4話 大家さんの脳内がファンタジーすぎてどうしよう
【さて、先ほどお話したとっておきの情報ですが、初心者向けのチュートリアルがあるのでご覧になりますか?】
「いやいや、ゲームっぽい話題は一旦置いといて!」
何を聞けばいい? そもそも話が通じる相手なの!?
「まず、この状況について端的に教えてください」
【えーとですね……実は私、作家志望なんです。ファンタジー小説が大好きで、会社勤めをしながらコツコツ書き溜めていたんですよ】
「ああ、だからあの入居条件なんですね」
【そうです、なるべく趣味の合う方とお近づきになりたくて】
ごめん。最初に謝っておく。ファンタジーも漫画も大好きだけど、あまりに奇天烈すぎてあなたとは仲良くなれないかもしれない。
そう思いつつも、私は黙って大家さんに言葉に耳を傾ける。
【ところが、突然持病が悪化しましてね】
「……」
【体調不良で仕事を辞めた後、祖父から譲り受けたアパート経営をしながら通院を続けていたんですが、いよいよそうもいかなくなって……実は今、病院のベッドにいるんです】
「そうなんですか。あの、お大事に」
【ありがとうございます。でも、安心してくださいね。このアパートのことは不動産屋と二人三脚で頑張りますから!】
病気の割に平然と話すんだな。声だけ聞いてる分にはすごく元気そうだし……。
あー、さては話を盛ってるな? 持病は胃腸炎とか腰痛くらいで、入院も検査入院みたいな感じと見た。
いざ結論が出てみると、一瞬でも深刻に考えたことが悔しい。
【ただ、入院生活では思うように小説が書けなくなってしまって……。『書きたい、書きたい!』と願っていたら、なんと不思議な能力を習得したみたいなんです】
「アパートの入居者にテレパシーを送る力、ですか?」
【まさか。そんなつまらない能力じゃありません】
ああ、嫌な予感がする。今からでも玄関に布団を敷……いや、でも、怪奇現象の打開策がやっと見つかるかもしれないのに。
【うちのアパート、実はどこぞの異世界に繋がっているんです。と言うより、私の願望が異世界を創り出してしまったみたいなんですよ。びっくりですよねー】
はい! 営業時代のクソ顧客以上のとんでも発言、頂きましたー! あなたの方がびっくりでーす!
【最初は、能力を駆使して異世界をただ観察していました。それはそれで貴重な経験でしたが、ファンタジー欲は満たされなかったんです。なぜだか分かりますか?】
「……さあ」
私が興味なさそうに呟くと、更澤さんは「正解は~!」と語調を強めた。いつまでたってもテンションの上がらない私に痺れを切らしたらしい。なんだかドラムロールが聞こえてきそうだ。
【物語には登場人物が必要なんですよ! 魅力的なキャラクターがドラマを生むんです】
「う、はあ。それで?」
【どうせなら王道の異世界転移モノがいいと思ったんですが、空想のキャラクターじゃどうにも味気ない。家族や友達も工夫がないですよね?】
「同意を求められても」
【そんな訳で、見ず知らずの入居者の皆さんに異世界暮らしをしていただくことにしたんです♪】
あーーー。
なるほど、『入居者全員での共同作業』ってコレか。想像の斜め上どころか、遥か彼方をいってたわ。だからこのアパート、ほぼ新築で家賃が格安なのに、既に空きが出てたわけね。
こんな怪奇現象を起こせてる以上、全部本当のことなんだろうけど、何から何まで変化球すぎて理解が追い付かない。
私も入居条件に則ってトリップするの……?
「他の部屋の方は了承してるんですか。と言うか、どんな方がお住まいなんです?」
【あれ、まだ会っていませんか?】
「両隣と真下だけは引っ越しのご挨拶に伺ったんですけど、お留守で」
【なるほど。下は21歳から、上は65歳までの男女が参加してくださっています。一部例外はありますが、それなりに楽しんでくださっていると思いますよ】
……終わった。変人の巣窟だ。しかも、65歳ってほとんど親の年だよ。何でこんな無茶苦茶な話を受け入れちゃったの。
「ちなみに、拒否したら退去ですか?」
【うふふ、なので覚悟を決めてくださいね。
でも、安心してください。日常生活との同時進行が可能な超・超・超親切設計ですから。それに、異世界暮らしをしていただくにあたり、入居者の皆さんにもメリットを用意していますよ】
「メリット?」
【まず、初回ログイン時にはボーナスが出ます。一人に一つ能力をプレゼントしていて、他の方と不公平にならない程度であれば何でもご用意しますよ。なんせ私の脳内のことですから】
へえ、清々しいまでのご都合主義だこと。作家志望なのに、諸々の整合性を無視することに抵抗はないのかな。
と言うかログインボーナスって、流行りのゲームに毒されてるな。
【それで、あなたはどんな能力にします? 魔法とか?】
「そんなにすぐ思いつかないし、そもそも異世界暮らしを了承してません」
【うーん、もう一押しですね……。そうだ! 現実に影響するメリットもあるんですよ】
「え!?」
更澤さんは、「しめしめ、やっと釣れた」と言いたげに笑った。
だって仕方ないでしょうが、人間だもの。お伽話より目先の利益が大事に決まってる。
【うふふ。入居者の皆さんには、異世界で定職に就き、社会生活を送っていただくルールになっています。そして、その稼ぎは現実でも報酬として充当されるんです】
「報酬ってどんな?」
【……あっ、すみません。隣のベッドの方がナースコールを鳴らしたみたいです。病室に人が増えるので、一旦ここで切りますね】
「えっ」
【意識を集中しなきゃいけないので、意外と自由が利かないんですよ】
「わ、私はどうしたらいいんですか?」
やった! 今日こそベッドで寝られるんじゃない?
でも、なんとなく、視界が明るくなってきた気がするんだけど……気のせいだよね。瞼の裏に透けるような青空がチラつくとか、あり得ないよね。
【この際仕方ありません。今日のところはとりあえず異世界見物を楽しんでください。初心者向けのポイントに着くように設定しますから安心です】
「え!?」
【あと、朝になればちゃんと戻ってこられますからね】
「ちょ、異世界ってどんな所? 宿屋って何? むしろチュートリアルを見せてください!」
【時間がないので、それはまた今度。行ってらっしゃーい!】
ちょ、ちょっと待ってえぇーーーーーー!!
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