第1話~怜さんとふぅの出会い~
僕はチョコレートケーキ、ふぅはガトーショコラを、恍惚の表情で食べる。
綾ちゃんがいないことに少し寂しさを覚えながらも、4人ともいつものテンションで駄弁っていると、
「そういえば、私と風香が初めて出会ったときも、風香は甘いものをたべていたな」
怜さんが思い出したようにそう言った。
そういえば、僕が中学生に上がると同時に引っ越したあと、学園に入学する前に、怜さんと出会ったと、ふぅが話していたことを思い出した。
怜さんの言葉に、無表情で頬にチョコをつけたふぅがコクリと頷いて肯定する。
怜さんは笑ってふぅの頬についたチョコを紙ナプキンで拭き取りながら、懐かしそうに目を細める。
口元を拭かれたふぅは、少し恥ずかしそうに窓のほうを見たあと、
「怜ちんと会ったのは、確か病院に隣接されたカフェ。そこのイチゴパフェ、本当に美味しかった」
そのイチゴパフェを思い出したのだろう。一瞬、ふぅの口元がふにゃっと緩んだ。
そんなふぅを見て、まるで母親のように微笑みながら、怜さんはうんうんと頷いた。
「イチゴパフェを口にするたびに顔が一瞬だけ緩んでね。面白い子だったから声をかけたんだ」
「それ、美味しい?」
母が経営する病院に隣接したカフェ。そこに独りでイチゴパフェを食べる少女がいた。
年は、同じか少し下、といったところか。
左目は長い前髪で隠れ、私を見上げる顔は、無表情で無感情で不愛想。
少し怖いと感じてしまうけれど、私を見つめつつも、一定のペースで口にパフェを運び、口元を緩める少女は、なんだか可愛らしかった。
「誰?」
短い一言。
食べているんだから邪魔しないで、というような拒絶がこもっている。
相当な甘いもの好きなんだと、話して1分も経たないうちにわかった。
「ごめんね、あまりにも美味しそうに食べているから。ここのイチゴパフェ、美味しいよね」
父の大好物であるイチゴを使ったパフェは、ここのカフェでもっとも手が凝っているデザートである。
父のことを大好きな母が、そう命令しているからだ。
ここのカフェも朝親グループの傘下で、改めてこんな大企業を束ねる父の凄さが身に染みる。
目の前の少女は、自分と同じ意見の私に仲間意識をもったのか、無表情で無感情な瞳が微かに輝く。
「そう。ここのカフェのデザート、全種類食べたけど、イチゴパフェのクオリティーだけ異常に高くて……。よくある安いパフェみたいにコーンフレークを多用してなくて、最後まで甘酸っぱいイチゴの味が続く。絶対このイチゴは高級品。生クリームは、イチゴの良さを邪魔しないほど良い甘さ。すべてに手間と愛が込められている。なのに値段はファミリーレストラン級。これを作っている人は、イチゴがすごく好きなんだと思う。断言する。このカフェのイチゴパフェは日本1。世界1かどうかは、海外に行ったことないからわからないけど」
その興奮で赤く染まった顔と、言い終わった後に最後の一口食べたときの、恍惚な表情を見た他の客は、羨ましそうな顔で空になったイチゴパフェの容器を見つめている。
最初の印象とは全く違う少女の甘いものに対する愛情に圧倒され、しばらく言葉が出なかった。
少女の愛の叫びと美味しそうな表情を見ていたら、私もイチゴパフェが食べたくなってきた。
「私も久しぶりに食べたくなった。相席させてもらってもいい?」
少し恥ずかしそうに目線を外しながら頷く、こんな面白くない場所で見つけた、面白い少女。
一個人について知りたいと心から思ったのは、そういえばこれが初めてだったということに、あとになってから気が付いた。
「それから、よくそのカフェで話すようになったんだ。でも、私が高校生になってからはぜんぜん会ってなくて……。まさか学園で会えるとは思ってなかったよ」
ふぅの父親は薬剤師をしており、幼い頃によく父と一緒にそこの病院に行っていたそうだ。そのときに食べたイチゴパフェが忘れられず、時々あのカフェに行っていたときに怜さんに出会った、ということらしい。
父の影響もあり、薬学に興味があったふぅ。怜さんの紹介で、医者である怜さんのお母さんから薬学を学び、今では自分で薬の試作品を作るほどだという。
その話を聞いた僕は、関心したようにコクコクと頷くと、なぜか一瞬ふぅに見つめられた。しかし、すぐに目線を逸らす。
「怜ちんとそこのカフェで会わなくなってからも、怜ちんママにはすごくお世話になった」
僕と会わなかった約4年の間にそんなことがあったのか。
確かに、小学生の頃から薬についての知識は多かったけれど、再開してからのふぅは、更に専門的になっていた。
引っ越しの翌日、お隣さんのふぅの家にお邪魔したとき、ふぅの自室に大量の薬学についての、専門書や実験器具などが置いてあったことを思い出した。
一見すると、無表情で無感情で不愛想なふぅ。長い前髪で左目が見えないことも合わさって、少し怖い印象を受けられることも少なくない。
小学生のときも、いつも僕と優衣とふぅで遊んでいたため、友達もあまりいない。
そんなふぅを引っ越してから内心心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
「ここのガトーショコラ、美味しい」
上機嫌で、微かにだが笑うふぅ。
みんなを優しく包んでくれる怜さんは、ふぅにとって、大切な友達になってくれたのだろう。
昔は、こんなに人前で笑うことなどなかったのだから。