第1話~美幼女〈案内役(ナビゲーター)〉との邂逅~
今日最後の授業終わりのチャイムが鳴り、憂鬱な時間から解放された生徒たちの嬉しそうな雰囲気に包まれる放課後の始まり。
僕は、委員長とニヤニヤと笑う上地。そして憎しみと羨望の眼差しで見つめてくる同じクラスの〈美少女トップ5〉各々のファンたちに別れを告げ、まだ空が青く明るいなか、部室棟へと足を向けた。
坂に建つこの学園は、校舎がとても入り組んでいる。
地上4階、地下3階建てで昇降口は1階、入り口は正門と裏門の2箇所にある。
正門は地下3階(坂の1番下)にあり、1階へは直通エスカレーターを利用する。
正門には学園専用のバスターミナルがあり、『的場駅』と『赤根駅』からのバス通学の生徒が使用する。
対して裏門は、昇降口から正門と反対側に進み、階段を少し上がったところで、坂の頂上に当たる。
ここは、最寄り駅である上坂駅から15分歩いて通学する生徒が使用する。
つまり、お金持ちの学園っぽいエスカレーターは、バス通学の生徒ぐらいしか使わない。徒歩組は駅から坂の多い道を歩いて来なければならない。
エスカレーターを使って悠々と昇ってくるバス組と、15分歩いて疲れ果てた徒歩組。
その2つの組には確かに溝が生じている……というのは言い過ぎだけど、それでも徒歩組の僕は少し文句を言いたくなるような、大変な徒歩15分なのだ。
そんなことよりも、複雑すぎる構造の校舎。
私立らしいお金持ちっぽさは、実はあまりない。
増設に増設を重ねたような、無理矢理感満載。坂に建っているから仕方ないのかもしれないが……。
意味不明の階数設定。やけに多い渡り廊下。唐突に表れる、1、2段しかない階段。
まあ、国の最大企業である朝親グループの学園といっても、昔は普通の私立高校だったらしいからしょうがないのかな。経営難になった高校を前社長が買い取ったとか……。
ここに来て間もない頃には軽く迷子になった経験数度あるほど複雑で、何度委員長に助けられたことかわからない。
部室棟へは、一度昇降口から中庭に出て、正門とは反対方向の裏門(坂の1番上)に向かう。
学校に必ず生えている桜は、正門にしか生えておらず、裏門のみを使う徒歩組は春になっても学園で桜をることがない。
たまにバス組の頭に乗っている花びらを見る程度かな。
まぁ、そんな悲しい雰囲気の裏門に向かう途中にある少し古いレンガ造りの建物。それが部室棟である。確か、この学園で1番古い建物らしい。もちろん耐震工事はバッチリとされている。
部室棟の年季の入った重い扉を開けた僕は、入ってすぐの生徒会室の前に立つ女生徒を見つけた。
いや、正確には彼女がここの女生徒であるかどうは定かではない。なぜなら、彼女は制服を着ていないからだ。
白いふわふわとしたブラウスに紺のスカート。少し量の多い髪を低い位置で二つに結んでいる。身長は150 cmあるかないかぐらいの低さで、幼い少女だった。
そして、とびっきりの美少女だった。
欠点が見つからない顔の作り。
大きな目、服の上からでもわかる真っ平らな胸(優衣と同じぐらいだろうか)、低い身長。そのすべてが統一感をもって、彼女、いや少女を、完璧に作り上げていた。
失礼を承知でいうなら、少女は〈とびっきりの美少女〉ではなく〈とびっきりの美幼女〉だった。
けれど人は見かけで判断してはいけないと言うし、女性は化けるともいう。制服を着ていないことから、ここのOGということもありえるのだ。
とてつもなく可能性が低いことではあるだろうけど。
むしろ、この学園に在籍する生徒の年の離れた妹、という説明がとてもしっくりくる、完璧な〈美幼女〉であるけれど。
生徒会室を見ていたそんな美幼女がこちらに気づき、僕を見てニコリと笑った。
反射的に僕も会釈をして固まってしまう。
早く部室に行かなければ、怜さんに怒られてしまうかもしれない。そう思いながら、なぜだか少女から目が離せない。
そんな固まった僕に少女はチョコチョコっと近づいてきて、僕の顔を上目遣いでまじまじと見つめてきた(その仕草一つひとつまでも、幼女そのものだ)。
そして何かに納得したようにこくこくと頷き、
「私は〈案内役〉です。お気軽に、ナビちゃんとお呼びください」
と言ったのだった。
「ナビゲーター?」
我ながら間抜けな声でそう聞き返すも、彼女はただ微笑むのみで説明する気はないようだ。
やはり、見た目通りの年なのだろうか。アニメに出てくるような〈ナビゲーター〉という言葉に、そう感じざるを得なかった。
今流行りのアニメの真似をしているんだろうと思い、そこは深く追求しないことにした。
そして、少女は今迷子になっているのではないか考えた。
「えっと……。あなたはここの学園の生徒ではない、のかな?」
はっきりと少女の年齢がわからないため聞き方に迷った結果、年上に対する話し方と、幼い子に対する話し方が混ざったような言い方になってしまった。
すると少女は僕の困惑に気づいたのか、少し考えるような素振りをしたあと、
「私に対する接し方は、そうですね……。後輩に対する接し方と同じで構いませんよ。見た目がこんなだから、敬語を使う方も、使われる方も変な感じがしますし」
と、見た目に似合わない大人びた口調で言った。
しかし、声は高めで少し舌っ足らずな話し方のため、頑張って難しい言葉使ってます感が否めない。
「あと、迷子にはなっていませんのでご安心ください。実はこの学園のことはあなたよりも知っている自信があるんですよ?」
ここで少しエッヘンとぺったん胸を張ってから、話を続けた。
「信じるかどうかはあなた次第ですけれど、私は〈案内役〉なのです。そして私はあなたのことをよく、知っています」
「あなたのことだけでなく、あなたのお仲間さんたちのことも、もちろん知っています」
「〈表〉も〈裏〉も……、隠している〈秘密〉も」
「すべて、知っています」
「けれど私がするのはあくまで〈案内(ナビゲーション〉だけ。あなた方に私が提示できるものはヒントのみ。最終的な判断、結末はご自身でお決めください」
「本日はそれだけです。今日は顔合わせのみ、という〈規定〉なので」
「最後に一言」
「重い想いは降り積もり続けています。選択肢は常にあなたに。分岐点は無数。エンドも無数。どうか、あなたにとってのハッピーエンドを……」
そう言い終わった少女〈自称ナビちゃん〉は、スカートの裾をつかんで優雅に一礼したあと、僕の横を通って部室棟を出て行った。
僕は、しばらくあの少女の奇妙な雰囲気に飲まれていた。
10分か、はたまた1分だったのか。時間の感覚がなく、宙に浮いた状態でしばらくその場で突っ立っていたけれど、ようやく現実に帰ってきた。
完璧で完全な美幼女、ナビちゃん。
なぜだかよくわからないけれど、あの子の言葉には妙な説得力があった。だからといって、今の話を全て信じるわけではないけれど、今はとりあえず保留にしておこう。
また、近いうちに会えそうな予感がするから。
まぁ、1つ決定事項として。
面白いもの好きな怜さんには、絶対に話さないでおこう。そう決意したのだった。