32話 まさかのオープンまであと1週間!?
異世界暮らしを始めてから、早二週間。毎日休まずログインし、死に物狂いで仕事を覚えた。
調理担当として最低限の知識を得るべく、勉強だって欠かさなかった。今回ばかりは、「慣れない環境下でよく頑張った!」と自分を褒めたいくらいだ。だから、一番の難所だったフロント業務のデビュー戦を終えたところで、ご褒美として休暇を取ったわけだ。
記念すべき初めての休暇は、友達の家に泊りに行った。徹夜でアニメのDVDを見てキャーキャー騒ぎ、それはもう楽しかった。
その翌日に、まさかこうなるとは思ってもみなかったよね。
「……な、何これ!?」
ウキウキ気分でログインした私は、ロビーの壁にでかでかと貼られたポスターを見て予想外の悲鳴を上げた。
と言うのも、ポスターには驚愕の文言が書かれていたからだ。
【 食堂 7日後OPEN 当館1階 Coming Soon! 】
……。
……い、異世界人って英語が分かるの?
いやいや、そんなことより7日後って何? 準備もろくにできてないのに何で勝手に決めちゃったの!?
「拓真! 拓真、いる?」
猛ダッシュでフロントに飛び込むと、バツの悪そうな顔をした拓真が私を出迎えた。私の剣幕に若干怯えているようにも見える。でも、落ち着いてなんかいられるもんか。
「あのポスターは何なの!?」
「まあ、落ち着けって」
「だから、落ち着けないってば! 私に何の相談もなくいきなりオープンなんて無茶だよ!」
「あれは俺じゃない。昨日、更澤さんが貼ったんだよ」
「……更澤さん、来てたの?」
この二週間、毎日ログインしてても会えなかったのに、たった一日だけ取得したお休み中に……?
私はがっくりと項垂れた。
何なのもう、すれ違いすぎでしょ。と言うか、もしかして避けられてる?
「あの人はそんな面倒なことを考えるタイプじゃない。安心しろ」
「人の脳内を読まないでよ……」
「それなら、ダダ漏れなのを何とかしてくれ」
私が唇をへの字に折り曲げると、拓真は「裏表がないのっていいじゃん」と白い歯を見せて笑った。それを眺めているうちに、さっきまでの興奮が嘘みたいにおさまっていく。
「……ねえ」
「ん?」
「更澤さん、何か言ってた? オープンを急ぐ理由とか」
「噂を聞いたんだと」
「どんな?」
「猫の姿で街中をうろつくのがあの人の習慣なんだけど、傭兵達の間で『美味い飯を食わせる風変わりな宿がある』って話題になってるらしい」
傭兵って……もしや、発信源はボルトさん?
「かもな」
言葉なしで会話が成立することについては、もはや突っ込むまい。口が退化するほどじゃなければ、こっちも楽ができていいわ。
「そこで、更澤さんの『面白いことアンテナ』がビビっと反応したらしく、近日オープンに踏み切ったわけだ」
「勝手にビビッと来ないでよ!」
「言っとくけど、本当は『明日OPEN』って書いてたんだぞ。流石に全力で阻止したけど」
明日OPENだったらソッコーで夜逃げしてたわ。異世界時間の場合、夜逃げって言うのか分からないけど。
「幸い今は空いてるし、この先しばらく祭りやイベントもない。頑張れないか?」
「……いや、当然頑張るんだけどさ。危ないと思うんだよ」
「ん?」
「飲食店では食品衛生が大事だって話。例えばだけど、カンピロバクター、アニサキス、ノロウイルス、サルモネラ、ブドウ球菌、その他色々……あの狭いキッチンの中には細菌がウヨウヨしてるんだよ。勉強すればするほど思うんだけど、生半可な知識で適当にやってたらだめでしょ」
「そう言うもんなのか?」
「いくらファンタジーでも人殺しにはなりたくない」
身内なら最悪「ごめーん、腐ってたみたーい。テヘッ☆」ですむけど、相手は他人だ。
この世界の病院や薬がどんな感じなのかも分からないし、洗浄殺菌はもちろん、食材や器具の扱いだってもっと慎重にならなきゃ。
「それに私、料理を勉強し始めてまだ二週間だからね? 出汁の取り方、米のとぎ方、野菜の切り方、その他諸々、なーーーーんにも知らない。栄養士とまでは言わないけど、もうちょっとどうにか……」
「……お前の実家、ホットプレートはあるか?」
「あるけど、唐突に何?」
「今日の昼飯はホットプレートで作れるものがいいな。チャーハンでも、焼きそばでも、ホットケーキでも、材料なら俺が買いに行くから。みんなに召集をかけてさ、気晴らしも兼ねてワイワイやろう」
拓真はそう言うと、申し訳なさそうに苦笑した。
「俺はこの手の話には疎いからさ。主婦歴の長い女性陣に相談したり、愚痴ってみたらどうだ? それでもスッキリしなけりゃオープンは延期だ。オーナー代理として更澤さんに交渉するから」
私がホッとして頷くと、拓真は若干言い難そうに「それから」と付け加えた。
「更澤さんのことはあんまり嫌わないでやって」
「え?」
「ログインの頻度が下がってるのは、病状が芳しくないからだそうだ。神様業は負担がでかいのかもしれないな」
「やっぱりそうだったの」
「だけど、お前のことを心配してた。チュートリアルの件も結局うやむやになったし、新生活の不安も聞いてあげられないって。あの人は能天気で気まぐれな奇人だけど、根は優しいから」
病気を抱えた神様は、身を削るようにしてこの世界を創り上げた。そして今も、病床から見守り続けているんだ。
新参の一登場人物のことを案じながら……。
「……うん、嫌いになんかならない。絶対にならないよ」
衝突から逃げない勇気、新しい生活、真っ新な朝をくれた人だもん。口にこそ出さないけど、それなりに感謝してる。
「まあ、ここだけの話、遠隔で他人を振り回すところは直してほしいけどな」
「!」
「悪意がなければいいってものでもないし、フォローする人間のことを一切考えてないのも質が悪いしな。その辺のことをさ、一度腹を割って話したいよなー……」
もうコリゴリだと言いたげな拓真の手を握って、私はこれ以上ないほど全力で頷いた。
「ほんっっっっとーーーーに、それ!!」
読んでくださってありがとうございました。
また、お礼が遅くなってしまいましたが、誤字脱字報告も感謝です。
私はうっかりミスが多いので、引き続きよろしくお願いします!




