田舎町の不法侵入ネコたち 人の部屋で腹を出して寝るネコとプレステ4にションベンをかけるネコと蘇るバケネコ
筆者の実家にはよくネコが侵入する。
庭に入ってくるとかそういうレベルではなく、宅内にネコが入ってくる。
飼っているネコではない。周りの家で飼っているネコ、野良ネコ。餌をやっているわけでもないのに侵入してくる。
侵入口を塞げばよいのだが、筆者の両親はズボラでありかつネコ好きなので放置してあるのだ。
筆者が実家に帰省し、かつての子供部屋へ入るとマルドラネコが腹を出して寝ていた。
あまりのふてぶてしさに唖然としていると、ぴくりと寸動の後覚醒し、こちらを見やる。
目があった。徐々にこの世の終わりのような顔つきになり縮こまった。
このマルドラ、めったにひとの来ない筆者の部屋をねぐらにしていたようなのである。我が家にひとのいない時間帯を覚え、その間だけ人様の部屋でごろごろしていたようだ。実際、両親はこのマルドラを見たことがないと言っていた。その密室完全犯罪は筆者の帰省という不確定要素に破られてしまった。
「にゃあ↓おん↑、にゃあ↓おん↑」
現場を押さえられた犯人は無様に命乞いを始めた。このネコ、少々鳴き声が妙である。
普通のネコは「にゃあ→おん↓」ではないのか。そもそも命乞いをするネコを初めて見た。必死である。目はこう、クワッと開いていた。
無言で窓を開けてやると、鞠のようにまろび出ていった。ヤツの寝転がっていたカーペットは毛玉でいっぱいであった。
このマルドラ、アホなのか大物であるのか、命乞いまでしたわりにまるで同じことをする。
飲み会より帰宅した筆者が千鳥足で自室に向かうと、障子戸は半開きであった。覗くと腹を晒して寝転がる縞模様の毛玉。これで遭遇は実に3度目である。
「君。君には学習能力というものがないのかね」
「にゃあ↓おん↑」
「弁明があるなら聞こう」
「にゃあ↓おん↑」
「君のせいで我が居室は毛まみれである。何とかしたまえ」
「にゃあ↓おん↑」
「それしか言えんのかこのネコ」
「にゃあ↓おん↑」
埒があかないので窓を開けた。ヤツはまろび出ていった。
筆者は彼――キンタマがあった――をマロと呼ぶようになった。
周囲の話によると、マロは流浪人の野良ネコであったらしい。
繁殖期にどこからともなくフラフラとやってきて、そこらのメスネコにモーションをかけまくるも惨敗。それからこのあたりに居着いて野良猫をやっているそうだ。
皆さんねぐらは分からないと言っていたが、うちである。我が居室を毛まみれにしている。
さすがに何度も顔を合わせれば情も湧いてくるもの。
5度目の遭遇の際、鼻先に指を伸ばすと鼻でつんつんと接触してきた。
そのままわしゃわしゃと撫でると液状の生命体と化してしまった。ちょろい。
そのまま抱きかかえて両親の元へ持って行くとまた命乞いを始めたが、しばらくすると落ち着いた。
顔合わせもすんだので、これからは正式に実家の飼いネコとして飼ってもらおうと思っていた。
◯
ところで筆者の隣家は屋号をGと言い、へそ曲がりの一家が住んでいる。
どのようにへそ曲がりかは割愛するが、ともかくへそ曲がりなのである。
今どき家に屋号があることで察した方も居るだろうが、筆者の地元は大変な田舎であり、隣家と言っても軽く数百メートルは離れているのだが。ともかく、G一家はいまどきマジでネズミ対策にネコを数匹飼っており、その棟梁ネコは大変な狼藉者であった。
まだら模様の巨体、顔はVシネマ俳優のように殺気立ち、そこいらの家に押しかけてはそこを根城にするネコをボコボコにして追い出し、自らの領地としてしまう。血も涙もない乱暴者である。ネコのくせに鳴かずにトラのように唸る。怖い。その領土は広く、G家から2キロ離れた家の軒先でウンコをしている所が目撃されている。
