第1話~怜さん後日談~
ナビちゃんとの苦痛の会話が終わり、部室へと急ぐ僕。
早く、怜さんの大人な包容力に包まれたい。綾ちゃんの元気を分けてもらいたい。ふうとの、何気ない会話を楽しみたい。優衣のいつも通りの可愛さに癒されたい。
綾ちゃんのように走って部室へと到着して、勢いよくと扉を開けると、怜さんが少し驚いた顔で僕を見つめていた。
「綾ちゃんかと思ったよ。どうしたんだい、まろ君」
そう言いながら、僕に柔らかく包み込むように微笑む怜さん。
「怜さんは、やっぱり大人の女性ですね」
心の中で思ったことをそのまま口に出してしまった。恥ずかしいセリフを吐いてしまって、とっさに目を逸らす。
ナビちゃんとの対話は、僕が思っている以上に精神が疲れていたようだ。
「大人の女性か」
照れる僕を珍しくからかう様子はなく、そう呟く怜さん。その声色は、少しだけ昨日の落ち込んだ声に似ていた。
僕は、なぜだかわからないけれど失言をしてしまったらしい。大慌てで、理由を考えて出た答え。
「あっ、別に怜さんが老けているとか、そんな意味ではなくて……」
「老けている、ね」
「ああ、違うんです! 別におばさんだと思っているわけじゃなくて……。ごめんなさい、黙ります」
自分で墓穴を掘りまくってしまった。女性に失礼すぎることを言ってしまい、本気で謝り、黙る。
そんな僕を見ていた怜さんは、肩をふるふると振るわせて、下を向いている。
まさか、泣いているのか?!
あの怜さんに限ってそんなことはないと思うが、確かに女性があんなことを言われたら、泣くほどショックを受けてもおかしくない……のだろうか。僕は男だから、よくわからないが。
僕が、どうしようかとオロオロ悩んでいると聞こえてくるすすり泣き。
「くくっ……くぅー。ぷっ」
いや、これは、
「何笑ってるんですか、怜さん!」
僕がそう声を荒げると、怜さんは溜まっていた笑いを爆発させた。
僕が真剣に申し訳ないな、と思っていたのにこの人は……。
「いやだって、ねぇ? なんか恥ずかしいセリフを急に言ったと思ったら、急に自滅しだして」
さっきの『恥ずかしいセリフ』を思い出して、気まずそうに目を逸らしつつ抗議を続ける。
「いや、でもけっこう本気で反省してたんですよ! それなのに笑うって……」
「いや、うん。ごめんね。私が変な声のトーンで返してしまったからだろう?」
ひとしきり笑ったあと謝る怜さんだが、その顔からはまだ笑顔が消えていない。
けれど、だったらあの声のトーンの低さは何だったのだろうか。
「急にまろ君に恥ずかしいこと言われて、私もちょっと恥ずかしかったんだよ。だから少し反応に困ってね」
怜さんの答えに納得すると、今度は自分の言動が恥ずかしくてたまらなくなる。真っ赤な顔で怜さんから必死に視線を逸らす。
「まろ君」
「なんですか怜さん。しばらく話しかけないでほしいんですが……」
怜さんの呼びかけに、冷たく答える。しかたないんだ、恥ずかしすぎてまともに怜さんの顔が見られない。
「なにがあったのかはわからないけど……、いつものまろ君に戻ってくれてよかったよ」
そんな僕に、優しい声でそう呟く怜さんを反射的に見る僕。
怜さんの顔も僕と同じくらい赤く染まっている。けれど、恥ずかしさよりも、その顔はとても優しさが強く、僕はもう一度さっきの言葉を繰り返していた。
「怜さんは、やっぱり大人の女性ですね」
「懲りないなぁ、まろ君。顔が真っ赤だよ」
「怜さんこそ」
2人とも、顔を真っ赤に染めながら笑い出した。
大人な女性の包容力で、僕を優しく包み込み、笑顔にしてくれる怜さん。
昨日は僕に「ありがとう」と言ってくれたけど、いつも助けられているのは僕だ。
ナビちゃんとの会話で疲れた心を見抜き、何も言わずに癒して、笑わせてくれた怜さんは、やっぱり大人の女性である。