表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/52

5話 ああ……私、唐突に異世界の住人になったようです

 

『もう広島に帰っておいでぇや、花野』


 え?


 ……ああ、夢か。

 鼻血ブー事件の直前に、お母さんと電話した時の会話だ。


『あんた、仕事がしんどいんじゃろ?』

「そりゃ、社会人じゃけぇね。楽な仕事なんかなかろう。私は平気よ」

『ほんとに大丈夫かいね。あんたは何でも一人で頑張ろうとするけぇ心配なんよ』

「ほいでも」

『食事はちゃんとしとるん?』

「それは、その……近所にいいお総菜屋さんもあってじゃし」

『買うてきたもんばっかじゃいけんて、この子はー! ああもう、はぐいい(歯がゆい)わ。お母さんが側におったら』

「ご、ごめん。もう切るわ! 出掛けんといけんのよ」


 単身上京した娘が苦労していないか?

 危険な目に遭っていないか?

 お母さんの心配が身に染みて、すごく有難いのに……私は慌てて電話を切った。打ちのめされて、くたびれて、引き際を見失ってることを知られたくなかったから。

 きっと全部お見通しなのに、ばかだなぁ。



 そうだ、早くお母さんに電話しなきゃ。


 もう大丈夫だよって。

 いつも心配かけてごめんって。



 ◇



 大家さんと別れる直前、瞼の裏に透けるような青空がチラついた。


 幻覚だろうと思ったら……なぜか今、私はその下にいる。




「……夜だったのに何で明るいの。と言うか、あれって」


 朝日?


 呆然と見上げた空は、薄い青からオレンジに綺麗なグラデーションを作っている。驚きのあまり大きく見開いた瞳を刺すのは、多分朝日だ。普通の感覚ではあり得ないくらい眩くて、キラキラとした光の粉を振り撒いているようにも見える。


 おまけに、私の前に広がっているのはアパートの部屋ではなく、妙にノスタルジックでレトロな街並みだった。

 縦横に伸びた石畳の道に、少しくすんだピンクや黄色のパステルカラーの建物がずらっと並んでいる。それも、2階から上部分の窓が張り出しになっているものばかりで、私には馴染みがない造り。遠くに見える半球型の建物は、まるで『アラビアンナイト』に出てきそうなデザインだ。

 それに、私の格好もおかしい。着古してクタクタになった中学時代のジャージから、シンプルなワンピースに代わっている。



 あああ……な、泣きたい。

 漫画や小説じゃお決まりの陳腐な台詞だけど、言いたい。どうしても言いたい。言うぞ。


 ここはどこ? 私はどうなったの? いつ着替えたの!?





「お嬢ちゃーん、泣きべそかいてどうちたんでちゅかー」


 は?


「うひょぉ、可愛いねぇ。裏通りの娼館にいりゃぁ高値がついてるぜ。俺が慰めてやろうか」

「よせよ、こんなチビじゃ面白味もないだろ」


 テレビやゲームでよく見るような典型的なモブキャラ“街のゴロツキA・B・C”が、下卑た笑い声をあげて通過していった。私はぽかんとして、それを見送る。


 ……あ、うん、絶対日本じゃないな。むしろ、今の時代、あんなマニュアル通りのチンピラは現存しない気がする。

 だとしたら、ここは本当に……

 




「よう、嬢ちゃん」



 ううっ……今度は何なの。ちょっとそっとしておいてよ。


 絶望に打ちひしがれつつ顔を上げると、今度は強面のおじさんが私の目の前に立ちはだかっていた。

 3mくらいありそうな巨体に、印象的な金髪の口髭。頬には大きな十字傷。シャツは今にも弾けそうなほどパツパツだし、盛り上がった筋肉が革の鎧からこんもりはみ出ている。


 怖っっ!!


「そこはちょいと邪魔だな、どいてくれるか」


 あああ、大家さん! 大家さん! 大家さあぁん! 初心者向きのポイントどころか、いきなり死亡フラグが立ってるんですけどーーーー!!


「何だ、泣いてんのか? 迷子なら駐在所まで送ってやるが」

「ひえっ、大丈夫です。ご親切にどうも」

「大丈夫って顔色じゃねえぞ。悪いことは言わねえから、落ち着くまで奥で休んでいけ」

「へ?」


 おじさんの声には裏も思惑もない。ただ単純に、私を案じてくれている音だ。

 私は動揺を鎮めるために、口をすぼめて深く息を吐いた。


 ふうぅぅぅぅーー。


 すっかり息を吐き切る頃には、あらびっくり。周りの景色が驚くほどクリアになっていた。


「お前さんが通せんぼしてるこの建物は、俺が懇意にしてる宿屋なんだ」

「宿屋……あ、すみません。私、入口を塞いでたんですね」


 飾り気のないペールピンクの建物に、こじんまりとしたドアと丸窓。少しこじゃれた外灯があるだけで、お宿と呼ぶには残念すぎる外観だけど。


「ハハハ! お前さん、今、地味だと思ったなー?」

「い、痛っ」


 笑い飛ばしながらビシバシ背中を叩かれて、私は瞬時に涙目になった。

 背骨が粉砕骨折したかもしれない……。ねえ、大家さん。ちょっと野蛮すぎない? この世界。


「図星だろう。だが、居心地の良さは俺が保証するぞ! さあ、入った入った」


 筋肉おじさんは、ドアの中央にある真鍮の輪っかをドアにガシガシ叩きつける。どうやらインターホンの代わりみたいだけど、ドアは削れ、塗装が剥げてなんとも哀れな見てくれになっている。

 そしておじさんは、応答を待たずに私を中に押し込んだ。


「わっ、押さない……で…………え?」


 前のめりになった私は、びっくりして鼻をひくつかせる。




「これ、畳の香り……!」


 慌てて室内を見回すと、入口の正面にはフロントとこじんまりとしたロビーがあって、その隅の休憩スペースらしい小上りがまさかの畳敷きだった。ほのかに漂う和室の香りの正体はこれだ。

 基本の床は柔らかい色合いのフローリングで、内装のそこかしこに使われている木が温かい印象だ。白を基調とした壁のおかげで明るいし、無機質な外観からは想像できないくらいホッとする。


 まさかだけど、うちのアパートに少し似てるかも?


「タタミを知ってるなんて物知りだな。ここは、異国風にリノベーションされた宿なんだ」


 なるほど! この世界で言う“異国風”は和風ってことか。あー、よく見ると、つまみ細工の花飾りや陶器の一輪挿しが飾られてるしね。

 ふむふむと頷いていると、フロントの奥から若い男性が顔を出した。


「おかえりなさい、ボルトさん」



 え?


 あ、あれ、この人って……。


読んでくださってありがとうございました!


※次回の更新は、明日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