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23話 異世界でも社畜になりました<夢うつつの混ぜご飯>

 

「朝比奈さん、団体さんの見送りを頼む!」

「は、はいっ」

「それがすんだら、ロビーのお客様に飲み物をお出しして。地下倉庫の1番棚、オレンジジュース!」

「一番棚ってどこ……りょ、了解です!」

「頃合いを見て、402号室と403号室までお客様をご案内して。階段が辛いと思うけど、荷物はなるべくお客様に運ばせないで。あと」

「ちょ、待って。まだ続くならメモを取る!」

「余裕があったら、301号室の清掃とリネンの取り替えをやってみて。水回りは特に丁寧に。後でダブルチェックするから安心して」


 よ、余裕があったらって……そんなものどこにもないけど!

 宿の仕事って雑多な作業が多いし、そのどれもこれもが急ぎだし、優先順位もしょっちゅう変わるし、拓真も容赦ないし(以下略)とにかくサービス業って、なんっっって大変な仕事なの!?


「302号室からコール。アメニティを女性用に替えて!」

「ううっ……は、はーい!」


 全国のサービス業の皆さん。特に、ホテルや旅館で働く皆さん。

 私、仕事を舐めていました。ごめんなさい。

 いつも本当にありがとう。



 ◇



「晩ご飯できたよ。お待たせー……っと、危ない」


 一日中駆けずり回ってたせいか足が縺れる。おぼんを持つ手がカクカク震える。筋肉痛も酷い。まあ、当日中に痛みが出るってことはまだまだ若い証拠だな。良かった良かった……。


「悪いな、疲れてるのに晩飯まで」

「いいのいいの。お昼は作る余裕がなくて、外で買ってきてもらっちゃったし」


 何より、多少無理をしてでも自分で作った方がダメージが少ないのが分かったからね。と言うのも、拓真が買ってきてくれた昼食のゴマパンの味がものすごーくイマイチだったからだ。


「美味そう。これって炊き込みご飯?」

「ううん。ごはんに焼き鮭、枝豆、大葉、ゴマを入れて混ぜるだけのお手軽レシピ。ちょっとだけごま油を垂らしたからいい香りでしょ」

「鮭の皮がちょっと焦げてるのもポイント高いなー」

「うん。パリパリだし、香ばしいよね」


 でも、正直このままじゃマズいよなぁ。


 なんたって、今日使った食材は全部、実家の冷蔵庫にあったものなんだもん。焼き鮭は多分明日の朝食用だろうし、昨日使った春巻きの皮や卵だってなくなったら相当目立つ。うちのお母さんがいくらおっとりしてるからって、流石にバレるよね。

