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3話 引っ越し先の“奇跡の優良物件”は詐欺でした

 

【ルーチェリッカ・武蔵野】を内見するや否や、私は入居申込書にサインをした。


 つまり、一目惚れしたのね。


 「ブラックな部分を探してやる!」と意気込んで内見したナチュラルカラーの木造メゾネットは、築1年だけあってどこもかしこもピカピカだった。敷地内には植栽が多く、タイル敷きのエントランスもいい雰囲気。もちろん、広々として明るい部屋も好印象で、どこをとっても欠点が見つからない物件だった。


 何の疑いもなく運命の相手だと思ったわ。だから、契約や引っ越し業者の手配、雑多な手続きは光の速さで片付けた。


 そして、興奮冷めやらぬ間に部屋の引き渡しをすませたのが、つい一週間前だ。春、満開の桜、新年度の始まり、そんな清々しい時期に新生活をスタートできただけに喜びもひとしおだった。



 ……。


 …………だけど、私は今、猛烈に後悔してる。


 理想の新居なのにどうしてって?

 それはね、言葉ではどうにも言い表せない怪奇現象の被害に遭ってるからだよ……。





「んんー……今日も疲れたねーっと。そろそろ寝ようかね……」


 大きく伸びをしてから時計を見ると、もう少しで日付が変わるところだった。


 私は就寝前らしからぬ険しい顔で、ごくりと唾を飲んだ。そして、電気のOFFスイッチを押し、LEDライトの仄かな青色が残っているうちに足をベッドに滑り込ませる。


 ああ、至福。柔らかい。手足が生地に蕩けていきそう……。


 会社では、床にブランケットを敷いて雑魚寝するのがデフォルトだった。最終電車で寝過ごしてホームで途方に暮れたり、クソ顧客からの電話に怯えたり……今思うと、最低な睡眠環境だったよね。でも、もうそんな心配はない。布団で眠れるって最高。


 だからッ!!


 今日こそ勘弁してくれ。お願いだから寝かせてくれ。異動したって激務には変わりないんだよ、根本はブラックなんだよ。頼むよ、眠いんだよ。





【こんばんは 202ごうしつさん】



 ……あああ……ま、また来た。何なの、もう。


 そうです、これが引っ越してきてから毎晩起こる怪奇現象の正体です。

 ベッドに横になって目を瞑ると、瞼の裏に勝手に映像が流れてくるんです。黒一色の画面に白いドット文字が表示されて、まるで一昔前のゲームみたいに。



【そろそろへんじをしてくださいよ

 もういっしゅうかんも むしをされつづけているんですよ】


 入居してから一週間、私は毎晩この現象と根競べをしてきた。結果は私の惨敗で、最後は仕方なくベッドから逃げるしかなかった。玄関先でなら普通に寝られることも、もう検証済みだ。


 でも、そもそも何でこんな目に遭わなきゃいけないの? 管理会社の怠慢じゃない? 苦情の一つも言ってやりたい。

 いやいや、相手にしちゃだめだ。これは幻覚なんだから無視するの。無視無視……。


【またむしですか? いいでしょう

 そっちがそのきなら きょうこうしゅだんにでますからね】


 はあ?


 私が眉間にしわを寄せると、突然、タイトル画面らしきものが視界を塞いだ。

 レトロな街並みのドット絵の上に、大きく【いせかいやどや ルーチェリッカ】と書かれている。その上には、黒いダイアログが表示されて……。


 なになに、何て書いてある?




―――――――――――――――――――――

★☆★いせかいやどや ルーチェリッカ★☆★


やどやをはんじょうさせて 

ごうかなほうしゅうをゲットしよう!


▶【ものがたりをはじめる】

 【ものがたりをはじめる】

 【ものがたりをはじめる】

―――――――――――――――――――――



 へ?


 異世界宿屋って何……と言うか、こんなの明らかにおかしいでしょ。物語を始めない選択肢はないの!?


 もうだめだ、気まぐれに相手をしたのが間違いだった。いつも通り玄関で寝よう……。



【あっ ちょっ あきらめないで! はやまらないで!

 ちょうしにのってごめんなさい

 とっておきのじょうほうがあるんです

 それをきけば きっと ものがたりをはじめたくなりますよ!】


「とっておきの情報……?」


【わあー! やっと はんのうしてくれましたね わーい!】


 こいつ、本気でむかつくな。

 うっかり反応してしまったことを瞬時に突っ込まれ、私はカチンと来た。「こうなったらとことん戦ってやる!」と気持ちを奮い立たせて、ぎゅっと目を瞑る。


「分かった、話を聞きます。でも、この画面は見にくすぎるから何とかして。最低限の漢字、あと句読点も使ってください。ユーザーに不親切でしょ?」

【…………えー、そうですか? ファンタジーっぽくていい雰囲気だったと思いますけどね】

「きゅ、急に饒舌になったな……」

【仕方ありません。円滑な交渉のために諦めましょうか】


 ゲーム風の画面が消え、視界がただの暗闇に戻ると、ドット文字の代わりに脳内で声が聞こえるようになった。

 意外なことに、柔らかくて可愛い女性の声だ。レトロゲームを持ち込んでくるあたり、年かさのいった男性をイメージしてたのにな。まるっきり偏見だけど。



【申し遅れました。私、101号室に住んでいる大家の更澤(さらさわ)です】


 ええっ、大家さん!?


【ファンタジーと名の付くものが大好きで、新しく入居される方にはゲーム風の挨拶をしているんです。これから末永くよろしくお願いしますね♪】


 何だ、それ。頭が痛くなってきた。額に嫌な脂汗を感じる。


 さようなら、安眠。

 そして、私の穏やかなる新生活……。


読んでくださってありがとうございました!


※次回の更新は、明日を予定しています。

そろそろ舞台を移したいところですが、もう少しだけ現実パートにお付き合いください。

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