12話 異世界人のテンションに早くもついていけません
「いやー、本当に助かるよ。飯時だけは憂鬱だったんだ。食べられるのはサラダと果物くらいでさ……あと、死ぬほど甘いけどドライフルーツも美味い」
食事を終え、宿に帰るまでの道中、拓真はご機嫌でいつになく饒舌だった。
まあ、気持ちは分かるよ。必死で食べきったロールぶどうの葉(謎の酸味と臭さのダブルパンチ)を思い浮かべると、喉の奥から何かが込み上げてくるもんね……。
うう、宿に着いたら何でもいいから口直ししよう。
「でも、私、おにぎりとか簡単なものしかできないけど」
「それで十分!」
ひええ、どうしよう。すごいいい笑顔だーー……!
余裕がない時は、実家の冷蔵庫の作り置きをこっそり貰おう。あと、冷凍食品ね。うん。
「でもさ、現実から持ってきたらいいんじゃないの? 生モノはちょっと抵抗あるけど、お菓子やパンくらいなら」
「持ち込みを含め、ファンタジーの世界観を崩す行為は基本的にNGなんだ。体はアパートで寝てるんだし、できなくて当然だよな」
「なるほど」
だけど、お腹は減るのか。お手洗いにも普通に行きたくなるし、あくびも出る。引き継がれるのは生理現象だけなのか、線引きが気になるところだな。
「と言うか、それなら食材はどうなるの?」
「更澤さんに確認するけど、基本は現地調達だろうな。市場があるから改めて案内する」
「うわー、異世界の市場ってすごそう。なんちゃら竜の肉とか、ほにゃらら虫の干物とか! スライムとかも食べちゃったりして?」
「それは漫画の読みすぎだ」
「あはは」
大当たり。ダンジョンでモンスターを調理する漫画が大好きなんだもん。実際に「やれ」って言われたら、私は全速力で逃げるけどね。
「ドラゴンとかスライムなんて流石に食わないよ。ざっと見た感じ、肉や野菜なんかは日本と近い気がするな。牛も鶏もいるし」
「じゃがいもや玉ねぎも割と普通だったもんね。ちょっと固かったり、筋っぽかったりはするけど、せいぜいその程度の違いで」
「おーい、そこの! 宿屋の!」
え?
宿のある通りに入ったところで、突然背後から声をかけられた。少し戸惑いつつも振り向いた拓真は、明らかに嫌そうな「ゲッ」と言う表情を浮かべる。
「……こんにちは、ハリルさん。お急ぎで?」
「君に頼みがあって、ちょうど宿に行こうとしていたところなんだよ」
「頼み? それにしても、相変わらず酒臭いですね。真っ昼間からまた飲んでたんですか?」
呆れ顔の拓真にフーっと息を吹きかけ、男は笑った。
30代後半くらいかな? 現実でも見かけるような無地シャツとパンツを履いていて、身なりは悪くない。体格も定型。愛想の良さと、赤毛の長髪がちょっと遊び人っぽいけど……。
チョイチョイと袖を引っ張ってから目配せをすると、拓真は険しい顔で耳打ちをする。
「この人はハリルさん。家業の廃業を機にハンターを志したんだけど、狩猟の腕前が壊滅的でな」
「そっか、転職先を間違えちゃったの」
「おまけに呑兵衛で」
「あー……」
「酒が原因で、妻子とは半年間別居中だ」
「げ!?」
それなのにまだ懲りないわけ? と言うか、稼ぎが少ないならせめて嗜好品は切り詰めなよ! 家族への仕送りくらいは当然してるんでしょうね!?
私は嘘や演技が上手い方じゃない。昔から隠し事は向かないタチだ。今度もやっぱり顔に出ていたのか、ハリルさんは両手を上げ、やれやれと肩をすくめた。
「あはは、視線が痛いなぁ。
そう言えば、妻もよくそんな目で僕を見ていた。僕の一挙手一投足を監視してケチをつけるのが趣味な人なんだ。自由の身になって清々したよ」
出会い頭の拓真の表情の意味が分かった。人のことを言えた義理じゃないけど、色々とだめな人だわ。何にせよ、関わり合いになりたくないな……。
「しかし、君も隅に置けないな。タクマくん」
「何のことです?」
「だからさ、こんな可憐な少女と連れ立ってデートかい?」
そう言ってほっぺを揉まれそうになるのを、私は寸でのところで回避した。名残惜しそうな両手がいやらしい形で宙を揉んでいる。
この人、無理ーー! 出会って早々セクハラとか、ありえん!
「ちょっと!」
「あはは、すまない。ふくふくのほっぺが赤ん坊の娘にそっくりで、つい」
「別居中のお子さんってまだ赤ちゃんなの!?」
「3ヶ月くらいかな。確か?」
ヘラヘラ笑いながら「くらい」って、何でそんなに他人事?
「出産前に家を追い出されたから、正確な誕生日が分からないんだよ。妻に聞こうにも、産後は前にも増して怒りっぽくて話もできない。だから、愛娘のことは家の壁の穴から盗み見するしか……」
「へ、変態っ……それより、子育てもせずお酒なんて」
「いや、見くびらないでくれ。酒で鋭気を養っているんだよ! なんせ、僕の狙いは伝説のレッドドラゴンなんだからね」
ちょ、えー……? 壊滅的な腕前なのに、高望みしすぎなんじゃ?
ニヤニヤと弧を描いた口元には、もはや恐怖すら覚える。
「最愛の妻子のために一攫千金を狙う。酒はそのための準備だよ。分かるかな、おチビさん?」
「~~~~っ……それで? 首尾はどうなんです?」
「いやぁ、ウサギ一匹捕れない」
そりゃ、一攫千金どころじゃないね。うん。なんかもう相手をするのが面倒くさいわ。
私がうんざりして目を逸らすと、ハリルさんは「チッチッチ」と軽快に舌を打った。その不敵な笑みに、私達は揃って身構える。
「通算100匹目の獲物にあっさり逃げられて、流石に心が折れた。ドラゴンは諦めて地道に働こうと思った。でもね、僕はやっぱり星女神の加護を持つ男だったんだ」
「は?」
「最後の狩りでね、とうとう捕まえたんだよ!」
「ええ!?」
ハリルさんはニヤリと口の端を上げ、肩に引っかけていた麻袋をポンポンと叩いた。袋は大きめの枕くらいのサイズで、重たそうに膨れている。
思ったよりは小さいけど、まさかその中に入ってるの!? ちゃ、ちゃんと死んでる?
「で、伝説のドラゴン……?」
「いや、なんかよく分からないデカいトカゲだよ」
はい?
「よく分からないから僕が名前を付けた、スルタン・トカゲだ! 帝王の称号だよ、カッコいいだろう?」
…………あ、うん。そうだねー。かっこいいねー。面倒くさー。
「そこでお願いなんだけれど、このスルタンを君の店で調理してくれないか? タクマくん」