 一日も早く腰を据えて、現地調達の手筈を整えないと……。


「ねえ、更澤さんって今日も不在? 食堂のことで相談があるんだけど」

「うーん、今日はサラの姿すら見てないな。いたのは穂積(ほづみ)さんくらいか」


 初めて聞く名前だ。疲れてうつらうつらしつつも、私は反射的に「誰?」と聞き返した。


「103号室の穂積チカさん。経理兼ランドリー担当。年齢の話は失礼かもしれないけど、俺達の母さんくらいの方だよ」

「えー? 一度も見かけなかったけど」

「掛け持ちで仕事をしてるからそっちに行ったんだよ。ここの洗濯とアイロン掛けをすませてからね」

「あんなに忙しかったのに?」


 それぞれ事情があるのは承知だし、他所での仕事も大事だって分かるけど、あの地獄の忙しさを考えると複雑な気分……。


 私は唇を尖らせながら、空っぽになった拓真のお茶碗を手に取った。そして、今にも飛び出しそうな文句を何とか喉の奥に留めて、混ぜご飯を山盛りよそう。

 すると拓真が、白い歯を見せてふっと笑った。


「言い忘れてたけど、俺は今日すごく助かったよ。お疲れさん」

「……っ、きゅ、急に何?」


 反則。その顔は反則だ。疲れた脳にトドメを刺される。


「要領悪くて、かえって邪魔になってたでしょ」

「まさか」

「あ、あー……ありがとう。なんか照れるけど……でも、設備とか物の収納場所もだいぶ覚えたし、次はもっと戦力になると思うよ!」


 拓真の死角で火照った頬を冷まし、「それよりさ」と私は切り出した。今日一日ずっと気になっていたことだ。


「今日みたいな人員不足はよくあるの? こんなことが頻発してるとしたら運営上問題でしょ。むしろ、これまで開店事故が起こってないのが不思議なくらい」


 咀嚼していたご飯を飲み込むのを待って、拓真は答えた。


「いや、今回はレアケースだ。タイミングが悪かった」

「タイミング?」

「なんと言っても宿泊者数が多かった。開業してまだ半年ちょっとだし、普段は一人二人泊まってくれたらいい方なのに、昨日今日はほぼ満室だからな」

「何でだろう。口コミ?」


 例えば「あそこの宿の風呂は滝が流れたり、霧が出たりするんだぞ! お前も行ってみろよ!」的な?

 ぷーっ、くくく……だめだ、ムスタファさんの見事な逃げっぷりを思い出すと笑えてくる。


「それなら有難いけど、違うと思う。おそらく明日、新市街でラーレ市が開かれるからだろうな。客はもちろん、出店のために商人が帝都に集まって来てるんだ」

「新、市街? ラー……?」

「ここは、アルナトリコ帝国の帝都・ヴェルデの旧市街で、大昔の宮殿のお膝元。新市街は、今の皇帝が住んでるところだ。歩いて行ける距離だけど、街の感じは随分違うかな。

 ラーレはチューリップに似た花のことで、この時期に市が立つ」


 流石、異世界歴半年の長老様。まるで日本のことみたいに話すんだなぁ。

 と言うか、今の短い言葉の中に気になることがありすぎるわ。帝国とか、皇帝とかっ……くそー、時間がほしい! 三日くらい拓真を独り占めして異世界講座を聞きたい!


「その他の原因は、珍しく現地従業員が誰もつかまらなかったこと。あと、アパートの住人のログイン率がこんなに悪いのも稀だし……これは多分、年度替わりのせいだな」


 なるほど、4月だもんね。イベントやみんなの繁忙期が重なると、今回みたいな地獄絵図になる訳か……。


「仕事や学業優先って言う特性上、シフトを組んで人員を確保することができない。だから、ここの従業員は全ての業務を覚える必要があるんだ」

「調理も?」

「もちろん、今後は俺も含めて全員で分担する。それがルールだ」


 た、拓真に任せるのはかなーり冒険な気がするけど……?

 私の胸に一気に不安が押し寄せる。それを察知したのか、拓真は咳払いをして続けた。


「まあ、最悪買ってきたものを出すこともあるかもしれないけど……とりあえず、この混ぜご飯の作り方を教えてくれ。美味いから自宅で練習するよ」

「うん、お手軽レシピはノートにまとめておこうね」

「頼む。とりあえず、明日は人員を確保できたから安心していいよ。俺も出勤するし」

「拓真はいつもいるね? 暇なの?」

「ふざけんなよ。好きなんだよ、接客の仕事が」

「あはは、そうだよねー……ふ、わぁ……あくびが出る。眠いー」



 営業とも事務仕事とも全然違う、心地よい疲労感。

 マニュアルも研修もなしで業務をこなした、ちょっとした達成感。

 お客様の飾らない褒め言葉。


 それから、



「おい、こんな所で寝るな」

「んー」

「重くて運べないからな」

「……へーい。確かに平均よりは重いけど、そんなにはっきり言う?」

「いいから部屋に行け。皿は俺が洗っておくから」



 底意地の悪い同僚の、不器用な優しさ。




 ここでの一日が終わると、色んないいものが私の中に溜まってる。


 さぁて、明日は何を溜めようか?

 目を開けたらきっと、すごく、いいものが……。


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