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約束 下


 楽しそうだったからと言われてノエルは目を瞬いた。

 確かにクラナカンとした約束は嬉しかったし、その時を想像して楽しかったが、それがカウフマンと何の関係があるのだろうか。

 よく分からないでいると、その心情は彼に伝わったらしく「単純に私の罪悪感の問題なのです」と続けた。


「罪悪感ですか」

「そうです。……私もね、いつか話そうとは思っていたのです。ですが、その『いつか』を私は迷っていた。聞いたらガッカリさせるのが分かっていましたから」

「あー、それはしますねぇ……。ですが結婚はともかく、それ以外の自由はあるのでは?」

「最初に申し上げた通り、私はあなたの監視役兼護衛です。一人で行動はさせられないのですよ」

「なるほど、そっち方面ですか」


 カウフマンの言葉にノエルは納得した。

 誓言の聖女になって以来、ノエルはずっと誰かと一緒に行動している。自由な時間なんて夜くらいだ。

 その事に不満を感じた事は――まぁ多少はあるし不便だなと思った事もあるが、そんなに嫌だと思った事もなかった。

 今までの誓言の聖女もそういうものだと聞いていたし、立場上、誘拐される可能性もあるため、説明を聞けば当然の理由だった。


 けれどもノエルだって一人になりたい時間はある。

 人が周りにいるからこそ、誰の目も気にせずに過ごしたい時だってある。何の制限もなく自由に外を歩けたら、きっと楽しいだろう。

 そんな事を想像してはいた。

 そしていつか聖女の務めを終えたら、そういう風に生きられるのだとワクワクもしていた。


 だがカウフマンの言葉が真実だとすれば、恐らくそれは無いのだろう。

 今までも、これからも。

 どうやら誓言の聖女になった時にはもう、ノエルの人生は決まっていたらしい。

 そう考えると何とも虚しさを感じるものだ。


「……その前提で、私ならば結婚した上でのメリットは提示できます。ある程度は目を瞑れますし、その範囲でになってしまいますが自由にして下さって構わない。恋をするのも、遊ぶのも。……というのをね、まぁ、そうなった時に言おうと思っていたのですよ」

「それにしては、ずいぶん前に言いましたね?」

「言ったでしょう? 聖女様が楽しそうだったからと。……クラナカン少年との約束を、未来の約束を楽しそうに話す聖女様を見て、黙っていられなくなったのです」


 ノエルが聞き返すと、カウフマンは自嘲気味に笑った。


「この国の方針がそうである以上、聖女様の婚姻に絡んだ諸々は決定事項であり変わらない。……あまりに酷い話ではないかと」

「あははは、まぁ、ええ、そうですねぇ。カウフマン様も災難でしたね」

「私ですか?」

「さっきも言いましたけど、こんな筋トレ趣味しかない小娘の相手を」

「卑屈ですねとも言いました」

「……言われましたね」


 同じ言葉を言おうとしたら、カウフマンから釘を刺されてしまった。

 うぐう、とノエルが唸っていると、カウフマンは少しだけ目を細めた。


「私は、そんなに災難とは思いませんけどね。あなたとくだらない話をするのは嫌いではありませんし」

「言葉のチョイスが最悪じゃないですか」

「おや、失礼。……そうですね、あなたがミートパイを美味しそうに食べる姿は、結構好きですよ」

「そしてなぜそこをチョイスなさったんですかね?」

「褒めたのにどうしてそういう反応になるのですかね」


 ハァ、とカウフマンはため息を吐く。

 どうやら褒められていたらしい。聞いた事のある賛辞のレパートリーの中にはなかったセリフだな、とノエルは思った。


「――――で、聖女様」

「はいはい」

「どう思います?」


 そんな話をしていたら急に質問を投げかけられた。

 ただその内容は曖昧だ。主語が抜けている。

 聞き返される事を前提とした問いかけか、と考えながらノエルは「どうとは?」と返す。


「このまま私と結婚をするか、それとも抵抗してみるかです」

「抵抗とは?」

「国に」


 良い笑顔でそう言われノエルはポカンと口を開けた。

 その顔が見たかった、と言わんばかりにカウフマンは楽しそうに笑いながら、人差し指をピンと立てる。


「私は子供の頃からずっと思っていたのです。人は定められた法の範囲で自由であるべきだと」

「こまっしゃくれた子供ですね」

「聖女様は相変わらずお口が悪いですね。ですが、その通りです。私、こまっしゃくれた子供だったんですよ。で、そのまま成長したんです」


 カウフマンはそう言いながら胸に手をあてて続ける。


「自由に生きて騎士になり、騎士団長にまで昇りつめた。ですがそこで知った真実はあまりにクソッタレだった」

「お口が悪くなってきましたよ」

「聖女様の影響です」

「おのれ、そう来ましたか!」


 見事なまでの責任転嫁にノエルは半眼になる。

 だが確かにノエルの口はあまり良い方ではない。もしかしたらその可能性も――と少し考えて、カウフマンの方が人生を長く生きているのでそれはないだろうと思い直した。


「……こまっしゃくれた子供の頃、先代の聖女様に助けていただいた事がありましてね。騎士になって聖女様を守る仕事に就きたいと、その時に思ったのです」

「良い夢ですね。そして叶えているのがカウフマン様らしい」

「ありがとうございます。……だから真実を知った時はショックでしたよ。そんな人生をあの方に強いたのかと」


 だからこそ、とカウフマンは続ける。


「聖女様を取り巻く今の状況を変えたいとあなたが望むのならば。私はそちらに全力を出す所存です」

「……それは嬉しいお話ですが、カウフマン様の立場が悪くなるでしょう。解雇とかされません?」

「されても私、生活には困らないですし。何より優秀なので何とかなります」


 この男、自己肯定感の塊過ぎないだろうかとノエルは思った。

 だがカウフマンなら実際にそうなる気もする。

 そう考えたらちょっと癪だが楽しくなってきて、ノエルはふふ、と笑った。


「じゃあ、ちょっとチャレンジしてみましょうか」

「そうこなくては」


 ノエルが承諾するとカウフマンはニッと笑った。

 こういう顔で笑ったのを見るのは初めてだなぁとノエルは思いながら「ところで」と続ける。


「カウフマン様も大胆な事を考えるんですね」

「フフ、そうでもありませんよ。聖女様に話すかどうかというのもありましたけれど、いつ実行に移すかも迷っていましたし」

「私が楽しそうだったから、ですか?」


 先ほど聞いた理由を思い出しながらノエルがそう言うと、カウフマンは「ええ」と頷く。

 それから少し間をあけて、


「あと付き合いはそれなりに長いので。ほんのちょっと、面白くなかっただけですねぇ」

「はい?」

「それじゃあ帰りますかね」

「え? あ、はい……」


 最後に何か変な話を聞いた気がする。

 そんな風に思ったが、聞き返す前に話を変えられ、聞けず仕舞いだ。

 何だ今のはと思いながら、ノエルはカウフマンの運転で誓言の館へと帰ったのだった。


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