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17話 さて、ホッと一息つきますか♪<至高の味玉>

 

「今日の賄は、角煮のタレがしみしみの味玉丼です♪」


 丼に炊き立ての雑穀ご飯を盛り、半分に切った茹で卵を三つ乗せる。そして、その上からとろみをつけたタレをかけ、小ネギと煎りゴマをたっぷり。お好みで刻み海苔やマヨネーズをプラスして、完成!


 あー……自分で言うのもなんだけど、この黄身は100点満点だわ。いつもは半ナマを回避するために固茹でにしがちなんだけど、今日のは理想的な半熟に仕上がったと思うの。ちょっと固まった部分と、黄金色のとろとろの比率が神。

 そんな訳で、つい味見が捗っちゃったよね……ここだけの話。ゴホゴホ。


「味玉、ですか……」

「うん、昼間作った角煮のタレに漬けておいたの。もしかして苦手だった? ごめんね、知らなくて」

「あ、いえ、大好きです。嬉しい……」


 うーん、大好きな割には反応が薄い。と言うか、卵を凝視したまま固まっちゃったのはどうして?


「私、この世界のお店に入るのが怖くて、いつも野菜スープばかり飲んでたんです。すぐ目の前の露店でサッと買えるので。でもそのスープが、薄い塩味と雑草の風味で……あの……。だから、感激しちゃって」


 ああ、ここにも異世界料理の洗礼を受けた人がいたのね。表情と口ぶりから察するに、相当辛かったんだろうな。可哀相に。


「多分だけど、雑草よりはマシだと思うよ。はい、どうぞ」


 私がお箸を差し出すと、恍惚の表情で丼を見つめていたすずこちゃんがコックリと頷いた。そして、「いただきます」と丁寧に両手を合わせる。


「!」


 うわー、所作が綺麗……! 育ちの良さが滲み出てると言うか、すずこちゃんだけを切り取って見ると老舗料亭で会食してる令嬢みたい。


 お手本通りのお箸の持ち方に見惚れていると、拓真が似合いもしないオネェ口調で言った。


「『ワタシったら24歳なのに恥ずかしいわー、見習わなきゃー』って?」

「ちょっと! 私の頭の中を読まないでよ」


 知り合って早々にタメ口&呼び捨ての私が言うのもなんだけど、拓真のやつ。事あるごとに子供扱いして、腹立つな。まったく。


「そんなことより、早く食べて。せっかく炊飯器から炊き立てのご飯を拝借したんだから」

「ハイハイ、いただきます」


 そう言ってお箸で卵を掴んだ瞬間、濃いオレンジ色の黄身がとろりと溢れた。拓真と私は同時に「とろとろ~!」と声を上げる。


「おー、破壊的だー! 半熟具合が神がかってるな!」

「えっ? あ、ああ、それはどうも……」


 …………ふーん、だ。美味しそうな顔しちゃって。人のこと馬鹿にしたくせに。参ったか。


「朝比奈さん。半熟のコツってあるんですか?」

「うーん。常温じゃなくて、冷蔵庫から出したての卵を使うことかな? 沸騰したお湯に入れて6分強。黄身の位置が偏らないように菜箸で転がしながら茹でて、引き揚げたらすぐ氷水にドボーン。余熱で火が入りすぎちゃうからね」

「へえ。でも、これだけ柔らかいと殻が剥きにくそう……」

「安全ピンか何かで卵のお尻に穴を開けるといいよ。白身と殻の間に空気が入るから剥きやすくなるって、テレ」

「そうなんですね! 今度やってみます!」


 あああ、一番重要な「テレビで言ってた」が掻き消された。テレビの解説を丸ごとパクっただけだし、なんなら割と知られてる豆知識だし、恥ずかしいからそんな尊敬の眼差しで見ないで……。


