第1話~学園の〈美少女トップ5〉~
トーストとベーコンの香ばしい匂いで目覚めるいつもの朝。
僕、須藤真呂太は横たわっていたぬくぬくベッドから出ると、窓を開いて外の空気を吸う。
都心からは少し離れた星花市にある僕、須藤真呂太の家、その自室で目覚める。
名前にぴったりのマロ眉が、嫌なトレードマークの高校2年生。
4月の頭にここに引っ越してきたばかりの、学園では転学生という立場の僕だが、小学生まではこの家に住んでいた。
そのあと別の場所に引っ越したが、またここに戻ってきた、という、少しだけややこしい状況。
一度住んでいた場所といえど小学生の頃のこと。感覚的には新居であるこの家に慣れるまで少し時間はかかったが、今日は桜ももうとっくに散ってしまったゴールデンウィーク明け。
さすがにもう見慣れた天井を、寝起き眼でぼんやりと眺める。
連休で朝日を久しく浴びていなかった体は、まだ少し寒い風に吹かれ、後ろのぬくぬく天国に舞い戻りそうになる。
甘美な誘惑を断ち切るようにドアを開く。
微かだった朝食の美味しそうな匂いがより確かに感じられ、お腹が早くくれとせがむ音を出す。
慌てずに急な階段を下り、リビングのある1階へ。
しかし、美味しそうな匂いの源であるリビングがある右へは曲がらずに、風呂場のある左に曲がる。
洗面所から香る爽やかな匂いに疑問を覚えながら、スライド式のドアを開くと、妹がそこにはいた。
いつもはツインテールに束ねた長い髪を、今はおろしている。
ほんのり濡れた髪が白く華奢な肩や腰にまとわりつき、なんとも扇情的である。
大きく丸い瞳ともっちりとした頬。そしてふっくらとした唇をつけた、幼くも美しい顔は僕を見つめてポカーンといった表情だった。
さらにその下。
首から鎖骨へと降りてきて、2つの果実へと辿りつくはずだった僕の目線は、しかし気づくと小さくくぼんだへそまで来ていた。
もう一度視線を上に上げてみると、ささやかすぎる丘を発見した。果実ではなく、丘。
いや、これでは身内のひいき目が入っているだろう。
果実でも丘でもなく、〈板〉である。
かろうじて体全体のバランスと真ん中にチョコンと二つ付いているもの、そして目の前にいる子が僕の妹、つまり女性であることから、それはふっくらと膨らむはずの女性の象徴〈おっぱい〉であるのだろう。
しかし僕は今「実は妹じゃなくて、弟でした!」と言われても、冷静に受け入れられる自信があった。
確かに、服の上からでもそこまで大きいとは思ってはいなかった。しかし〈ここまで〉とは……。
妹といえど、さすがに女性らしさ、男性らしさが出てくる年齢からはお風呂はもちろん、目の前で着替えることもなくなっていたから今まで気が付かなかった。
まさか妹が、学園でも〈美少女トップ5〉に入るほどの可憐な少女の胸が、貧しいでは言葉が足りないほどだったとは。
〈貧乳〉ならぬ〈胸板〉だった。〈ちっばい〉とからかうことすら憚られる。
これだったら〈男の娘〉と変わらない。
まぁ、僕の可愛い妹に勝てる者などいないだろうから(ましてや男にいるはずもないだろう)から、やっぱり胸がなくても妹は世界1なのだが。
そう僕が結論を導きだすのにかかった時間はわずか1秒。
決して、妹を長い時間、上から下まで舐めまわすように観てはいない。そこのところは誤解しないでほしい。
ちなみに下には、水色に大きめの白い水玉模様の下着をはいていた。
妹のふにふにとした小さな手には、それとお揃いとみられる上を持っていたから、風呂上りの着替え中だったのだろう。
いつもはもっと早い時間に入っているはずだが……。寝坊でもしたのだろうか。
そこまで僕が考えたところで、ようやく妹の思考停止が解除された。
ポカーンと可愛らしく開けられた口はわなわなと震えだし、大きな目はさらに見開かれる。そして風呂上りで赤い頬はさらに赤く染まった。
「いつまで見てるの」
そう呟くように言った妹に、僕は安心させるための笑顔をでこう言った。
「大丈夫。まだ発達途中だから」
次の瞬間、僕の右頬は妹の頬よりも赤く腫れ、洗面所に1歩も足を踏み入れることのなく、開けられたドアはゴロゴロピシャンという大きな音を立てて閉まったのだった。
その後、すっかり冷めてしまった朝食を食べているときも、毎朝飲んでいる牛乳が、優衣のコーヒーに注いだら無くなってしまって「帰りに買わなくちゃ」と僕が思っているときも、いつもの通り一緒に、電車に乗って隣の富士野市にある僕たちが通う、私立朝親学園に登校している間も、ずっと妹は口をきいてくれなかった。学校に着いたときに一言、
「今日の部活、遅れる」
と言ったけれど。
確かに、僕より1つ年下の妹、須藤優衣は常に無口で無表情。
僕やごく一部の信頼している人の前でも、めったに表情を崩さないけれど (今日の朝ほどの表情変化は本当に珍しい)、それはいつもよりも冷たい顔と言葉だった。
ツインテールのツンツン〈美少女〉。
