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6話 勧誘かと思いきや、まさかの脅迫でした

 

「よお。お前さん、相変わらず朝が早いな」

「仕事ですから。ちなみに、休日は昼までゴロ寝ですよ」


 この人、日本人みたい……。


 往来にはいかにもファンタジーな容姿の人が多かったけど、この人は全然違う。サラサラの黒髪に黒い瞳で、まるっきり日本人に見える。長身だし、袖まくりをした腕も引き締まってはいるけど、あくまで常識の範囲内で程よい。

 大家さんの願望から生まれた世界だから、和洋(?)折衷なんだな。きっと。おまけにちょっとイケメンだし、大家さんってばサービスがいいんだからー。



「あの、その子は?」

「迷子だ。駐在所に送り届ける前に、少し休ませてやってくれ」

「それは構いませんが……ボルトさんは徹夜仕事でお疲れでしょう。この子の面倒は俺がみますから、先にお休みください」

「そりゃぁすまんな。じゃ、俺のツケでこの子に飲み物を頼む」


 筋肉おじさんはニカッと笑い、あくびを噛み殺しながら階段を上っていった。私はおじさんに向けて「あの!」と手を伸ばしたものの、一瞬躊躇したせいで間に合わなかった。


 あーあ……私、思いっきり誤解してた。強面で巨体だけど、スマートな気遣いができる人だったんだな。もっとちゃんとお礼を言えばよかった。



「いいよ、お礼は明日俺から言っておくから。ほら、とりあえず飲みな」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 手渡されたのは、瓶に入ったぬるいオレンジジュースだった。オレンジが薄くて水で10倍希釈したみたいな味がしたけど、カラカラの喉には有難い。


「それにしても一人か? 親はどうした?」

「うちの親に何か?」

「何って、帝都とは言え旧市街を一人でうろつくのは危険だろ。子供なんだから」

「こどっ……私、もう24歳です!」

「にじゅ、はあぁ!?」


 男はぎょっとした様子で仰け反った。私の全身を舐めるように見るその目からは「小学生じゃないのか」と言う心の声が透けている。


「ち、小さいなぁ……顔だって10歳の頃のうちの妹といい勝負だ」

「チビで幼顔の社会人もいるんです! 何でこんな異世界に来てまで小バカにされなきゃいけないの、もうっ」

「……!? おい、異世界って」


 ああ、マズい。口が滑った!




「もしかして、アパートの入居者か?」



 え?



「それじゃ、あなたも……?」


 日本人顔、黒髪、小麦肌、常識の範囲内の体格。出会った瞬間のホッとする感じも、日本人なら全部合点がいく。



「あああのっ、私、202号室に越してきた朝比奈です!」

「俺の真上だな。そう言えば、インターホンに動画が残ってたような……」

「はい、入居のご挨拶に伺いました!」

「そうか。俺は、102号室の御門拓真(みかどたくま)だ」


 大家さんの言う初心者に優しいポイントって、こう言うことだったのか!


 感極まった私は、御門さんの手をぎゅっと握った。冷静になってから考えると、「初対面でボディタッチするとかどんな奇人だよ」と思うけど、今はそれどころじゃない。


「話の通じる人に会えて良かったです! 訳も分からずその辺で野垂れ死にするかと思った」

「チュートリアルを見なかったのか?」

「時間がないからって後回しになりまして……あはは……」

「なるほど、それは気の毒に」


 同情してくれたのか、御門さんは私の手を振り払ったりしなかった。それどころか、ドッと疲れが出た私を労って、イスに座るよう促してくれた。

 イケメンなのに、心まで綺麗で親切とか……泣ける。


「ここは、宿屋・ルーチェリッカだ。異世界暮らしの拠点として大家の更澤さんが用意してくれて、今はアパートの住人が協力して運営してる」

「ああ! あのタイトル画面にあった……」

「は?」

「いえ、こっちの話なんですけど」


 そう言えば、タイトル画面には『宿屋を繁盛させて豪華な報酬をゲットしよう』とも書いてあったな。



「……ところで、お前。料理は得意か?」

「料理? んー、得意ではないですね。と言うかほとんどやったことないんです。母が栄養士なので、小さい頃に多少は教わりましたけど」

「それならいけるか……」


 御門さんは元々切れ長の目をより細めて、にやりと笑った。何か企みのある悪い顔だ。

 私がぐっと身構えると、予感は見事に的中した。




「お前、今日からうちで働け。食堂の調理担当を探してたんだ」



「は?」


「実は、うちの宿に食堂を新設しようと思ってるんだ。今までは素泊まり限定だったんだけど、食事を望む声が多くてね。味は普通で構わないから引き受けてほしい」

「お客様に出すのに普通って」

「理由はおいおい話すけど、この世界では普通レベルで十分なんだ」

「それなら、自分達で作ればいいじゃないですか?」

「業務過多で余裕がない」

「あなたも?」

「ああ。俺のメイン業務は受付だけど、接客全般を担当してる。今いる従業員の中では一番古参だから、オーナー代理でもあるな」

「はあ」

「ちなみに、俺はカップ麺にお湯を注ぐぐらいしかできないんだ。試作したおにぎりは岩石だった」


 ど、どんだけ固めたの。これは私より重症かもしれない。


「何でだろうな。自信作のサンドイッチもベチャベチャだったし……」

「あー……パンにバターとかマーガリンを塗らなかったんでしょう? 油膜を張らないと、具材の水分がパンに染みちゃうの」

「詳しいな、採用だ」

「いえ、結構です」


 私は間髪入れずに言った。これが漫才なら、これ以上ない絶妙なテンポだったと思う。


「む、無理です! 元々料理なんかしなかったし、特にここ数年はコンビニご飯とカップラーメン生活だったんです! 私は何か別の仕事を探しますから」


 新居は絶対に死守したい。そのためなら、百歩譲って異世界暮らしは受け入れる。でもだからと言って、ここで積極的に働く理由は見当たらないわ。しかも、料理なんか無理無理。


 すると、御門さんはわざとらしく顎に手をやり、思索にふけるポーズをとった。



「……これは独り言だけどなぁ」

「?」

「この世界の人間は荒っぽいのが多い。そのくせ、法整備が日本ほど進んでいない。警察の代わりは衛兵が担っているが、買収されて事件を揉み消すこともあるらしいなぁ。

 他所で職を探すなら仲介してもいいが……お前、武術は何が得意だ?」


 ちょ、ちょっと!


「……それ、脅し……?」

「まさか。同じアパートの住人同士“仲良くしようね”ってこと」


 はあ!? 仲良くしたい奴が、物騒なことを匂わすなっつーのっ!!


読んでくださってありがとうございました!


※次回の更新は、明日を予定しています。

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