筆者の実家に侵入した際には食い物という食い物をあさってまわり、爪とぎで壁を傷だらけにし、風呂場にウンコをし、プレステ4にションベンをかけた。おかげでプレステ4を起動するたびに排気ファンからツンと嫌な匂いが部屋中にばらまかれた。
筆者一家は恐れを込めてヤツをノブナガと呼んだ。
当然だが、ノブナガの領地の一部に我が実家も組み込まれている。それはつまり。
マロを正式に飼いネコにしようと決めた次の日。マロとノブナガが庭先で睨み合っていた。
睨み合っているというのは適切ではない。マロがノブナガに一方的に睨まれていた。
哀れなマロは、耳をイカにしながら縮こまっていた。筆者はマロを救うべく走ったが、それが合図となったかのようにノブナガがマロを猛追、走り去った2匹はあっという間に豆粒より小さくなってしまった。
筆者は半泣きでマロを探して回ったが、それからマロが帰ってくることはなかった。ノブナガは呼んでもいないのに帰ってきた。
◯
それから一年。たまに帰省してもあいかわらずマロはおらず、筆者の部屋のカーペットは綺麗なままだ。
そしてあいも変わらず狼藉を繰り返していたノブナガであったが、唐突に工事現場のダンプだかトラックに轢かれて死んだ。
G家に野菜を置きに行った母が遺体を見せられたらしく、たいへん微妙な顔をしていた。ネコの遺体を他人に見せるな。
ノブナガは庭先に穴を掘って埋められたと聞いた。
そして数カ月後、筆者がふたたび帰省すると、庭にノブナガがいた。
「ば、ば、ば、バケネコーッ」
泡を食った筆者に、母は笑いながら教えた。
曰く、アレはおそらくノブナガの子で、どこかの野良ネコとの子。庶子であり、彼自身野良ネコである。
父ノブナガを恐れて少し離れたところで暮らしていたそうだが、ノブナガ没後にこちらへ移ってきたのではないかとのこと。
そうは言われても、明らかに見た目はノブナガである。まだらの入り方もそのまんまだ。そんなことがありえるのだろうか?
実はノブナガは生きていたのではないか。本能寺から逃げ延びた説もあるし。こんなデカいネコがポンポンいてたまるか。
本当に化け猫ではないかの確認のため筆者がノブナガモドキににじり寄ると、ノブナガモドキは縮こまりながら「トロロロロロロロロ」と謎の鳴き声を発し命乞いをした。
命乞いをするネコ、二匹目。しかもなんだその鳴き声は。筆者は脱力した。
このノブナガモドキ、略称モドは、ノブナガとは正反対の温厚で臆病な気質で、他のネコと争うこともしない。
我が物顔で宅内に侵入することもなく、庭の片隅の材木小屋を寝床にしているようで、臆病すぎて触れないし餌付けも出来ない生粋の野良ネコであった。明らかにノブナガとは別人、もとい別ネコである。
最近の筆者の帰省時の楽しみは、この臆病ネコをなんとか手懐けることであるが、なかなかうまくいっていない。
どこからかきれいなつやつやとした野良の黒ネコもやってくるようになった。こいつはノブナガと最後まで争ってボコボコにされ、現在S家に拾われ隠居中の黒ネコの庶子と思われる。親の確執なんのその、たまにモドとじゃれあっているところを見る。こちらもなんとか手懐けたいが飄々としてつかみどころがない。
マロよ、我が家は平和になったぞ。早く戻ってきてくれ。
もっとも、モドを見たらノブナガと勘違いして腰を抜かして命乞いをしそうであるが。
マロはあの愛嬌であるので、どこかで可愛がられて平和に暮らしていると思うが、また我が居室にて腹を出してふてぶてしく寝ていてほしいものである。
昨今の猫への対応からすると少々不適切な場面もあるかと思いますが、
そこはど田舎ということで目をつむって頂きたく。