表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/52

12話 異世界人のテンションに早くもついていけません

 

「いやー、本当に助かるよ。飯時だけは憂鬱だったんだ。食べられるのはサラダと果物くらいでさ……あと、死ぬほど甘いけどドライフルーツも美味い」


 食事を終え、宿に帰るまでの道中、拓真はご機嫌でいつになく饒舌だった。

 まあ、気持ちは分かるよ。必死で食べきったロールぶどうの葉(謎の酸味と臭さのダブルパンチ)を思い浮かべると、喉の奥から何かが込み上げてくるもんね……。

 うう、宿に着いたら何でもいいから口直ししよう。


「でも、私、おにぎりとか簡単なものしかできないけど」

「それで十分!」


 ひええ、どうしよう。すごいいい笑顔だーー……!

 余裕がない時は、実家の冷蔵庫の作り置きをこっそり貰おう。あと、冷凍食品ね。うん。


「でもさ、現実から持ってきたらいいんじゃないの? 生モノはちょっと抵抗あるけど、お菓子やパンくらいなら」

「持ち込みを含め、ファンタジーの世界観を崩す行為は基本的にNGなんだ。体はアパートで寝てるんだし、できなくて当然だよな」

「なるほど」


 だけど、お腹は減るのか。お手洗いにも普通に行きたくなるし、あくびも出る。引き継がれるのは生理現象だけなのか、線引きが気になるところだな。


「と言うか、それなら食材はどうなるの?」

「更澤さんに確認するけど、基本は現地調達だろうな。市場があるから改めて案内する」

「うわー、異世界の市場ってすごそう。なんちゃら竜の肉とか、ほにゃらら虫の干物とか! スライムとかも食べちゃったりして?」

「それは漫画の読みすぎだ」

「あはは」


 大当たり。ダンジョンでモンスターを調理する漫画が大好きなんだもん。実際に「やれ」って言われたら、私は全速力で逃げるけどね。


「ドラゴンとかスライムなんて流石に食わないよ。ざっと見た感じ、肉や野菜なんかは日本と近い気がするな。牛も鶏もいるし」

「じゃがいもや玉ねぎも割と普通だったもんね。ちょっと固かったり、筋っぽかったりはするけど、せいぜいその程度の違いで」





「おーい、そこの! 宿屋の!」


 え?


 宿のある通りに入ったところで、突然背後から声をかけられた。少し戸惑いつつも振り向いた拓真は、明らかに嫌そうな「ゲッ」と言う表情を浮かべる。


「……こんにちは、ハリルさん。お急ぎで?」

「君に頼みがあって、ちょうど宿に行こうとしていたところなんだよ」

「頼み? それにしても、相変わらず酒臭いですね。真っ昼間からまた飲んでたんですか?」


 呆れ顔の拓真にフーっと息を吹きかけ、男は笑った。

 30代後半くらいかな? 現実でも見かけるような無地シャツとパンツを履いていて、身なりは悪くない。体格も定型。愛想の良さと、赤毛の長髪がちょっと遊び人っぽいけど……。


 チョイチョイと袖を引っ張ってから目配せをすると、拓真は険しい顔で耳打ちをする。


「この人はハリルさん。家業の廃業を機にハンターを志したんだけど、狩猟の腕前が壊滅的でな」

「そっか、転職先を間違えちゃったの」

「おまけに呑兵衛で」

「あー……」

「酒が原因で、妻子とは半年間別居中だ」

「げ!?」


 それなのにまだ懲りないわけ? と言うか、稼ぎが少ないならせめて嗜好品は切り詰めなよ! 家族への仕送りくらいは当然してるんでしょうね!?


 私は嘘や演技が上手い方じゃない。昔から隠し事は向かないタチだ。今度もやっぱり顔に出ていたのか、ハリルさんは両手を上げ、やれやれと肩をすくめた。


「あはは、視線が痛いなぁ。

 そう言えば、妻もよくそんな目で僕を見ていた。僕の一挙手一投足を監視してケチをつけるのが趣味な人なんだ。自由の身になって清々したよ」


 出会い頭の拓真の表情の意味が分かった。人のことを言えた義理じゃないけど、色々とだめな人だわ。何にせよ、関わり合いになりたくないな……。


「しかし、君も隅に置けないな。タクマくん」

「何のことです?」

「だからさ、こんな可憐な少女と連れ立ってデートかい?」


 そう言ってほっぺを揉まれそうになるのを、私は寸でのところで回避した。名残惜しそうな両手がいやらしい形で宙を揉んでいる。

 この人、無理ーー! 出会って早々セクハラとか、ありえん!


「ちょっと!」

「あはは、すまない。ふくふくのほっぺが赤ん坊の娘にそっくりで、つい」

「別居中のお子さんってまだ赤ちゃんなの!?」

「3ヶ月くらいかな。確か?」


 ヘラヘラ笑いながら「くらい」って、何でそんなに他人事?


「出産前に家を追い出されたから、正確な誕生日が分からないんだよ。妻に聞こうにも、産後は前にも増して怒りっぽくて話もできない。だから、愛娘のことは家の壁の穴から盗み見するしか……」

「へ、変態っ……それより、子育てもせずお酒なんて」

「いや、見くびらないでくれ。酒で鋭気を養っているんだよ! なんせ、僕の狙いは伝説のレッドドラゴンなんだからね」


 ちょ、えー……? 壊滅的な腕前なのに、高望みしすぎなんじゃ? 

 ニヤニヤと弧を描いた口元には、もはや恐怖すら覚える。


「最愛の妻子のために一攫千金を狙う。酒はそのための準備だよ。分かるかな、おチビさん?」

「~~~~っ……それで? 首尾はどうなんです?」

「いやぁ、ウサギ一匹捕れない」


 そりゃ、一攫千金どころじゃないね。うん。なんかもう相手をするのが面倒くさいわ。

 私がうんざりして目を逸らすと、ハリルさんは「チッチッチ」と軽快に舌を打った。その不敵な笑みに、私達は揃って身構える。


「通算100匹目の獲物にあっさり逃げられて、流石に心が折れた。ドラゴンは諦めて地道に働こうと思った。でもね、僕はやっぱり星女神の加護を持つ男だったんだ」

「は?」

「最後の狩りでね、とうとう捕まえたんだよ!」

「ええ!?」


 ハリルさんはニヤリと口の端を上げ、肩に引っかけていた麻袋をポンポンと叩いた。袋は大きめの枕くらいのサイズで、重たそうに膨れている。

 思ったよりは小さいけど、まさかその中に入ってるの!? ちゃ、ちゃんと死んでる?


「で、伝説のドラゴン……?」

「いや、なんかよく分からないデカいトカゲだよ」


 はい?


「よく分からないから僕が名前を付けた、スルタン・トカゲだ! 帝王の称号だよ、カッコいいだろう?」


 …………あ、うん。そうだねー。かっこいいねー。面倒くさー。


「そこでお願いなんだけれど、このスルタンを君の店で調理してくれないか? タクマくん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