1話 社畜OL歴2年。私、そろそろ限界です
私の名前は、朝比奈花野。
身長140cm&童顔のせいでよく中学生に間違えられる、24歳。
出身地は広島。
趣味は読書(主に漫画)と、美味しいものを食べること。
特技は……うーん、何だろう?
職業はIT企業の営業担当。
……と言う名の“社畜OL”だ。
大学を卒業した時は、まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
『ノルマなし! 飛び込み営業なし! ワークライフバランスも考慮!』をスローガンに掲げたIT企業に入社したら、実際はとんでもなくブラックだったんだよね。「労働基準法? 何ソレ、美味しいの?」状態で、見事に詐欺られたわけ。
それから約2年、自分の生活は全部犠牲にした。とんでもない額の営業ノルマをクリアするためには、とにかく這いずり回るしかなかったからだ。
部長やお局からネチネチ嫌味を言われては「ハイ、スミマセン!」。残業代や休日出勤手当が一切もらえなくても、有休申請を却下され続けても「ハイ、ワカリマシタ!」一択。
頻発する体調不良は、若さと気力でカバー。
終電帰宅や会社泊が当たり前になっても、毎食コンビニ弁当でも、クソ顧客から意味不明なお説教を食らってもひたすら我慢。あ、クソ顧客の直近のとんでも発言、聞く? 夜中の3時に電話をかけてきて「何で寝てるんだ! 働け、小娘!」だって。普通寝るよ、深夜だっつーの。
……と、まあ、不幸自慢ならいくらでもできるけど。せっかく新卒で入社した会社だからって、必死でしがみ付いてきたわけだ。
ここまで来たらもう意地だよね。「ここで辞めてたまるか、くそー!」ってな具合で。
だけど最近、このままじゃ死ぬかもしれないと思い始めた。だって、体重が激減して、頭にはハゲがいくつもできてるから。そのうち『営業女子が過労死! 労災認定はいかに!?』なんてニュースでお茶の間を騒がせる気がする。
はぁーー、全てがしんどい。でも、引き際ももうよく分からない。
「朝比奈さーん?」
お局こと先輩営業の百合子(もはや呼び捨て)に声をかけられて、ハッとした。誰も残っていない社内はシンと静まり返り、腕時計に視線を落とすともう午後10時を回っている。
まずい、ボーっとしてた!
「先輩もまだ残ってたんですね。お疲れ様です」
私が軽く会釈だけをしてさっさとパソコンに向き直ると、百合子は面白くなさそうに言った。
「朝比奈さんさー、最近残業多くなーい?」
……出たよ、巻き毛の毛先を指でクルクルいじる癖。しかも、ボンレスハムみたいに豊満な体をクネクネよじらせるやつ。これは、嫌がらせの対象としてロックオンされた合図だ。
「すみません。明日のプレゼンで使う資料なんです」
「えー? 今ってそんなにタスク重くないよね、昼間は何してたのー?」
何って、あんたに押し付けられた雑用だよ!
この際だから言わせてもらうと、あんたが昨日受注したアプリ開発の案件。あの提案書を書いたの、私だからね。販促データの分析も、全社会議の資料も、その他諸々もみーんな私が作った。
上司には尻尾を振って、若手男子に色目を使う。そのくせ、若手女子には仕事を押し付けて手柄を横取りする性悪女め。あー、これまでの悪行を洗いざらいリークしてやりたいわ。
「きっと効率の悪いやり方してるんでしょー。ただでさえベビーフェイスで舐められがちなんだから、もっとキビキビ頑張らなきゃー」
やっかましいわ! 後輩に「ちゃん」付けされたり、顧客に身分証明書の提示を求められる屈辱が分かる!?
……なんて口が裂けても言えないけどね。その後の報復が怖いし。
「あー……あはは、そうですよねー……」
表面上は愛想よく笑いつつ、私は全く別のことを考えるようにした。漫画のこと。ゲームのこと。以前追っ掛けていた推しのこと。思いつく限りの楽しいことを。
じゃないと、良からぬ言葉が今にも口から飛び出しそうだった。
「仕事が遅いのは朝比奈さんのせいなんだから、残業申請しちゃだめだからね」
「分かってます。先月も、先々月も付けてませんから」
「偉いじゃーん。このことは労務部には内緒だよ。分かってるよねー?」
「……」
「返事は『ハイ』でしょー?」
「……はい」
ううう、くっそーーーーー、いつか絶対に見返してやる!!
とりあえず、今日は絶対終電までに退社する。で、コンビニでチューハイを買うんだ。夜中だけど、チー鱈とサラミもドカ食いする!
「……ん?」
な、なんか鼻がムズ痒い。
私が鼻の下を指で掻くと、それを見た百合子が血相を変えて「きゃーー!」と叫んだ。あらまあ、百合子さんったら可愛いお顔が台無しですこと(棒読み)
「ちょ、ちょっと、朝比奈さん! 何してんの!?」
「何って」
「血! 血が出てる!」
「え? えええっ、赤っ……は、鼻血!?」
保湿ケアをしたり、ネイルサロンに行く余裕もない可哀相な手。それが、更に見るも無残な色に変わっていた。
やだ、何で? イライラしすぎて血圧が上がった?
「ちょっとやだー、早く拭きなさいよ! ティッシュはあるの?」
「ありますけど、鼻を押さえてないと。私の鞄から出してもらえませんか? むしろ厚手のタオルとか」
「給湯室に雑巾っ……じゃなくてタオルがある!」
「い、今、雑巾って聞こえましたけど?」
やり取りの間も、出血は一向に止まらない。小鼻を押さえた手はもちろん、白いブラウスの袖や胸元は早々に鮮血で染まった。デスクや床も血みどろだ。
私も一応女子だから自主規制するけど、例えるなら……凄惨な殺人事件現場?
「先輩、どうしよう。全然止まりませんっ」
藁にも縋る気持ちで百合子を見ると、今まさにダッシュで逃げているところだった。その恰幅の良さからは想像できないくらい俊敏だ。
「知らないわよ! もうっ、スーツに血が付いたじゃなーい!」
「スーツより119番を……いや、でも鼻血なんかで救急車って。あああ、やばい。なんか血の量が尋常じゃな……」
何これ、怖い。
口の中が鉄臭い。
死ぬかもしれない。
迫りくる死の恐怖と戦ううちに、頭がぼんやりし始めた。出血しすぎたせいかもしれない。そして、赤い景色をぼんやり眺めながら思った。
今死んだら、私、明日の朝刊に載るのかな……?
『営業女子が過労死! まさかの鼻血による失血死。 ネットでは「ウケる、草生えるww」と話題』みたいな? そんな感じ?
……そ、そんなニュース、絶対嫌なんだけどーーーーっ!!
読んでくださってありがとうございました!
※次回の更新は、4/7(水)の夜を予定しています。




