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第1話~いつもの部活動~

 ナビちゃんと会ったことによって、もう放課後開始から30分が経過していた。

 そのため、早歩きで部室棟の階段を一気に4階まで登り、左に曲がってまっすぐ直進。部室棟の端の端にある我らが部室へと急いだ。

 目印は、ドアにかかる〈怜の部屋〉と書かれた板。

 ここの学園長であり世の中のトップ企業、朝親グループの社長である父と、その傘下の朝親学園付属病院を経営する医者の母をもつお金持ちのお嬢様。それが部長の朝親怜である。(ちなみにこの部室棟の耐震工事をしたのも朝親グループの建設会社らしい)

 お嬢様といっても、性格はお淑やかや優雅といった言葉からほど遠い。

 端的に怜さんの性格を表すとしたら、まさしく〈猪突猛進〉。

 面白い人や物が好きで、この部活も怜さんに「面白い」と思われた人が集められた。しかし、今はただの仲良しグループの集まりといったようなものになっており、部室に集まってもみんなで駄弁るだけなので、部活動とは言えないと思うが。



 そんな怜さんに、僕が選ばれた理由はとても単純。

 僕が2年生の春という中途半端な時期に転入してきたからだ。

 転入初日の放課後。まだ新しい友人もできず、優衣と一緒に帰ろうとしていたところを怜さんに見つかった。

 そして「なんでこんな中途半端な時期に転入してきたの?」的な質問をされた。

 学年ごとに違うリボンの色を見ながら、変な先輩だな、と思いながら聞き流していたら、いつの間にか、新しく怜さんが作る部活の部員第1号にされていたのだ。

 隣にいた優衣も巻き込まれ、転入早々、僕たち兄妹は変な先輩に変な部活に入らされる、という経験をしたのだった。

 次の日に学校に登校すると、その時は怜さんファンクラブの会員だった上地に、今日のように鼻息荒く問い詰められたっけ。

 そこから友人の輪が広がったので、ある意味僕にこんなに早く多くの友人ができたのは、怜さんのおかげと言えるのかもしれない。

 絶対に調子に乗るから、怜さんには言わないけれど。



 ノックの後、部室のドアを開けると目に入る美人。

 開けっ放しの窓から吹き込む風が、黒く艶やかな長い髪をなびかせる。1つ学年が違うだけでここまで変わるのかというくらいに大人びている。

 胸も、優衣と比較するのが失礼なくらいに大きい。制服を内っ側からぶち破ってしまうんじゃないか、と妄想してしまうぐらに立派。お腹辺りには、胸による影がくっきりと出来ているほどだ。

 そんな体と同じく、大人な顔立ちで、キリっとした目は、こちらを見てほほ笑んだ。


「やぁ、まろ君」

 少し低いアルトの声で僕の名を呼ぶ。 

 僕の名前を聞いたときから、ずっと怜さんは僕のことを「まろ」と呼ぶ。

 正直、名前とぴったりのマロ眉で幼い頃にからかわれたことがあるから、「まろ」という呼び名は嫌いだった。

 しかし、怜さんのすべてを包み込むような、優しさを纏ったその言い方は、嫌という気持ちにならなかった。

 そして、ナビちゃんに会ったことで少し乱れていた心も、スッと安定していく。

 そういうとき、怜さんはやっぱり大人だなぁ、と実感する。1歳の年の差は、意外と大きい。


「こんにちは、怜さん。他のみんなはまだですか?」

 僕がそう問うと、怜さんは耳を澄ませるようなしぐさをした。


「今、少なくとも1人は来るよ」

 僕も怜さんと同じように耳を澄ませてみた。

 すると聞こえてくるパタパタという走る音。その音はだんだんと部室に近づいてきて、やがて部室の目の前でキュッと音をして止まった。

 そして、バンっという大きな音を出して登場したのは、癖のある栗色の髪をサイドテールで束ねた少女。

 丸っこい顔に、時折覗く八重歯が可愛い口。健康的な足と、しっかりと引き締まりつつも、女性らしさを残した太もも。そのふとももをギュっと締め付けるのは、乱れたスカートから覗く、光沢のある黒いスパッツ。白いふとももと黒いスパッツのコントラストが美しく、幼い少女をフッと、女性にしてしまう。


