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40話 スタ丼屋決起集会、開催!

 

「お待たせしましたー! “いつもの”でーす!」


 馴染みのホール担当がひときわ元気に言い、私の前に特大の丼を差し出した。


 ゴトンと陶器の鈍い音が鳴った瞬間、ごま油とこってりとした甘じょっぱい香りが鼻腔を刺激してくる。


 あああ、かぐわしい湯気が肌を撫でるこの瞬間! この一瞬がいっっちばん好き! 心はもちろん、お肌も潤うーー!(気がする)


「朝比奈さん、顔! 顔が怖いですってー」

「あはは、飽食の時代に飢えててすみません……あれ? 温玉が二個乗ってる」

「あ、はいー! 一個は店長からです。いつも通ってくれてるからサービスだそうでーす」

「わぁ、嬉しい……」


 長年の片想いが報われて、やっと両想いになったんだ……!



 ここは、会社の最寄り駅にあるスタミナ丼屋。


 この店との出会いは、新入社員研修を終え、営業部に配属されたばかりの頃。初めて受注したアプリ開発案件の依頼主に支払いを拒否されて、300万円の損害を出した時だ。

 大泣きしながらヤケ食いをしたのがきっかけで、嫌なことがある度に通うようになった。


 総務部に異動してヤケ食いの頻度は減ったものの、私は今でも足繁くここに来ている。馴染みの店ならお酒を注文する時に身分証を出さずにすむし、何より味に惚れ込んでいるからだ。



「常連レベルが上がると、ニンニクもタダで増し増しにできますよ」

「あはは、ありがとうございます。店長さんによろしく言ってください」

「はーい! それじゃ、ごゆっくりでーす」





 ――パキンッ


 真っ直ぐに向き合った丼は、いつもと変わらず最高のフォルム。


 ああ、早く食べたい。

 逸る気持ちを押さえて割り箸を割り、感謝と愛情を込めて両手を合わせる。


 よし! いただきまっ……




「おい」



 ん!?


 突然後頭部を小突かれて、私は慌てて振り向いた。すると、見慣れた呆れ顔が私を見下ろしていた。




「あっ、ああ……拓真か。びっくりした」


 ちぇ、いいところだったのに。興奮が削がれるじゃない。


「いいところで声を掛けてごめん」

「……別にいいけど、現実でまで脳内を読まないで。ところで、何でここに? 拓真の職場ってこの辺なの?」

「いや、今日は別支店のヘルプでたまたまこの駅に来ただけ」


 ふーん、何の仕事なんだろう。


 と言うか、仕事用に武装した私を見て「ケバイ」って言ってたけど、拓真だって上手く化けてるじゃない。

 髪をしっかり固めてるせいか、はたまた濃紺のスーツのせいか、いつもの雰囲気とは全然違う。どこからどう見てもサラリーマンだ。しかも、相当デキる感じの……。


 でも、素直に褒めるのも癪だな。


「ちょっとヤクザっぽい」

「おい」

「あはは、冗談だよ。よかったらお隣にどうぞ」

「ありがとう。……なあ、ソレ、一人で全部食うのか?」

「へ?」


 げんなりした様子で拓真が指さしたのは、私が今まさに食べようとしている丼だ。


 普通サイズでも驚愕の2.1kg越え。大迫力。秘伝のニンニク醤油ダレで炒めた豚バラと、ショウガをきかせた特大の唐揚げ×3個。ダメ押しの牛すじカレーがたっぷり盛られた、この店一番のスタミナメニューだ。 

 おまけに、トッピングが全部乗せで100円になるスペシャルオプション付き。


 なのに、お値段は破格の1,029円。語呂合わせの『イーオニク(良いお肉)』が痺れるわ~!


「この値段でこのボリュームは価値ありでしょ。こってりを愛する者なら誰も抗えない」

「ビール瓶を片手にスタ丼って、おっさんみたいだな」

「おっさんでいいの。一週間無事に生き延びたご褒美なんだから、これくらい……」


 ……なんて言うのは建前で、今日もいつも通りのヤケ酒だ。


 原因は、これまたいつも通りの元上司。

 どうしてもオープンの前に決着を付けたくて、百合子を飲みに誘ったものの、見事に玉砕したからだ。

 おまけに、思わぬカウンターを食らってケチョンケチョンにやられてしまった。


(あのさー、朝比奈さんと飲みに行って私に何の得があるの? 営業に戻ってくるわけじゃないんでしょ? だいたい、朝比奈さんが担当してたクライアントの世話で残業続きなんだよね。飲んでる暇なんかないし、あなたのせいでお肌もボロッボロだし、どうしてくれるの?)


 情けないのは分かってるけど、あの声を聞くだけで心拍数が急増する。脂汗が出る。唇が震えて言葉が出ない。


 結果は当然、1ラウンドでKO負けだった。「ハイ、スミマセン! 失礼します!」とだけ言って、秒で逃げたわ。


 悔しい。

 悔しい。

 悔しい。


 私は何も悪くないのに、それすら言えないなんて。




「会社で何かあったのか?」


 私はぎくりとした。


「……べ、別に」

「無理に聞き出そうとはしないけど、大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫。ニンニク臭のまま出勤したりしないよ。異世界と現実は相関性がないんだし、ちゃんとケアもするからさ」

「そう言う意味じゃない」

「?」

「元気がないから心配してる。オープンのプレッシャーのせいか?」


 拓真は心配そうに眉を歪め、真っ直ぐに私を見ていた。らしくない表情に私は狼狽え、ぱっと顔を背ける。


「違うよ。いや、当然不安はあるんだけど、できることは全部やったしここまで来たら楽しんじゃおうかなって。悩んでるのは会社のことで、早く、早く立て直さなきゃ……」


 “あなたのせいで”


 あの言葉を鵜吞みにして心が折れそう。

 弱虫な自分が、また大嫌いになりそう。


「何を焦ってる?」

「!」

「すぐに答えを出さないとだめなのか? 時間をかけてゆっくり整理したり、向き合ったりする方が上手くいくこともある。自分で自分を追い詰めるような悩み方はよくない」


 諭すように、なだめるようにそう言うと、拓真は目を細めた。年上らしい余裕のある笑みだった。

 そして、「ほれ!」と私の手に割り箸を握らせる。


「へ?」

「腹が減ってる時は気分も沈むだろう。もう邪魔しないから、今は何も考えずにヤケ食いしとけ。な?」

「……うん、そうだね。ありがとう」


 ズルいな、ほんと。

 何かとムカつく奴なのに、私が欲しい言葉だけはいつも持ってるなんて。


「ねえ、ビールお替りしていいかな?」

「いいけど、大丈夫なのか?」

「うん、酔って絡んだりしないから安心してよ。私、こう見えてザルだから。むしろ、自慢じゃないけどワクだからさ」

「だーかーらー、そう言う意味じゃないっつーんだよ! この女は!」

「分かってるって。体調とかメンタルの方でしょ。ありがとう、大丈夫だよ! あはは」


 さあ、明日はオープンだ。


 大好きなお店。

 大好きな料理で英気を養って、また頑張ろう!


この40話をもって、第1章は完結です。

ここまで読んでくださってどうもありがとうございました!

評価等で応援してくださった皆さまには、重ねてお礼を申し上げます。


次の41話からはオープンした食堂が舞台になるわけですが、どんな風に物語を進めていくか、どんなお客様を登場させるか、今からワクワクしています。

遅筆ですが頑張りますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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