たまにはデレてくれないと、おにぃ泣いちゃうよ。
そんなことがあり、テンションダダ下がりで自分の教室、2年1組に入る。
まず最初に僕に挨拶してくれたのは、このクラスの委員長。
長くきれいな髪を三つ編みにし、メガネをかけている。スカート丈は規定通りの膝より少し上。見た目もきっちりとした性格も、まさに〈委員長〉だ。
しかし、普通委員長というと堅物で融通が利かず、あまり好かれるタイプではないかもしれないが、彼女は違う。
色白で整った顔と、冗談も通じる面白味もある性格で、このクラスだけではなく学園中で人気者だ。
生徒会で書記としても働いている傍ら、生徒会お悩み相談室という、生徒の様々な悩みを生徒会が聞く週1回の活動では、予約が殺到するほどだそうだ。
ちなみに、学園の〈美少女トップ10〉の1人らしい。
僕はあまりこういうことに興味がないのだが、僕の悪友がそう興奮気味に言っていた。
まぁ、委員長と彼は幼稚園の頃からの幼馴染で、恋愛感情の欠片も存在しないような間柄だから、その『興奮』も、別の女の子に対してだったけれど……。
委員長は、僕に挨拶したあと、何かを思い出したように席を立ち、僕に近づいてきた。
「ねぇ、須藤君。さっき……」
何かを言いかけた委員長の声を遮る、乱暴に開けられたドアのガラガラという音。
委員長は少し不機嫌そうな顔で、ドアを開けた男子を見た。
「上地君! 少しは静かに行動できないの!?」
そう委員長が怒るのはいつものこと。
着崩した制服でへらへらと笑いを浮かべて、反省の色も見せない上地。僕の悪友である。
いわゆるイケメンで、女子からの人気が高く、その上チャラい見た目と言動とは対照的に、学年トップ5に入る成績優秀者だ。
そのため、多少の服装の乱れも教師に容認されている。が、それが許せない委員長に毎度怒られている。
ちなみにチャラいのは見た目だけで、中身は自分で認めるほどの純情なヘタレ。「好きな子に告白できねー!」とこの間叫ばれた。
委員長とは幼稚園児の頃から変わらない「今のような関係」だそうだ。
委員長は美少女で上地も美男子だから、羨ましさや妬ましさのこもった目で見られることもあるようだけど、そんなことはぜんぜん気にしない2人。
「おっ、なに。いいんちょは真呂太とのお話しを邪魔されてご機嫌斜め? おい、真呂太ぁ、放課後だけじゃ飽き足らず、朝も女の子とラブラブかぁ?」
そうニヤニヤ顔で言う上地に、僕はあきれた顔を浮かべた。
「いや、委員長とラブラブなんかしてないって。ただ委員長は僕に何か用事があっただけだから。そんなこと言ったら、委員長がかわいそうだろ」
委員長はさっき言った通り、美人で人気者だ。僕なんかとそういうことを言われたら迷惑だろう。
そうすると、上地は少し委員長を見たあと、
「えっと……、とりあえずごめん」
と、委員長に謝った。謝られた委員長は心なしか落ち込んでいる?
「えっと……。さっき言ってた『放課後だけじゃ飽き足らず』ってどういう意味?」
僕がそう聞くと、なぜか委員長と一緒に落ち込んでいた上地がバッと僕のほうを見た。
「なっ、おまえ……。放課後、この学園の『美少女トップ5』に入る4人とイチャイチャしてるだろ!」
と、半ば切れ気味で答えられた。
そして、顔を少し赤く、鼻息はハアハアと荒く、興奮気味で僕に近づいてきた。
「ここの学園長の娘で、少し男っぽい言動・行動が凛々しくかっこいいと、男子だけではなく女子からの人気も高い、朝親怜」
「そして、ぱっつんツインテールという可愛らしすぎる萌え要素をもちながら、無口で不愛想。しかし、時々見せる笑顔がまさに天使な、須藤優衣。真呂太の妹ちゃんだな」
「無口で不愛想という点では妹ちゃんと同じだが、長く重い前髪で左目が見えない、ミステリアスさに惹かれる男子が急増中で、理系の成績は常にトップの、白波風香」
「横に結んだ髪が走るたびにピョコピョコと揺れる元気っ子、陸上部期待の星、瀬川綾」
「そんな四人と同じ部活で、人気のない部室棟の端で放課後、ハーレム三昧なくせに! 羨ましいな、ちくしょお!」
最後に僕を指さしてそう締めくくった上地。
いつの間にか、周りには〈美少女トップ5〉の各々のファンクラブ会員(意外と女子も多い。特に朝親怜には)が集まっており、まるでお国の大統領が演説をし終わったあとかのような拍手と賞賛の声に包まれていた。
ちなみに、上地は一通り全員のファンクラブに所属したが、何の気持ちの変化か、今はどこにも所属していない。
僕はそんなみんなの盛り上がりに若干引きつつも、上地の言葉に疑問を抱いていた。
別に、ハーレムとかそんな甘いものじゃないと思うんだけどな。
適格に表現するとしたら、妻や娘しかいない女所帯家族のお父さん的な肩身の狭さだよ、実際。
ところで、学園の〈美少女トップ5〉のあと1人は誰なんだろう。優衣と並ぶぐらいだから、よほどの美人だと思うけど……。
もう、そういうのを聞ける雰囲気ではないな。諦めよう。