誓言の聖女 下
誓言の聖女ノエルと言えば、ちょっと名の知れた人間だ。
『誓言』という奇跡を起こすその力でどんな怪我や病、呪いであっても治してしまう。
やれ見事な腕だの、やれ今までで一番の聖女だの、そんな風に外では持て囃されている。
あくまで外では、だ。
実のところノエルは、大変に窮屈な生活を送っている。
ノエルの一日のスケジュールはなかなかハードだ。
『誓言』を使って誰かの悩みを解決するのが一日のほとんどで、それ以外は食事と、午前と午後それぞれ三十分ほどの休憩。その後は寝るだけである。
人との接触も騎士団長や上の人間が選別した者だけだし、外出もほぼ禁止。ここ数年の間に、ノエルが外出したのは王への面会と、王族の結婚式に出席したくらいだ。引きこもりにもほどがあるとノエルは思っている。
一応、娯楽は与えられている。
本だ。
ただ本の種類も選別されているので、あまり自由はない。
建国神話と聖書なんて、もはや本を広げなくても話せるくらいには暗記が出来ていた。
嫌いではないが、さすがに飽きた。せっかくの娯楽なのだから、ノエルだって推理小説や恋愛小説や冒険小説が読みたい。
そしてあわよくばラジオを聞きながら、就寝前の優雅なひと時を過ごしたい。
といった事をカウフマンに訴えたところ、
「天気予報と歴史のチャンネルだけのラジオになりますが……」
「好きだけど限定されると絶妙にお断りしたい二択……」
「あと本も聖女様が読んでいると言う噂が立てば、売り上げに差が出てしまいます。不公平だと言われた結果、平等性を保つために寝る時間すらないくらい大量の本を読む羽目になると思いますが……それでも読みたいですか?」
と返された。
あのカウフマンが心配そうな眼差しをしていたので、恐らく、そこは本当に心配してくれたのだろう。
読みたいが、この状況で睡眠時間まで削られると確実に倒れる。倒れるだけならまだ良いが、睡眠時間が減れば死ぬ可能性だってある。
窮屈な生活をしているものの、死にたいくらい嫌というわけでもないのだ。
「……ま。……聖女様」
ぼんやりとそんな事を考えていたら、カウフマンに呼ばれて、ノエルはハッと我に返る。
「すみません、ぼうっとしていました。どうしました?」
「本日の報告が終わりましたので、これで失礼させて頂こうと」
「あ、はい。お勤めご苦労様です、カウフマン様」
「いえ…………」
今日の仕事は終わりらしい。なのでノエルはいつも通りの挨拶をする。
だが、不思議な事に帰ると言ったカウフマンは、その場から動かない。
何か言いたい事でもあるのだろうか。
そんな風に思ってノエルが見上げれば、カウフマンは相変わらず黙ってこちらを見ている。
ただでさえガタイの大きいカウフマンが、真顔で見下ろしてくるのはさすがに怖いなぁとノエルは思った。
「え、えーと、カウフマン様? 何かありまして?」
何とも言えない空気に耐えかねてノエルが聞けば、
「……聖女様。本日は、ご無理をさせてしまい、申し訳ありません」
そう言って、カウフマンは頭を下げた。
予想外の行動にノエルはぎょっと目を剥く。
「カウフマン様、今日は晴れていますよ!? 雨でも降るので!?」
「降っていませんし降りませんよ。ラジオで今日は一日晴れだと言っていました」
「そうですか……」
「とりあえず聖女様が私の事をどう思っているかはよく分かりましたが、そうではなく。今日の誓言の事です」
「誓言ですか?」
「はい。……さすがに二十五件は多すぎました」
カウフマンは申し訳なさそうに言った。
誓言を行うに当たって、ノエルは件数は数えていない。わりと必死でやっているので、カウントする余裕がないのだ。
なので具体的な数字を聞いて、そんなに誓言を使っていたんだな、としみじみ思った。
「いえいえ、これが私のお仕事ですので。カウフマン様はお気になさらず」
これは気遣っての言葉でなく、ノエルの本音だ。
誓言自体は国からの依頼であり、カウフマンは時間を見て人数調整はするものの、極端に数を減らしたり増やしたりは出来ない。
なのでカウフマンが気に病む必要はないとノエルは思う。
「聖女様は……。……いえ、そうですね。そういう、お仕事でしたね」
「ええ、そうですよ。ですのでお気になさらず。まあ、もし気になって仕方がないって事でしたら、娯楽本の一冊か二冊、こっそり差し入れていただけると嬉しいなって」
「分かりました。明日、届けさせましょう」
「え」
冗談のつもりでノエルが言ったら、あっさりと承諾されてしまった。
本当に何があったのだろうか。驚いて、ノエルはカウフマンに聞き返す。
「売り上げに差が出るのでは?」
「ええ、そこはまぁ、本当にこっそりして頂いて。今回のお詫びです。明日から、また数が増えるので」
「あらま、増えるのですか?」
ノエル聞き返すとカウフマンは頷いた。
「少し――――厄介事がありましてね」
「厄介事とは……聞かない方が良いもので?」
「はい、いえ……うーん。まぁ、端的に言いますと、賊が現れましてね。ああ、ここの警備は万全ですから、聖女様はご安心を」
「はぁ」
カウフマンの言う通り、ノエルが住んでいるこの『誓言の館』は王城に次いで厳重な警備が敷かれている場所だ。
その理由は誓言を扱う聖女がいるからである。
奇跡を確実に起こす聖女は、生きた国宝だとか何だとか。そういう理由でノエルは手厚く保護されている。
だから騎士団長自らが護衛に当たるのだ。それはノエルだけではなく、歴代の聖女もそうだった。
だが、この状態は、言い方を変えれば逃げられないように、という意味も含まれている。
軟禁状態とも言えるだろう。そこに自由はないが、安全と生活は保障されている。
食べる物と住む場所に困らないのは有難いなとはノエルも思うが、生きてい楽しいかと言われると今のところは微妙だ。
「カウフマン様も大変ですね」
「仕事ですからね」
ノエルの言葉にカウフマンは大げさに肩をすくめて見せた。
その様子が普段より茶目っ気染みていて、ノエルが少し面白く感じられて噴き出せば、カウフマンはにこりと微笑んだ。
いつもこういう調子ならば、普通に話が出来そうなのになぁというのは横に置いておく。
「そういう事情で、警備は普段より多めに手配してあります。騒がしいかとは思いますが、どうかご容赦を」
そう言って頭を下げると、カウフマンは今度こそ帰って行った。
何だか今日は珍しい物を見たなぁ。
なんて事を思いながら、ノエルは自分の部屋へと戻る事にした。




