13話 当館ではファンタジー飯はお断りです!!
「そこでお願いなんだけれど、このスルタンを君の店で調理してくれないか? タクマくん」
スルタンを調理? どこで? 誰が? 何で?
頭をフル回転して考えても処理が追い付かない。なのに、全身に悪寒がする。拓真もトカゲの調理シーンを想像したのか、珍しく口元を引き攣らせている。
「何故うちの宿で?」
「なんでも凄腕の料理人を雇ったそうじゃないか」
「!?」
思いもよらないことを言われて、私達は硬直した。
「スルタンの歓迎を兼ねて酒場で祝杯を挙げていたら、小耳に挟んだんだよ。ハルマキコロケの話をね」
コロケじゃなくてコロッケだけど、そんなことはこの際どうでもいい。
あああ、どうしてリリーさんに口止めしておかなかったんだろう。食堂への就職を決めてから4時間くらいだし、まだ何の準備もできてないのに!
「あー、あれは……」
「リリーの舌を唸らせた世にも珍しい美食。それこそこの偉大なるスルタンに相応しいと思ってね」
ハリルさんはにっこり笑って袋の口に手をやった。ゾワゾワッと総毛立ち、鳥肌が立ったけど、ハッと気付いた時にはもう後の祭りだった。
「……ッ!」
「ぎえええ、首ーーーーっっ!!」
いそいそと取り出されたのは、ゴツゴツして黒いトカゲの生首だった。私は仰け反って悲鳴を上げ、拓真の後ろにさっと隠れる。
沖縄の市場でサングラスをかけた豚の生首を見た時と同じくらい、いや、それ以上の衝撃だわ……。
「た、たたた拓真! 私が言った通りじゃない。がっつりファンタジー食材じゃない!!」
「ド、ドラゴンじゃなくてトカゲだろ。トカゲなんか日本にもいる!」
「こんなのドラゴンと同じだってば! そのうち絶対スライムも出てくるよ! と、とにかくそれはしまって!」
しっかり血抜きされているからか血こそ流れないまでも、グロイ。グロすぎる。ファンタジーの世界じゃ誰もモザイク処理なんかしてくれない。こんなのを捌いたら私は死ぬ。
「も、申し訳ありませんがお断りします。リリーさんの件は、料理人の適正試験みたいなものでした。イレギュラーだったんです」
「そりゃないよー。飲みかけのビールも、娼館で美女達を侍らせてヨロシクやるのも我慢して追い駆けて来たんだよ?」
「しょ、娼館でヨロッ……!?」
お酒は飲むわ、奥さんがいるのに風俗には行くわ、本当に何なのこの人!!
「ねぇ、なんでこんな人と親しいの!? まさか拓真も風俗とか」
そう言う所に出入りするなとは言わないけど、こんな人と連れ立っていたなら話は別だ。私がキッと睨みつけると、拓真はぶんぶん首を振った。
「行ってない行ってない。以前、一文無しで行き倒れていたところを助けたんだ。日銭を稼ぎたいって言うから、うちで洗濯や掃除をしてもらったこともある。そう言う仲だ」
「宿のお得意様じゃないのね? じゃあ、きっぱり断ってよおぉっ」
私の錯乱ぶりに同情したのか、拓真はハリルさんに向き直って咳払いをした。
「とにかく無理なんです。食堂はオープン前ですし、何より肝心の料理人がこの通りなので」
「は?」
「彼女が当館の調理担当です。お披露目はまだ先なので内密に願いますよ」
私を見るなり、ハリルさんはお腹を抱えて笑った。
「あはははは! まさか!」
ふんだ。慣れっこだよ、その反応は。もっとバリエーションはないわけ?
「よく見てごらんよ、このふっくらした丸顔にどんぐり眼。背だって小さいし、胸もツルペ」
「ぺったんこの調理担当です、初めまして! でも、トカゲ料理は作れません。そもそも私にはそんなの捌けません!」
「あ、それなら大丈夫だよ。市場の肉屋で解体してもらったから」
首を収納した袋に手を突っ込まれた瞬間、私は目を瞑った。もう死んでも開けるまい。
「大丈夫だ。見ろよ」
「?」
拓真に促されて嫌々目をこじ開けると、ピンク色の肉の塊が差し出されていた。
赤身の層とツヤツヤの脂の層がきっちり分かれた、分厚いお肉だ……。なんとなく鶏肉っぽいのかなと思ってたけど、豚の三枚肉によく似てる。
「何で最初にこっちを出してくれなかったの」
「だって、首の方が格好いいだろう?」
「……」
「首は家の暖炉の上に飾ろうと思って、記念に持ってきたんだよ。土に埋めておけば2週間足らずで骨になるから」
それって、普通は鹿とかじゃない? トカゲの壁飾りって聞いたことないけど。まぁ、ファンタジーだからいいのか。
「何にせよ、私には無」
「……いつか娘に話してやりたいんだよ」
え?
これまでとは打って変わって落ち着いた調子でハリルさんが言った。その穏やかで慈愛に満ちた眼差しに、私は不覚にも動揺してしまう。
「何て、ですか?」
「ドラゴンは倒せなかったけれど、大物のトカゲを捕ったこと。卸した肉は高値で取引され、食べたらこの世のものとは思えない程に美味だったって。そうしたら、こんな情けない父親でも少しは誇らしく思ってくれるんじゃないかと思ってね」
「ハリルさん……」
何なの。さっきまでチャラチャラして、ウザくて、無意味に饒舌だったじゃない。いきなりそんな殊勝な顔をするなんて、ずるいよ。
「だってさ。どうする、朝比奈さん?」
「でも、トカゲ肉なんて食べたことも触ったこともないよ」
「君ならできるよ。あのリリーが緩み切った顔で褒めるくらいなんだから。むしろ、君にしか頼めない」
「……わ、分かった。美味しく仕上がる保証はないけど」
あーあ、花野のお人好し。でも、まあ、家庭崩壊を食い止めるために一肌脱ぐのも悪くはない。
「あー、良かった! 君みたいな純情そうな子を懐柔するには、情に訴えるのが一番だと思ったよ」
「は?」
「大成功だったなぁ。ちょろいちょろい、あはは! さあ、そうと決まれば早く宿に行こう♪」
頭を抱える拓真の肩を抱き、軽快な足取りで歩きだしたハリルさんを見ながら、私は拳をぎゅっと握った。
……こ、この人は~~~!!
「そんなんだから奥さんに捨てられるんでしょうがーーーーっ!!」
閲覧ありがとうございました!




