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31話 忘れたくない小さな幸せ<定番のミネストローネ2>

女子会の続きです。

文字数の都合で分割しましたが、続けて読んでくださると嬉しいです。

 

「中でも最低だったのは、肉屋のバスラね。泣きじゃくるスズコを無理矢理捕まえて、婚約者として親に紹介したのよ。下劣だわ」

「……ア、アイシェさんが肉屋に連れて行ってくれなくて助かりました」

「そうよ。案内しなかったのはあなたの安全のためよ!」


 ふーん。へー。ほんとー。

 その割には「金欠で羊肉を買うほど手持ちがないのよ!」としか言ってなかった気がするけど。


「とにかく災難だったね、すずこちゃん。怖かったでしょ?」

「へ、平気です。バスラさんの曾おじいさんや一族の皆さんに囲まれて、お菓子をご馳走になって、写真を撮って……あの、た、たの、楽しかったです」


 退路を断たれて、お菓子と写真……?

 あー、ものすごい既視感があるわ。まあ、私には「嫁に来い」なんて誰も言わなかったけどね?


 顔面偏差値が低いから修羅場にならずにすんだんだけど、ちょっと切ない。


「優しいのはあなたのいいところだけど、“優しすぎる”のは悪い癖よ。スズコ? あれ以来、あなたはちょっとした買い物にも出られなくなったじゃないの」


 え!?

 だから、近場の露店のクソ不味い雑草スープだけを延々と飲み続ける羽目になったの?


「……そ、そうですね。あは」

「許せない、女の敵! ちゃんと謝ってもらった?」


 どうにも歯がゆくて、私はすずこちゃんの言葉を引き取った。すると、激しく言った私とは正反対に、すずこちゃんは噛みしめるようにしみじみと「このスープ、美味しいですねぇ」と笑った。


「?」


 何で今、急にスープの話……?


「求婚も撮影会も、怖くて拒否できませんでした。吐くまでナッツを食べさせられても怒れなかったし、謝らせるなんて尚のこと無理で……。でも、本当は嫌だったんだから、キッパリそう言えばよかったんですよね。私ってばいつもおどおどして、じれったくて……情けないです」

「そ、そんなことないよ」

「もう! スズコったら自分を悪く言わ」


「でも、私、多分どうしようもないバカなんですね」


 へ?


 塞ぎこむような表情を一転させて、すずこちゃんはあっけらかんと言った。すっかり慰める態勢になっていた私とアイシェさんは拍子抜けだ。


「こうやってお二人とお話できて、美味しいスープが飲めて、それだけで毎日楽しいんです。少しくらい嫌なことがあっても、すぐにどうでもよくなっちゃうの。お兄さん・お姉さん達に優しくしてもらって『幸せだなぁ、嬉しいなぁ』って思う方がずっと大きくて」

「すずこちゃん……」

「本当にね、これ以上は何もいらないんです。私。えへへ」




 就職してからずっと、私は駆け足で生きてきた。

 転ばないように、挫けないように、置いて行かれないように必死だった。

 だから、



 ニコニコ笑って会話を楽めること。

 毎日美味しいご飯が食べられること。



 そんな小さな“幸せ”があるってことにも気付かなかった。


 本当は、それだけでよかったのにね。




「……そっか。いいね、そう言うの」

「えへへ、はい」



 私、ここで立ち止まってよかった。立ち止まれてよかった。



「で、でもね、もっとしっかりしなきゃだめだなぁとは常々思ってるんですけど。アイシェさんにも心配かけちゃうし……」

「何よ、そんなの気にしなくていいのよ。この子はっ」

「ほえ?」


 アイシェさんはすずこちゃんに頬ずりし、ガバッと抱き付いた。熱すぎる抱擁に口元を歪めつつも、すずこちゃんの声は嬉しそうだ。


「んっく、苦しいですってー。そんなに抱き締めたらスープが出ちゃいますー」

「出しちゃいなさい! 全部私が飲み干してあげるわよーう!」

「う、えええ? ふふふっ」


 一見微笑ましい光景だけど、アイシェさんの場合はシャレにならん。だってアイシェさんは、いつの間にかミネストローネのお鍋を空っぽにしちゃってるんだからね。


 あー、大食漢なのにモデル体型なんてずるい。その細い体のどこにしまってあるのか本気で知りたいよ。





 ――チリンッ


「あっ」


 拓真同様に、すずこちゃんもすごい反射神経の持ち主だ。あんなにケラケラ笑っていたのに、フロントコールの一音目でもう目が反応していた。


 かく言う私はそんな特技があるはずもなく、かなり後れを取った。でも、ハンカチで唇を拭い、すっかり接客モードの顔になったすずこちゃんを引き留めて言う。


「私が行くからいいよ。ゆっくり食べて?」

「もう沢山いただいたので大丈夫です。それに、多分宿泊予約かチェックインですから。フロントのお仕事はまだ教わっていないんですよね?」

「あ、あー……」


 鬼教官の仏頂面が脳裏をよぎり、私は唸った。

 チェックインや予約の取り方をざっくり教えてもらったものの、煩雑すぎて頭の処理が追い付かない。それどころかミスを連発して、「物覚えが悪い」「どもるな」「ばかか」とひたすら罵られる始末だ。今のレベルじゃ役に立てない。


「ご、ごめんね」

「いいんです。行ってきます」

「……あ、そうだ! 接客が終わったらまた戻ってきて? アイシェさんが買ってくれたデザートがあるの」


 盗み食いしたハンバーガーのお詫びの品ね。まあ、アイシェさんの威厳を守るために、その辺の事情は黙っておいてあげよう。


「今日は女子会だから特別ね♪」

「わーい、嬉しいです。すぐに片付けて戻ってきますね!」


 そう言って、すずこちゃんは小走りに食堂を出て行った。すると、間髪入れずドアの隙間から顔を出し、「アイシェさん!」と名指しで声をかける。


「私の分、取っておいてくださいね?」

「なぁに、私ってそんなに信用ないかしら?」

「痩せの大食いさんですもん。ちょっとも信用できません! 甘いものだけは譲れませんから!」


 そう言ってすずこちゃんがサッと顔を引っ込めると、アイシェさんは気まずそうに「はーー」と長く息を吐きながら、テーブルに突っ伏した。

 私はそれを眺めながら、笑いを堪えて言う。


「幸せをくれる優しいお姉さんでも、デザートには勝てないんですね」

「所詮女なんてそんなものよ……」

「でも、自業自得ですよ。アイシェさんは羊肉ハンバーガー泥棒の前科だってあるんだし」

「~~~~っ、うるさいっ」

「ぷ、あはははは!」



 さーてと!

 ご飯+αを補給したところで、私も張り切って勉強するかね。

 ミネストローネを作りながら、チラチラ視界に入ってたんだよなぁ。鈍器にすれば一撃で人を殺せそうな分厚さの『飲食店の食品衛生管理読本 ~HACCP制度のすべて~』が。


 ……。


 …………うう、初っ端から挫けそうーーーー!!


いつも読んでくださってありがとうございます。

引き続き、ゆったりのんびりお付き合いいただけると嬉しいです。

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