41話 異世界食堂、本日オープンです!
この41話から第2章がスタートします。
1章完結からかなり間があいてしまったので、前回までのあらすじのような内容にしました。お話を忘れてしまった方も、1章を読んでいない方も、のんびりまったりと読んでくださると嬉しいです!
――帝都・ヴェルデ旧市街。早朝。
「色々と世話になったね、ありがとう。噂通りいい宿だった」
「わあ、嬉しい。こちらこそありがとうございました! あっ、お忘れ物はございませんか?」
「…………忘れ物……あー……」
「どうかされました?」
「いや、忘れ物と言う訳ではないんだが……一つだけ心残りがあってね」
「どのようなことでしょうか? 私でお役に立てれば」
「実は、ウモウブトンのことなんだよ」
へ?
「当館の羽毛布団、ですか……?」
「あのトロトロでフワフワな、吸い付くような肌触りが忘れられないんだよ! 5000、1万……いや、2万クルジュで寝具一式を譲ってくれないか!?」
「えっ、えーと、すみません。非売品なんです」
「はー、そうか……」
「是非またお越しください。次にいらっしゃる時まで、たっぷりお日様にあてて、フワッフワにしておきますから!」
「はは、商売上手だね。そう言われたら他所の宿に浮気できない」
「はいっ、お待ちしています!」
老紳士の背中に「お気を付けて」と声を掛け、私は深々と頭を下げた。
そして、品のいいその姿が大通りに吸い込まれていくのを見届けてから、大きく伸びをする。
「……んんー! お見送り、終ーわりっと」
これで連泊のお客様以外は全員チェックアウトしたよね、うん。
それじゃ、お次は玄関前の掃き掃除を終わらせようか。
葉巻もどきの吸い殻に、新聞。パンか何かの包み紙。その他色々……たった一晩でよくもまあ、こんなに散らかせるもんだ。ゴミ箱じゃないんだからやめてよね。
特に今日は、私の“特別な日”なんだから。
社会人3年目の春。
職場でのストレスが原因で体を壊した私は、第二の人生をスタートすべく新居に引っ越した。
でも、理想のアパートに移り住んで大喜びしたのも束の間。ファンタジー脳の大家さんの策略にはまり、まさかの異世界暮らしをすることになってしまった。
私が飛ばされたのは、アルナトリコとか言う得体のしれない帝国の都だった。その旧市街の路地にひっそりと佇む宿屋・ルーチェリッカが、異世界での私の勤務先だ。
ちなみに、希望職種では採用されなかった。オーナー代理を名乗る小悪党に脅迫されて、よりにもよって出来もしない料理の担当になってしまった。
おまけにここには、近代的なものが何もない。テレビ、スマホ、電化製品、水洗トイレもお風呂もない。食事も基本美味しくない(以下略)
正直、異世界暮らしは戸惑うことの連続だ。
でも、まあ、すったもんだありつつも、今はそれなりに楽しくやっている。
そして、異世界に来てからちょうど3週間たった今日。
私の持ち場である食堂が本格的にオープンする。
「大丈夫。絶対大丈夫だよ……」
私は自分に言い聞かせるようにして、藁で作られたほうきをギュッと握りしめた。
すると、
「よお、おはよう!」
「あっ」
声の方向に振り返ると、夜勤明けのボルトさんがヒラヒラと手を振っていた。
「お帰りなさい。夜勤お疲れ様でした!」
「お前さんこそ、こんな朝っぱらから掃除とは精が出るなぁ」
相変わらず教科書のお手本みたいな笑顔で、思わず胸がキュンとなってしまう。
ああ、巨体でいかついのに可愛すぎる。癒されるっ…………ん?
「ちょ、ボッ、ええ!?」
ボルトさんの丸太のような腕を二度見して、私は言葉を失った。
「見つかっちまったかー」と笑うボルトさんの利き手に、包帯らしきボロ布が巻かれていたからだ。しかも、大きな赤いシミが、猛スピードで白い布地を侵食していっている。
「ど、どうしたんですか? この血!」
「いやー、ドジを踏んで斬られちまった。属領の総督がお忍びで帝都に戻って来るってんで、港の警護に駆り出されたんだがな。どうせ何も起きねえと高をくくってたら、ヤリ手の刺客のご登場~と来たもんだ」
「ひええ」
「まあ、こんなもんは掠り傷だ。毒も仕込まれてなさそうだし、ツバでもつけときゃ治る」
大量出血してるのに、どこにツバ!?
包帯ももうビッチャビチャだし、どこからどう見てもやばいやつでしょうが!
「せっかくの記念日だってのに縁起が悪くてすまんなぁ」
「そんなのどうでもいいんですよ! 早く病院にっ……いや、まずはガーゼで止血を……うああ、救急箱の場所が分からない! ちょっと、拓」
「拓真」と叫びかけて、私はハッとした。
だめだ、拓真はついさっきお客様の送迎に出たばっかりだ。夜勤のアイシェさんもとっくに帰ったし、あとは誰か……
「穂積さん、いますか!? ちょっと来てくれませんか!」
「ハハハ、朝から元気だなー」
「他人事みたいに笑ってないで、傷口を心臓より高くして! バンザイ!」
「ん? おう、バンザー……うおっと、すまねえ。エプロンに血が飛んじまった」
「わああ! ほ、ほほほ穂積さん! 穂積さん!! 穂積さああんっ」
あああ、誰か助けて!
“特別な日”が血みどろスタートなんて不吉すぎだってばーーっっ!!
ご無沙汰しています。
更新が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
ブックマークを外さず待っていてくださった皆様、心から感謝しています!
のんびりと更新していきますので、またお付き合いいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




