約束 中
カウフマンの言った言葉をノエルは直ぐに理解する事が出来なかった。
そしてしばらく考えた後で、
「…………カウフマン様から、好きだなと思える行動を取られた事は、ほとんどないのですが?」
なんて返してしまった。
するとカウフマンは一瞬固まって、少し困った顔になる。
「最初に出て来るのはそれですか?」
「いや、だって、そうでしょう? カウフマン様の第一印象とか最悪でしたよ?」
「それを本人に言えるところが聖女様らしいですが……そうですね。そういう風に振舞いました。私は」
カウフマンはそう話す。
その言葉から考えると、どうやら初対面のあの言葉は、敢えて言ったものらしい。
「理由をお伺いしても?」
「仮に結婚する事になったとしても、そうした方が聖女様が自由にしやすいと思いましたから」
「自由?」
「恋人を作ったりとか」
「それはさすがに不誠実過ぎませんか?」
「そもそもの前提が不誠実極まりないので、そうしたところでバランスすら取れませんよ」
ノエルの言葉にカウフマンは肩をすくめた。
つまりカウフマンは、もし彼と結婚した場合でも、何の罪悪感も抱かずに行動出来るようにと考えて、あの態度を取ったらしい。
「でも険悪な仲の相手と結婚はしないのでは? まぁ私達、別に険悪ってほどでもないですけど」
「聖女様は本当に歯に衣着せませんね」
「性分です」
「でしたね。……歴代の聖女の中には、騎士団長との結婚を拒んだ者もいます。そういう者には別の相手が宛がわれるんですよ。好みを調査してね」
ただ、とカウフマンは続ける。
「私以上に好条件の相手はいないと思いますので、その方面で押してみるつもりでした」
「自分でそれを言いますか」
「私、役職持ちでお金もあり寛容ですので」
「最後だけ首を傾げたい……!」
ぐぬぬ、とノエルが唸っていると小さく笑った。
先ほどより表情がやや柔らかくなっている。カウフマンでも緊張するんだな、とノエルは思った。
「でもカウフマン様の仰る事が本当だとして、騎士団長様を聖女と結婚させて何の意味があるんです?」
「聖女の子は聖女になる、なんて言い伝えを信じているのですよ、上は」
「ああ、あれですか……。でも、誓言のあれは別に血筋じゃないって、何年か前に証明されましたよね」
「その通りです。そういう研究結果が多数出ていますからね。なのに上は未だに言い伝えにしがみついているのですよ」
馬鹿げた話ですよ、とカウフマンは吐き捨てるように言った。
話を聞いていたノエルも何だかなぁと思った。
自分は、まぁ、いまいち現実味が湧かないのが本音だが。その事をずっと昔から知っていたカウフマンにとってみれば、とんだ貧乏クジだったろう。
先ほど彼が言った大真面目か冗談か分からない自己評価。あれは実際にはその通りの話だ。
役職持ちでお金もある。たぶん、まぁ、寛容なのだろう。そんなに性格も悪くないし顔も良い。好きになった相手に本気でアプローチを続ければ、その想いは報われやすいのではないだろうか。
なのにノエルの相手に選ばれてそれも出来ない。何だかノエルは申し訳ない気持ちにもなってきた。
「つまり私はカウフマン様との結婚を望まれていると」
「そうなります。……申し訳ありません」
答えてから、カウフマンは頭を下げた。
これにはノエルは困ってしまった。
「あ、ちょっと、あの、頭を上げてください。カウフマン様がどうというわけではありませんし」
「知っていて黙っていたなら同罪です」
「それなら私の方こそ申し訳ないですよ。誓言がなければただの筋トレ趣味の世間知らずの小娘が、騎士団長様の結婚相手なんて」
「自分の事となると途端に卑屈になるのが聖女様の悪いところですね」
「せめて謙虚と!」
「卑屈と謙虚は違いますので」
呆れた眼差しでそう言われ、ノエルは再度唸った。
謝罪を受けていたはずが、気が付いたらやり込められていないだろうか。
解せぬ、という気持ちになりながら、
「でもカウフマン様はどうして、それを私に教えてくださったのですか?」
と、ノエルは一番の疑問をぶつけた。
すると彼からは、
「――――あなたが楽しそうだったからですよ」
と言う答えが返ってきた。




