誓言の聖女 上
誓言とは誓いの一種だ。
目を閉じ、耳を塞ぎ、誓いの言葉を体の内に満たす。
そして誓言で体の内を埋め尽くすと、それは外に飛び出て『奇跡』となる。
それは女神から選ばれた聖女だけが持つ奇跡の力の正体だ。
「ああ、聖女様、ありがとうございます!」
ステンドグラスの美しい聖堂の中、誓言を使ったノエルは、年若い夫婦からお礼を言われる。
黒色の髪をサラリと揺らしながら、ノエルがその琥珀色の瞳を細め柔らかく笑顔を返せば、夫婦は涙を流しながら、深く頭を下げて帰って行った。
遠ざかって行く背中ごしに、二人の腕の中の赤子がキャッキャッと笑う声が聞こえる。
最初にここへ来た時は苦し気だった赤子は、すっかり元気を取り戻したようだ。
「お見事でした、聖女様」
それを見てほっとしていると、近くに控えていた騎士団長がノエルを見下ろし、穏やかに微笑む。
二年前に騎士団長に就任したばかりのこの男の名前は、カウフマンと言う。年は二十代半ばだ。
金色の髪に青色の瞳、ハンサムだイケメンだと侍女達が噂をしていたのをノエルも聞いたが、カウフマンは確かに体格はしっかりしているし、顔立ちも整っている。
なので彼女達が騒ぎたくなる気持ちも分かるが、ノエルはそうでもない。
何故ならばこのカウフマンという男、ノエルの監視役なのだ。
「カウフマン様もお上手ですね。余計な事を言わなくて良かった、ではありませんか?」
「はっはっは、いやいや、まさか、そんな」
淑女らしさをある程度保ちつつ、やや嫌味を含めてノエルは返す。
しかしカウフマンは笑顔を崩さず「とんでもない」とばかりに首を横に振る。
そうしてお互いににこにこ笑顔を向けていると、少ししてカウフマンは肩をすくめ、
「そんなに嫌わずともよろしいのに」
などと、大げさに嘆いてみせた。
「白々しさがすごい」
「聖女様は相変わらずお口が悪いですね」
「育ちですからねぇ」
なんて、ノエルは軽口を返す。
まぁこれには理由がある。初対面の印象が最悪だったからだ。
カウフマンが騎士団長に就任した時にノエルにも挨拶があった。その時に、この男はにこりと笑って、
『この度、聖女様の護衛兼監視役を務めさせて頂く事になりました、カウフマンと申します。どうぞお手柔らかに、そしてくれぐれも聖女らしく大人しくなさっていて下さいね』
などと言ってのけたのである。
何だこいつはとノエルは思った。口が悪いと言われたが、どの口が言うのかというのがノエルの感想だ。
こいつ嫌い。初日でノエルはそう思った。
なのでノエルは、周りがカウフマンに黄色い声を上げているのを、生暖かい目で見ている。
カウフマンはまだ独身らしいが、こんなんのの奥方になったお嬢さんは気の毒だとまで思っていた。
「というかですね、カウフマン様。私はあなたを嫌っているのではなく、そもそも嫌いなんですよ」
「聖女様はストレートに物を仰いますね」
「カウフマン様だって態度がストレート過ぎるでしょうに。あなたこそ私が嫌いでしょう?」
「いいえ? 別に嫌いではありませんよ。単に興味がないだけです」
「嫌い以下の返答!」
「正直なの、お好きでしょう?」
「否定はしませんがね!」
実際に、裏でこそこそ言われるより、真正面から言われる方がノエルは好きだ。内容は最悪だが。
ぐぬぬ、なんて思っていると、カウフマンは何故か機嫌良さそうな様子になって、口の端を上げる。
「しかし嫌い、ですか。なるほど、なるほど。嫌う程に聖女様に興味を持っていただけて光栄です」
「今のセリフを聞いて、言うのではなかったと心の底から後悔しておりますね」
「はっはっは。まぁ、それはそれとして。お勤めは本当にお疲れ様でした。あちらにお茶の用意が出来ておりますので、どうぞお体をお休めください。聖女様のお好きなミートパイもありますよ」
「ミートパイ!」
そう聞いて、ノエルのテンションが上がった。
ミートパイはノエルの好物だ。一般的な聖女のイメージとかけ離れているが、ノエルは肉系の食事が大好物なのである。
目を輝かせるノエル。機嫌も良くなった。しかし。
「三十分後に十二件ほど"誓言"待ちがおりますので、英気を養ってくださいね」
次に聞こえて来た悪魔のような言葉に、ノエルは心の底から落胆した。