「ごめんなさいっ! 綾、遅れちゃいましたよね?」

 少し息を切らしつつ、ペコペコと頭を下げる彼女は、瀬川綾。

 走ることが大好きな、いつも走っている元気っ子で、陸上部とこの部を兼部している。

 陸上部では〈期待の星〉と言われ、夏休み前にある大会に、1年生で唯一出場することが許されたらしい。

 そんなすごい彼女だが、一人称が自分の名前だったりと、まだ少し子供っぽいところもある、礼儀正しい僕の可愛い後輩だ。

 そして、優衣のクラスメイトで、優衣の数少ない親友でもある。


「大丈夫だよ。まだ優衣も風香も来てないから」

 安心させるようにほほ笑む怜さんは、やはり猪突猛進するだけの人ではないことが良く分かる。時々暴走しすぎてしまうだけだと。


「そうですか! よかったですっ。……あっ、優衣ちゃんは今日日直なので少し遅れるって言っといてって言われましたっ」

 安心したような顔をした途端にハッとした顔になったりと、行動だけでなく表情も元気な綾ちゃん。見ていてとても楽しい子だ。

 そういえば朝、優衣が部活に遅れる、言っていたような気がする。

 機嫌が悪いのがショックであまり聞いていなかった。そのことを優衣も分かっていたんだろうな。

 もう機嫌は直ったのだろうか。

 兄妹だから別にいいと思うんだけどな。いや、最後の一言がいらなかったのか。毎度のことながら、乙女心は複雑怪奇だな。

 そんな綾ちゃんを見た怜さんは、ニコニコ笑顔で頷いた。コロコロと表情の変わる綾ちゃんは、周りの人を元気にする。

 それにしても、今日の怜さんはいつもよりもニコニコしている気がする。何かいいことでもあったのかな?



 機嫌のいい怜さんといつも通り元気な綾ちゃん、そして僕の3人で駄弁りながら残りの2人を待っていると、怜さんが急に、


「そういえば、今二年生は体育で創作ダンスをやっているんだっけな?」

と言った。

 確かにそうだが……、急にどうしたのだろう。

 そう疑問に思っていると、ニヤリと不気味に笑う怜さん。まずい、この顔をしたときの怜さんは……、


「今、踊ってみてくれよ」

 何か(自分にとって)面白いことを思いついたときなのだから。

 そして、その思いついたことは、実践するのがとても大変、または嫌な事なのだ。

 しかし、逃げることは許されない。まさに猪突猛進、お金持ちのお嬢様、といったところか。

 けれど僕は一応、無理なことはわかっているが、抵抗してみるのだった。


「なんで、僕が急にここで踊らなくちゃいけないんですか!?」

 そう僕が言うと、怜さんはキョトンとした顔で


「なんでって、面白そうだからだが?」

 悪びれず、本当に面白そうに言う怜さん。

 ニッコニッコの笑顔100%だった。

 しかも、今日は思わぬところから、怜さんの加勢が現れた。


「まろ先輩のダンス、見てみたいですっ!」

 目をキラキラと輝かせ、こちらを見つめる綾ちゃん。

 そんな綾ちゃんを見て、ますます勢いづく怜さんは、もう誰にも止められないだろう。

 けれど諦めきれない僕は、この状況を打破するような言い訳を考える。


「いや、でも……。曲ないし、ちゃんと振り付け覚えてないし……」

 目をキョロキョロと泳がせる僕。

 しかし、2対1であるということと、何より綾ちゃんの純粋に楽しみであるような瞳には勝てなかった。


「最初の、ほんの少しだけですよ。ダンスとか苦手で、上手に踊れないんですから、笑わないでくださいね」

 もうどうにでもなれと、半ば自暴自棄的な僕。

 椅子から立ち上がり、ドアに近い、少し広いスペースに行く。

 すると、綾ちゃんは満面の笑みでパチパチと拍手をしてくれた。

 すべての元凶である怜さんを睨み付けるように見ると、心底楽しくて仕方ないという表情だ。悪意などは微塵も感じさせないその表情を見ると、怜さんに振り回されることが楽しい、などと思ってしまう。

