第1話~怜さんの過去~
絶品オムライスを食べ終わり、優衣はコーヒー、他の3人がデザートを頼んで待っている間、
「オムライスは、初めて食べた父の料理なんだ」
懐かしそうに口を開いた怜さん。
その表情は少し嬉しそうであり、同時に悲しそうでもあった。
「幼い頃、私の誕生日に両親が忙しい中、時間を頑張って空けてくれて……ささやかな誕生日会を開いてくれたんだ」
「父の作ってくれたオムライスと、母の作ってくれたイチゴのショートケーキ。一口食べたところで仕事の電話が入ってお開きになっちゃったけど……」
そこでニッコリ、泣きそうに微笑んだ。
「私が覚えている、初めて両親と夜ご飯を食べた記憶で、最後の記憶でもある」
「きょうも、パパとママはおしごとなの?」
広い家。広い食卓。長いテーブル。
そこに独りで座り、寂しそうに夜ご飯を食べる少女。
この国のトップ企業の社長であり、学園の理事長でもある父。そして病院の経営者でもある医者の母。
両親が家にいることのほうが珍しく、帰って来たとしても一瞬のこと。
夜ご飯を食べる暇もなく、忙しそうにまた出て行ってしまう。
使用人を雇っているため、まだ幼い少女でも独りで暮らせる状況は完璧に整っている。
赤ん坊だった頃も、母の柔らかさは知らず、知っているのは哺乳瓶の無機質な冷たさ。
使用人はたくさんいるけれど、幼い少女の寂しさを紛らわすことはできない。
朝は急いで食事をして家を出るため寂しさは感じないが、夜帰ってきて、独りで食べる夜ご飯は辛かった。
そんな寂しい食卓が一度だけ賑やかになったことがある。
私が6歳の誕生日。
その日は本当に珍しく、両親2人の予定が夜に1時間だけ空いていた。
両親は、けして娘のことが嫌いなわけではない。むしろ反対に、とても娘を愛している両親で、常に罪悪感と戦っている。
こんなんじゃ罪滅ぼしにもならないと思いながら、無理やりに、強引に作った1時間。
少女にとって、初めてのことばかりだった誕生日。
実は、父の趣味が料理だったことも。
母の大好物がオムライスであることも。
実は、不器用でメス以外の刃物を上手に扱えない母のことも。
父の大好物がイチゴであることも。
ケチャップを頬にベッタリとつけた私を見て笑った、両親の笑顔も。
両親がこんなにも愛し合っていることも。
両親が、私のことを本当に、心から愛しているということも。
すべて、すべて初めて知ったことだった。
開始30分後に会社からの連絡が入ってお開きになってしまったけれど、怜は両親の申し訳なさそうな顔を見て、安心した。
私はパパとママに愛されている。
パパとママも、私と一緒にいられなくて寂しいと思ってくれている。
自分だけではなかった、と。
けれどその事実を知ったことは、余計に寂しさは増す結果となってしまった。
私も、両親も望んでいる3人での夜ご飯が実現しない現実。
そんな現実から目を逸らさせてくれる場所があった。
親の地位ばかりを見て、幼い少女の顔色を気にする、つまらない大人たちとは真逆の、私のことを、ただ1人の少女として、笑いかけてくれて、慕ってくれる人たち。
そんな面白い人たちがいる学園から帰らなければいけない夕方。夜の始まり。
その時間になると、私は赤く染まっていく空を見ては憂鬱な気分になるのだった。
私は夜が嫌い。
独りが寂しいから。
「今日、母とご飯を食べられる予定だったんだ。けど、さっきの電話で……」
急な仕事が入って、帰れそうにないと連絡がきたのだった。
愛娘との食事を邪魔されて、怒っている母の声を聞いて安心したけれど。でも、やっぱり悲しいし、寂しい。
この感情に慣れることなんて、不可能なのである。
怜さんの話がひと段落したところで運ばれてきた、お待ちかねのデザート。
怜さんが頼んだのは、イチゴのショートケーキだった。
「美味しい」
と、とても嬉しそうに呟く怜さん。
いつもはキリッとしている大人びた瞳は少し潤んでいるが、今まで溜まっていたものをすべて吐き出したような、とてもスッキリとした顔をしていた。