「しかし、これ、本当に美味いな」

「はい! こってりしたタレと小葱のサッパリ感が絶妙ですよね。食感もシャキシャキで美味しいです」

「気に入ってもらえてよかった♪」

「野菜スープの時は無言で流し込んでたのに、別人みたいだな」

「ふふ、本当にそうですね。んん~~っ、幸せ。豚の脂が美味しくてごはんが進んじゃいますっ」


 あ、いや、これはトカゲの脂なんだけど……。

 まあ、美味しく食べてるところに水を差すのもなんだし黙っていよう。







「……あっ、もうこんな時間ですか!」


 壁の時計をチラ見するなり、すずこちゃんがお箸のペースを速めた。

 でも、流石は良家のお嬢様(実際のところは分からないけど)。どんなに焦っていても口元にはきちんと手が添えられていて、抜け目がない。


「何か用事があるの?」

「私、今日は早めにログアウトしなきゃなんです。進級して初めての学力テストがあるので復習しようと思って」

「学力テストか。嫌な響きだわー……」

「学生さんも大変だなぁ。それならもう行きな、皿は俺が洗っておくから」

「わぁ、すみません。ありがとうございますっ」


 すずこちゃんはペコペコと頭を下げると、「そしたら、満点取らなきゃですね」と笑った。

 美少女で、性格も◎で、更に優等生なんて最強じゃない。でも、フワフワした人柄のせいか、僻みも妬みも不思議と湧いてこない。

 良かった、仲良くやっていけそうだ。


「勉強頑張ってね」

「ありがとうございます。あの、ご馳走様でした」

「うん、お粗ま」



 両手を合わせたすずこちゃんに「お粗末様」と答えようとした、次の瞬間。


 私は大きく目を見張った。




「……え?」


 何故なら、すずこちゃんが忽然とどこかへ消えてしまったからだ。辛うじてツインテールの毛先だけが視界の端に残ったけど、それ以外は何も見えなかった。




 い、今の何!?

 大人しそうに見えて手品が得意とか、設定が斬新すぎない?


 私は慌てて立ち上がり、たった今まですずこちゃんが座っていたイスに触れた。当然だけどほんのり温かい。空っぽの丼だってちゃんとある。

 動転した私は、優雅に食後の水飲む拓真の肩を掴んで、ガシガシ揺さぶった。


「おい、零れる!」

「だって、すずこちゃんが消えちゃったよ!?」

「ログアウトしただけだから大丈夫だよ。いつも通りだ……あー、しまった!!」

「や、やっぱり何か問題があるの?」


「酒を飲み忘れた!」


 すずこちゃんより酒かよっ!!


 でも、拓真が少しも動揺していないところを見ると、ここではよくある光景なんだろう。


「ねえ、ログアウトしたってどう言うこと? 全部チュートリアルで説明されてるとは思うんだけど、大家さんがあの調子じゃいつ見せてもらえるか分からないから」

「……それもそうか。それじゃ、一杯やりながら解説するか」


 青い酒瓶を指さしながら、拓真は「せっかく買ってきたしな」と頷いた。


「それ、さっき言ってた辛口の日本酒?」

「いや、異世界に日本酒はないよ。これはかなり薄めた劣化版ビールってとこ」

「この世界では、料理の味だけじゃなくビールまで薄いの?」


 そう言えば、ボルトさんがご馳走してくれたオレンジジュースも薄かったっけ。

 異世界の人達が薄味好みだとしたら、春巻きや角煮の味付けはしょっぱすぎたかな? うーん、もっとこの世界のものを食べて調査しなきゃだめだな。


 私はブツブツ呟きながらキッチンに戻り、食器棚からグラスを二つ取り出した。赤と青の桜模様が綺麗な、江戸切子のペアグラスだ。


「綺麗な細工だな」

「私、実家でお酒を飲む時はいつもこれなの。教えを乞う立場なので、今日は特別にペアの片方を貸して進ぜよう」

「ヘイヘイ、光栄です」

「あ、手酌でいいの? 私が注ごうか。それなりに場数も踏んでるし」


 料理は初心者だけど、職業柄、接待のスキルには自信がある。ビールと泡の黄金比や美味しい注ぎ方を、血反吐をはくまで練習したからね。


「お手並み拝見といきたいところだけど、いいよ。こいつはビールのくせに超微炭酸で泡なしだから」


 え、えー……?

 ビールから爽快感を取ったら、何も残らなくない?


閲覧ありがとうございました!



茹で卵の豆知識は割と有名なので、「今更?」と思われるかもしれません。

真新しい情報がなくて申し訳ないです。


味玉はプレーンもいいですが、ラー油と千切りの白ネギをトッピングしても美味しいです♪

あと、角煮のタレにすりおろしにんにくを足すとよりお酒に合います。

どうぞお試しください!

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