 つまり僕は、なんだかんだ文句を言いながら、怜さんに振り回されたことによって始まったこの日常を、心の底から楽しいと、そう思ってしまっているということなのだろう。

 恥ずかしいし、負けた気がするから、絶対に怜さんには言わないが。



 どこから知ったのか、怜さんは自分の携帯から僕のクラスのダンスの曲を流し始めた。

 とりあえず、目の前にいる2人の観客と極力目を合わせないようにしながら、うろ覚えのダンスを踊る。

 何かのアニメの曲らしい、高い女性の声。ノリのいいハイテンポ。

 元の振り付けを少し簡単に変えただけの振りは覚えやすく、どうしても能力に差の出てしまう、クラスメイト全員で踊るダンスにぴったりの曲だ。

 綾ちゃんも手拍子をしながら楽しそうに見てくれており、怜さんは、歌詞を口ずさみながら、満面の笑みを浮かべている。

 初めは最初だけと言っていたが、僕もノッてきてしまい、もう曲は1番のサビの最後のほうだった。

 クルリとターンした僕は、床の板と板の隙間に足を引っかけてしまった。

 そして、バランスを崩した僕は、そのまま前に倒れてしまったのだった。



 ふと鼻をかすめる花の香り。髪には、なんだか甘い吐息がかかる。

 そして、倒れた割には、何か柔らかいものが僕の顔を包んでいた。

 なんだか嫌な感じがして、とりあえず、まずは立ち上がろうとした。

 頬に当たる、柔らかく、しかしそれを包み込むような少し硬い感触。少し体を動かすと、変幻自在にふにゅふにゅと形を変える。

 だんだんと状況がつかめてきた僕は、青ざめ始めた。

 思い切って顔を上げると、間近に見える怜さんの、美しく整った顔。頬は珍しく赤く染まり、驚いたような半開きの口からは、僕が動くたびに甘い吐息が漏れている。

 このまま少しでも近づいたら唇と唇がぶつかりそうな至近距離に、思わず心臓が高鳴り、体が熱くなる。

 と、そんなラノベのお約束のような展開で、またもやお約束のようにやってくる来訪者。

 コンコンとノックの後にドアが開く。


「ごめん、遅れた」

 不愛想な声で謝罪する、ふぅ。そしてツインテールを揺らしながら、少し不機嫌に入ってくる優衣。

 そんな2人が目にしたのは、はたして……。

 怜さんに覆いかぶさり、至近距離で見つめる僕だった。

 過程を見なければ、僕が怜さんを押し倒し、まさに今キスをしようとしているような、そんな状態。

 この時、僕は真面目に人生のエンドロールが流れている気がした。

 最初から最後まで僕のことを見つめていたのは、目を見開いた状態でしりもちをついた綾ちゃんだった。



 赤く染まる、僕の左右の頬。

 右は優衣、左はふぅに叩かれたものだ。朝も叩かれた右頬は、2重に赤くなった。

 案の定、誤解された僕は、妹と幼馴染に強烈なビンタを食らったのだった。まだ耳がキーンとしている。

 ポカーンと見つめていただけだった綾ちゃんは、ようやく金縛りが解けたようだが、次は困惑した顔で、とりあえず安心するためにふぅに抱きついている。抱きつかれているふうは、僕のことを少し睨んでいる……ようにみえる。

