表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/52

42話 ビビりでチキンで涙脆い料理人のデビュー戦

 

「ん、バッチリだよ。美味しい!」


 スプーンでメインディッシュの味見をした穂積さんが、にっこりと笑った。

 その顔を見るなり、私はヘナヘナと床にしゃがみ込む。緊張の糸が解けたせいか、足に力が入らなくなってしまったのだ。


「よ、良かったー……」

「あーあー、本当に心配性だねー。この子は」


 呆れた調子でそう言うと、穂積さんは小刻みに震える私の手を握り、ゴシゴシ擦って温めてくれた。

 その手の温かさと力強さにホッとして、私は「へへっ」と口元を緩める。


「ビビりでチキンなんですもん、私」

「花野ちゃんなら大丈夫。それに、今日のお客は仲良しばっかりって聞いたけど?」

「そうです。オズレムさんとエブラールちゃん、あとボルトさんの三人だけ。まあ、ボルトさんは、『ご祝儀代わりに』って一人で五人前も注文してくれてるんですけど」

「たった五人前? あの図体で? しけてるねー、今朝のお礼も兼ねて十人前くらい頼めばいいのに!」

「あはは、まさか! それに、手当てはほとんど穂積さんがしてくれたでしょ」


 むしろ私は、救急箱を抱えてボルトさんの周りを徘徊してただけ。

 おまけに、「出血の割に傷は深くない」の一言を聞いた途端、メソメソ泣き出す始末で……多分、いない方がましだったと思う。とほほ。



「それにしても、悪いね」

「え?」

「最初だってのに側にいてあげられなくてさ。工房の方で大口の依頼が重なってなきゃ、あたしもここに残るんだけど」

「そんなっ、陣中見舞いだけで十分ですよ!」


 私は狼狽えて、ブンブン首を振った。


 現実での穂積さんは、業界では名の知れたハンドメイド作家らしい。言わば、裁縫のプロだ。宿に置いてある穂積さんお手製のタペストリーや布小物も、購入希望者が後を絶たないし、実はすごい人だったりするのだ。

 それなのに、異世界の技術を学ぶため、洋服や雑貨のリフォーム工房でもアルバイトをしている。しかも、「親方より腕がいい」なんて噂がチラホラ……。


 そんな偉大な人を、納期ギリギリの今引き留めたりしたら大変だ。


「私が親方さんに恨まれちゃう」

「あの親父、粘着質で煩いからねー……うわっ、もう行かないと。ごめんね!」


 食堂の壁掛け時計をチラ見した穂積さんが、ぎくりとした表情で言った。そして、バタバタと走り出す。


 あー……あの様子から察するに、親方の小言は相当ヤバいんだろうなぁ。




 時計の針は、午後6時45分。


「3人の予約の時間まで、あと15分だ……」









「来ーーたーーよーーおっ!!」




 ――ドムッ



「うぐっ」


 背後から突然お腹を締め上げられ、私は野太い声を上げた。


 慌てて振り返ると、何やら大きなリュックを背負ったエブラールちゃんが私のウエストにぶら下がっている。




「み、皆さんお揃いでようこそいらっしゃ……ま、せ、ぐええー……」

「放しなさい、エブラール。苦しんでるじゃないか」


 呆れ顔のオズレムさんがエブラールちゃんの腕を引っぺがし、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「躾のなってない孫ですまないね。平気かい?」

「あはは! カノちゃんの今の顔、すっごく面白かったよ」

「こら、反省してるのかい!?」

「むうー。ごめんなさーい、お祝い持ってきてあげたから怒らないでね」

「お、お祝い……?」


 そう言って、エブラールちゃんは体のサイズに見合わない大きなリュックを下ろした。そして、薄紫色の包みをいそいそと取り出すと、ほんの少しだけ封を開けてから私の手に握らせた。


「これは……」


 ごつごつとして茶色い、ケーキ?

 生地の表面には、赤・緑・紫色のおそらくドライフルーツらしきものが沢山埋まっている。色の毒々しさと、何だかよく分からない黒い粒々の存在が少し気になるけど……。


 そこで、私はハッとした。


「これってもしかして、お母さんのパウンドケーキ!?」

「えへへっ、そうだよー。弟達が寝てる間に作ったの! いいでしょ!」

「……わあ、良かったね。良かったね!!」


 私はサッと屈んで、さっきのお返しとばかりにエブラールちゃんをきつく抱き締めた。「苦しいよ」と抵抗しながらも柔らかく笑うエブラールちゃんの顔が、私にとっては一番のお祝いだ。


「ありがとう、食後に皆で食べようね」

「うん!」

「それじゃ、皆さん。食堂へど」


 「どうぞ」と言いかけたところで、突然、ボルトさんが「ゴホンッ」と大きく咳払いをした。


「だっ、大丈夫ですか? 腕の傷のせい?」

「じゃなくてだな……あのー、こいつももらってくれるか」


 はにかんだ笑顔で差し出されたのは、チューリップ……じゃなくて、ラーレの花束だった。赤と黄色の花を十数本束ねて、大きなリボンを結んである。

 ボルトさんが持っている時は小ぶりに見えたけど、受け取ってみると、ずっしりとして腕におさまらないくらい立派だ。


 私は思わず目を丸くした。


「あの、これを私に……?」

「あー、そのー、何だ。嬢ちゃんのケーキと比べるなよ? とても太刀打ちできねえ。これでも随分悩んだんだが、贈り物なんてろくにしたことなくてなぁ」

「そんなことっ……すごく、すごく綺麗です!」

「もっとデカくするように頼んだんだが、花売りのばあちゃんに怒られた。『馬鹿だね、おやめ! あんたのサイズで作ったら相手が窒息するだろうが!』って」

「ふふっ、嬉しい! 二人ともありがとうございます!!」



 ああ、私、もっともっと頑張れそう。

 大好きなこの人達に、美味しいものを食べさせてあげたい。


 今日のこの気持ち、忘れたくないな……。




「カノちゃーん、泣いてないでそろそろご飯にしよう? エブラール、もうお腹ペコペコなの。ねえ、今日のメニューはなに?」


 おっと、そうだ!

 お客様を放置して浸ってる場合じゃない。


 私は、目頭にじんわりと滲んだ涙を大急ぎで拭った。そして、物欲しそうに鼻をヒクヒクさせるエブラールちゃんに向き直り、「ズバリ!」と人差し指を立てる。


「うふふ、よくぞ聞いてくれました。今日のおまかせはカレーとサラダでーす!」




「かれえ?」

「カレ?」

「カレー?」


 3人の声がぴったりと重なった。




「カレーライス! 私の国ではみんな大好きなの。さあ、お好きなお席にどうぞ!」


読んでくださってありがとうございました!

次の更新は来週を予定しています。引き続きよろしくお願いします。



私は元々タイピングが得意な方ではなく、特にエブラールちゃんの名前はしょっちゅう打ち間違えています。

今回の42話はタイプミスがすごかったので、一部紹介します。

どうぞ笑ってください(苦笑)


脂―ル

海老らーる

得豚―ル

あぶたーる


酷い、酷すぎる……。

ごめんよ、エブラールちゃん~~(T_T)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