10話 渾身の一品目、召しあがれ!<魅惑のじゃがいも2>
「ちょっと、遅いわよ!」
ロビーのテーブルセットの下で小さな黒猫と戯れていたリリーさんが、私を見るなり激昂した。
何なの、この二重人格っぷりは。猫相手にはあんなに優しい顔ができるくせに、いきなり豹変しなくてもいいじゃない……あー、分かった。絶対オス猫だ。
「お客をこんなに待たせるなんてプロ失格だわ、やっぱりクビにすべきよ!」
「すみません、食材集めから始めたものですから」
「ああんっ、タクマくんのことじゃないの。分かってるくせに意地悪しないで?」
……切り替え早すぎでしょ。女優か。
拓真のファインプレーで暴言を回避した私は、リリーさんの前にお皿を置いた。情けないことに手が震えたけど、今はあえて無視だ。
拓真が選んでくれたお皿は、北欧テイストのカラフルな小花柄。揚げ物の茶色がよく映えるデザインだ。私はそこにこんがりきつね色になった春巻き3本とベビーリーフを盛り付けた。
うん、いい。見た目だけなら老舗洋食屋の一品! ……まあ、モノは春巻きなんだけど。
「お待たせしました、春巻きコロッケです」
そう言うと、リリーさんは細い眉をこれでもかと吊り上げた。
「ハルマキコロッケ? 聞いたことないわね」
「熱いうちに召しあがってください。多分、それなりに美味しいと思います。多分」
あああ、自信のなさが露呈する。自分で言ってて悲しくなるほど「多分」のオンパレードだよー……。
それが格好の餌食になり、フォークとナイフを手に取ったリリーさんが更にギャンギャン吠える。
「なんだか固そうだし、薪みたい。食べて大丈夫なんでしょうね!?」
「たぶ……いえ、だ、大丈夫です!」
「ふん、どうだかっ」
――ザクッ……
リリーさんがぶつぶつ渋りながらナイフを入れた瞬間、切り口からぶわっと白い湯気が立った。バターの濃厚な香りと、とろっとしたマッシュポテトが溢れ出す。
「!」
リリーさんの瞳がキラキラして、ごくり、と唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「………かっ、香りはまあまあね。でも、よくご覧なさいよ。ゴミが入ってるじゃないの!」
「それはゴミじゃなくて挽き肉です! ケチばっかり付けてないで、早く食べてくださいってば!」
「偉そうに指図しないで……んっ!?」
春巻きを口に入れた瞬間、パリッといい音がした。咀嚼音だけでこっちまでお腹がすいてくるくらいだ。
「ほふ、っ……な、何よ、これ!」
そう言って、リリーさんはあっと言う間に春巻きを1本平らげてしまった。私はそれを見ながら唖然とする。
「味は普通でいい」なんて意味が分からなかったけど、本当に拓真の言う通りだったんだ。ド素人、しかも何年もブランクの空いた人間が作った春巻きなのに、こんなに美味しそうに食べてくれるなんて……。
この国の食事情はどうなってるんだ。
「あの、お味はいかがですか?」
「……っ、ふ……んん……サクサクパリパリの皮の中に、とろけるじゃがいもが……あのパサパサのじゃがいもがこんな風に化けるなんて! それに、じゅわっと染み出るこの旨味は何なの」
ふふん、じゃがバタにマヨネーズのコンボは最強だからなー。
明太子マヨ×青ネギとか、鮭フレークマヨ×枝豆なんかも、コロッケの具にしたら美味しそう。まあ、当然そんな余裕も技術もない訳だけど。
「んん、熱い……体が火照っちゃう」
上気した頬はピンク色。唇についたマッシュポテトをペロリと舐めとる舌もとにかくセクシーだ。
拓真ってば、これに言い寄られてよく平常心を保てるよね。「換気しますね」とだけ言ってあっさり交わしちゃう辺り、随分と小慣れてるなぁ。
「あの、こっちの春巻きは味が違います。よかったらどうぞ?」
「え!? 今のと違うの……」
――バリッ
切る時間も惜しいのか、リリーさんは春巻きにかぶりつき、また大きく目を見張った。
「んん!? 鼻を抜けていくスパイシーな芳香がたまらないわ。こんなの初めてよ」
「こっちのはカレー味なんです」
「か……かれー?」
可哀相に、異世界にはカレーがないのか……。
「あと、チーズととうもろこしも入ってます」
「ピリッと辛いじゃがいもに、とうもろこしの甘さと粒の食感がいいアクセント……チーズも舌の上でとろけるわ。なんて……なんて美味しいの……」
勝利を確信した私は、とろんとした表情のリリーさんを見て不敵に笑う。
「チビのおままごとも悪くなかったですか? よかったら、今後の参考に感想を聞かせていただけませんか」
「…………っ」
「気に入ってくださったならお替りを用意しますけど?」
「……おっ……お、美味しかったわよ! 早く次をちょうだいよ!」
や、やった……!
「よかったな、朝比奈さん!」
「うん! リリーさん、ありがとうございます! あと何本お持ちしますか?」
「いっぽ、いえ、2本……あるだけ全部いいかしら?」
「あはは、もちろんですっ」
艶々になったリリーさんの顔を見ているうちに、自分でも驚くほど溜飲が下がった。
私、分かった。
百合子ともこんな風に話せばよかったんだ。余計な衝突を避けたい一心で、全部我慢して一人で悶々としてたけど、ぶつかってみれば良かった。
だって、私のことが大嫌いなリリーさんだって、きっかけさえあればこんな顔をするんだもん。動き出してさえいれば、きっと、何かを変えられたはずだ。
「私、決めたよ。今度百合子と腹を割って話す」
「ゆ、百合子?」
「モヤモヤを全部ぶちまけてすっきりしてくるよ。できたらこれまでのことを省みてもらいたいし、私も面と向かって言わずに陰口を叩いたことを謝らなきゃ」
憑き物が落ちた顔をして笑う私の隣で、拓真はボリボリと頭を掻いた。
「何のことかはよく分からないけど……もう一度聞く。うちに就職することに異論は?」
現実に戻ったら、まずはお母さんに電話しよう。
『いつも心配してくれてありがとう。ほいでも私、もうしばらく東京で頑張ろう思う。これからは自炊もちゃんとするけぇ安心して。
あと、パン粉が切れとるけぇ買い足しとった方がええよ』って。
だって、近いうちに揚げ物の人気が爆発しそうだもんね。
「これからお世話になります。よろしくお願いします!」
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◇
今回作った春巻きコロッケですが、美味しいので是非作ってみてください!
個人的には、ケチャップとマスタードを付けて食べるのがオススメです♪




