11話 楽しみにしていた異世界料理は激マズでした……。
「た、拓真……何これ……」
「……あー、そう来たか」
表通りに出てリリーさんをお見送りした後、私達は揃って度を失った。
なぜかと言うと、ロビーの隅のさっきまで壁だった所に、突如ドアが出現していたからだ。
まさかと思いつつドアを開けてみると、予想は見事的中した。
ドアの向こうが、代官山や銀座のカフェにだって引けを取らない、お洒落な食堂に変わっていたんだ。
「うわー……明るい」
宿と同じく温かい雰囲気の室内には、ナチュラルな木目の優しいダイニングテーブルが大小あわせて6セット。テーブルとセットのイス席の他には、カウンターに背の高いイスが3脚並んでいる。もちろん、キッチンからの動線や採光もばっちりだ。
「相変わらずすごいな。妄想だけでこんなことができるんだから」
「え?」
「この食堂のことだよ。キッチンと同じく、更澤さんが増築してくれたんだろ」
「し、仕事早すぎない!?」
リリーさんを見送って戻るまで5分くらいだよ? 恐るべし、大家さんの妄想パワー……。
「あの人は面白そうなら何でもアリだから。お前の春巻きコロッケを見て、食堂を任せてみたくなったんじゃないか? 相談する手間が省けて助かったなー」
「そっか。どこから見てたんだろう」
「あれ、知らなかったのか?」
拓真はそう言うと、陽だまりでごろんと寝そべっていた黒猫を抱っこした。脇を持ち上げられて、ふわふわの胴体がにょーんと伸びる。
お腹の毛だけ白いんだ。ふわぁ、もふもふで可愛いーー!
あ……あのリリーさんがじゃれてたから絶対オスだと思ったけど、メスだ。
「こいつは宿に居ついてる猫で、通称・サラ。これが更澤さんだよ」
は?
私は言葉を失った。
うちの大家さんは人間じゃなかったのか。そうかそうか。
「って、いやいや。何それ!?」
「体調やタイミングがいい時限定だけど、あの人はこいつに憑依して異世界を見てるんだよ。更澤さんが入っている時だけ、こいつは千里眼になる。
うーん……何も喋らないところを見ると、今はもう抜けてるみたいだな」
黒猫が喋るなんて、見習い魔女とか美少女戦士の相棒みたい。と言うか、大家さん相手に「メス」とか言って悪かったな……。
失礼のお詫びに人差し指で首の下を撫でると、黒猫はうっとりと目を閉じ「ナー」と鳴いた。それは猫以外の何者でもなかった。
「さて、とりあえず地下の従業員部屋に案内するよ。小さいけど個室も用意するから」
「ありがとう」
「で、一息ついたら昼飯を食べに行かないか? 奢るから」
拓真の誘いに、私は首を傾げる。
「もちろんいいけど……昼飯って変じゃない? 現実の時間とずれてるよ」
「時差があるからだよ。詳しくはチュートリアルを見てほしいんだけど、現実の午前0時が、こっちに来ると午前6時なんだ」
なるほど、時差! だから、真夜中だったはずが、異世界に着いたら早朝だったのか。
「外国に旅行してるみたいだね」
「そうだな。まあ、異世界にいるのは意識だけで、体はアパートで寝てるけど。言うなれば、異世界旅行の夢を見てるようなもんだ」
「ふーん。そう言うことならお茶だけにしようかな。一応私も女子だし、最近ちょっと下っ腹が出てきたし……」
「それは全くいらない情報だけど。安心しろよ、この世界での摂取カロリーはノーカウントだ」
「えっ」
「いずれ紹介するけど、他の入居者の嘆願でそう言うシステムになったんだよ」
あああ、ノーカウント! なんて素敵な響きなの! ご都合主義のファンタジー、最高すぎるーー!!
◇
「ねえ、せっかく来たのに拓真は食べないの?」
「俺はいい」
気遣わしげな私をよそに拓真の返事は素っ気なく、たった四文字で終わった。
「ふーん? じゃあ、いただきます」
拓真が案内してくれたのは、街で一番格式高いと評判のレストランだった。
現実の高級レストランとは雲泥の差だけど、そこは目を瞑る。木造の古びた建物ながらも小綺麗にしてるし、ウェイターの接客も感じがいい。
注文してからすぐ運ばれてきた高そうな絵柄のお皿には、ロールキャベツ風の緑色の塊が一つ。ソースはビビットカラーだけど、それなりに美味しそうだ。
私がウキウキしながらそれを切り分けていると、拓真が心配そうに言った。
「おい、もっと小さく切れよ。後悔するぞ?」
「どうして? ちょっと変わった香りと色だけど、割と美味しそうなのに。さっきは『シンプルな料理が多い』とか言ってたけど、こんな手の込んだのもあるんじゃない」
「……一口食えば分かる」
「そう?」と相槌を打って、私は大きく切ったロールキャベツを頬張った。
すると、
「……ん!? な、何これ」
「ナスのペーストと豆、羊肉などをぶどうの葉で巻いた当店の名物料理ですが? ソースはビーツとパプリカです」
「ロールキャベツじゃなかったの……あ、いや、すみません。大きな声を出して……」
私は困惑するウェイターにぺこりと頭を下げ、お水のお替りを頼んだ。するとその隙に、目の前の席に座っている拓真がこっそりナフキンを手渡してくれる。
「分かったか、この世界の料理はびっくりするほど不味い。ほら、今のうちにこっそり出せ」
「だめだよ。出されたものは残さず食べるのが家訓なの」
私は涙目になりながら、緑色の塊を飲み込んだ。うにゅっとした食感が気持ち悪かったから、申し訳ないけど丸のままで。それなのに、口の中にはいまだに正体不明の酸味と臭みが居座っている。
これは確か、お店の名物料理のはずだ。メニューには赤字で堂々と『シェフの一押し』って書いてあったと思う。なのに、どうしたらこんなとんでもない味になるの?
「大衆向けの料理は、基本的に薄味でシンプル。で、富裕層向けのこじゃれた店はどこもこんな感じ。必死で工夫を凝らそうとして失敗してるパターンだな」
「う、うーん」
「そのどちらにも共通しているのが、ハーブやスパイスの乱用だ。この世界の香辛料はどれもこれも癖が強い上に、組み合わせもぶっ飛んでる。だから不味いんだ」
「みんな不満はないのかな?」
「不味いものしか食ったことがないから、味覚が麻痺してるんじゃないか? リリーさんはカルチャーショックだったと思うよ。もう普通の飯は食えないかも」
背筋がゾッとした。
だから、私の料理くらいであんなに感動してくれたのか……なんか不憫……。
「どう、自信はついた?」
「うん、これなら私のズボラ料理の方が多少マシな気がする。手の込んだメニューは不可能だから、軽食レベルの家庭料理……それも、手際が悪いから一日一品くらいしか用意できないけど」
「十分だろ」
「……あとさ、私達の賄も用意しようかね? だって、これを毎日食べるのって苦行に近い気がするし。経費出るかな?」
私がそう聞くなり、拓真は心底嬉しそうに頷いた。満面の笑みだった。
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