳴が上がる。そのタイミングで再び灯りが付いた。
すると目の前には、手で顔を覆って床を転がる、黒髪の男の姿があった。
「いった!? いったぁ!! 何この聖女ちゃん、普通もっと大人しいよね!?」
男は涙目でそんな事をわめいている。相当良いパンチが入ったようだ。
「ノエルさん、お見事です。私の出番がありませんでしたねぇ」
「いやぁ自分でもびっくりですね。筋トレをした甲斐がありました」
のんきにそんな会話をする二人をよそに、クロテッドとクラナカンが拘束する。
そうなってようやく、ぎゃあぎゃあ騒いでいた男は大人しくなった。
「ちえー、何だよ、もうちょっと簡単に行くと思ったんだけどなぁ……」
「まずは名を」
「トライフル」
カウフマンが聞くと、男は素直にそう答えた。
トライフルと名乗った男は、ハァ、ため息を吐きながら「失敗したなぁ」なんて呟いている。
「ではトライフル。お前は一体何をしようとしていたんだ?」
「あー、ちょーっとね。聖女ちゃんと騎士団長ちゃん、誘拐しようかなーって」
「物騒な話題が出て来ましたよ、カウフマン様」
「そうですねえ。ノエルさんだけではなく私までとは強欲です。それにずいぶん甘く見られているようだ」
そう言いながらトライフルを見下ろすカウフマン。
睨んではいないが圧を感じる。しかしトライフルは怖がる様子はない。相変わらずの軽い態度である。
しかし聖女はともかくカウフマンを誘拐とは一体どういう事なのか。誘拐した側が大変な目に合いそうなのだが。
そう思いながらノエルはしゃがんでトライフルと視線を合わせる。
「とりあえず、誘拐されると誓言の仕事が出来ないので、困るからやめてくださいね」
「そこ?」
「スケジュールが詰まっているんです。舞踏会のための調整だけでも、カウフマン様がだいぶ大変でしたから」
「えっ」
ノエルがそう言うと、別のところで反応があった。アルヴィンだ。
この様子だと、今回も本当に良かれと思ってした事なのだろう。
相手のためにと思った事も、実際に違う場合がある。この辺り、自分も気を付けなければとノエルは思った。
「それで誘拐してどうするおつもりだったんですか?」
「内緒。そこはね、トップシークレットだよ」
と言ってトライフルはバチン、とウィンクした。
何だかいちいち芝居がかった男である。
カウフマンは小さくため息を吐くと、
「まぁ尋問して聞き出すしかないでしょう」
と部下に指示を出し、トライフルを連行させた。
去り際に「またね~」なんて、のんきに言っているあたり、後悔も反省もしていないように思える。
若干呆れて見ていると、ふと、視界の端にアルヴィン王子が目に映った。
「…………」
胸の前で手を握り、青い顔で。彼はトライフルを心配そうな眼差しで見送った後、床に視線を落とした。