 怜さんは、そんな僕の頬を見ながらケラケラと笑っているが、少し頬が赤いため照れ隠しも入っているのだろう。

 そして、その中で最も機嫌が悪いのが優衣だった。朝のことも相まって、もう修復不可能なのではないかと思われる。

 いつもにましての無表情からは、逆に怒りしか読み取れず、目は一切僕と合わせようとしない。僕から離れた位置に椅子を持っていき、机に頬杖を突きながら窓の外を見ていた。

 とりあえず、これでこの部活のメンバーはそろった。

 今年の4月に始まったばかりのこの部活は、いつもこの5人で放課後に集まり、駄弁って、空が赤から紫に変わる頃に帰る、ということを続けている。

 夏休みには、どこかに遊びに行こうとも話している、ただの仲良しグループだ。

 そんな5人の日常が今日は、僕のプライドをかなぐりすてた謝罪と土下座から始まる。



 ようやく誤解も解け、機嫌も(優衣以外は)ある程度回復したころ、ふぅが僕を呼んだ。

 僕の同い年の幼馴染、白波風香。長く重い前髪で左目がまったく見えないことと、口数も少ないことから、表情はおろか、何を考えているかも分かりづらい少女である。

 僕が小学生の時まで住んでいた家(今住んでいる家)の隣に住んでおり、よく僕と優衣、そしてふぅの三人で遊んでいた。

 「ふぅ」とは、幼いころからそう呼んでいたため、今もそのままになっているあだ名だ。

 ふぅはというと、昔から誰に対しても名前のあとに「ちん」を付けるのだ。僕だったら、


「まろちん、見て」

と、こんな感じである。すこし、いやとても恥ずかしいが、しょうがない。意外とふぅは頑固なのだ。

 そんなふぅが僕に見せたのは、1冊の雑誌。その表紙に書かれていたのは


「スイーツ特集!」

 思わず大声をあげてしまう僕に、肩をビクッと揺らして驚く綾ちゃん。だがそのことに構う余裕は、今の僕にはない。


「美味しいスイーツの食べられるレストラン、学校の近くにあるらしい」

 僕もふぅも、甘いものには目がない。

 いつもは無表情のふぅも、頬を少し染めている。

 そんなふぅの近くに、僕もハァハァと鼻息荒く、興奮した様子で素早く近づき、横から雑誌を食い入るように眺めた。


「おにぃ、顔と行動が変態なのに、読んでる雑誌は健全すぎる」


「健全、というか女子?」

という、いまだに不機嫌な優衣と綾ちゃんの会話は聞こえないふりをして。

 そんな僕たちをニコニコと楽しそうに見つめる怜さんは、やはりいつにもまして機嫌がよかった。



 雑誌に書かれた店は、学園の最寄り駅までの通学路に近いところにあるらしかった。ちなみに、部活の僕たちは全員徒歩組だ。

 こんな近くにそんなお店があったなんて、なんたる不覚。

 今すぐにでも行きたいという気持ちを必死に抑える僕。

 今月は金欠なんだ。来月、絶対行くから。と自分に言い聞かせていると、


「今度みんなで、行かない?」

 自分の気持ちを抑えきれなかったふぅがそう言った。

 しかし、少し困った顔の綾ちゃん。


「ごめんなさいっ! 私、甘いものが苦手でして……」

 同様の理由で申し訳なさそうに頭を下げる優衣。

 兄妹でここまで好みがちがうのかと疑問に思うほど、甘いものが大好きな僕とは対照的に、優衣は甘いものを受け付けすらできない。

 いや、甘い食べ物が嫌いというより、甘い匂いが苦手のようだ。嗅ぐだけならまだしも、食べることは無理、らしい。

 僕ほどでないにしても、同じく鼻が利く優衣だからけっこう辛いことだとわかり、とても可愛そうになる。

 それなのに、僕のためによくスイーツが美味しい店に一緒に来てくれる、僕にはやっぱり勿体ないほどのいい妹だ。

 だから、辛い思いをさせないために、あまりスイーツ専門店には行かないようにしている。「大丈夫」と言っても、付いて来てくれるから。

 しかし、諦めないふぅ。というか、聞いてなかったの? とでも言いたそうな目で


「スイーツしか置いてない専門店とかじゃなくて、レストラン。普通に料理も美味しいらしい」

 それなら、綾ちゃんと優衣も大丈夫だ。

 嬉しそうな顔でコクコクと頷く綾ちゃん。

 その反応を見たふぅの行動は早かった。鞄からバッとスケジュール帳を取り出し、みんなの予定を確認していく。


「ふうは、本当に甘いものが好きだな」

 そんな怜さんの言葉に瞬時に頷くふぅ。そんなふぅの反応に、ニコニコと笑う怜さんを見た綾ちゃん。


「怜先輩、今日ご機嫌ですねっ! 何か良いことあったんですか?」

 僕以外のみんなもそう思っていたらしく、優衣が同調するようにこくこくと頷いた。

 やはり、今日の怜さんはいつにもましてご機嫌だ。僕が怜さんと出会って以来1番といっても過言ではないのではないだろうか。


「そうかな? いや、たぶんそうなのだろうな」

 少し首を傾げた後、何かに納得したように肯定する。しかし、その『何か』までは話すつもりはないようだ。


「そうですかっ、よかったですね!」

 綾ちゃんも怜さんの上機嫌が移ったようにニコッと笑い、深く追求することはしなかった。


「美味しいスイーツか……。楽しみだな」

 そう怜さんがニッコリと笑ったとき、突如無機質なベルの音が鳴り響いた。

 音源はニコニコ笑顔の怜さんの鞄から。怜さんは驚いた後にすぐさまスマホを取り出し


「ごめん、少し席を外す」

と急いで部室を出て行った。

 部室に来た頃にはまだ明るかった空はもう赤く染まり、着実に夜の支度を始めていた。


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