第1話~人間じゃない~
そして放課後。
教室をいつも通り出て、1階の昇降口へ行くけれど、今日は中庭方面には行かずに渡り廊下を渡って事務室の向かい側。
扉に書かれた〈学園長室〉の文字。
深呼吸をしてから3回ノック。
そして聞こえてきた高く舌っ足らずな声。
覚悟を決めて扉を開くと、果たしてナビちゃんがいた。
「ようこそ、ナビの部屋へ。どうぞ、座ってください」
高級そうで大きな椅子に包まれるように座った少女は、不敵に笑って僕を歓迎した。
促されるまま、客人用の長椅子に座る。なんとなく、そんな予感はしていたけど本当に彼女がここにいるとは。
「私は学長と知り合いなんですよ。それでここの部屋を使わせてもらっているんです。ちなみに、このことを知っているのは副学長と須藤真呂太くんだけです」
と言ってニッコリと笑う。
「あの人は忙しいですから、ぜんぜんこの部屋を使わないんですよ。そんなに忙しいのなら学園長なんて役職、誰かにあげちゃえばいいのに。親バカ親バカ」
「しょうがないから、学園長の仕事はほとんど私が行っています。まぁ、紙にハンコを押すだけですけど。ゴースト学園長ですね」
呆れたような表情で、国内トップの大企業の社長を馬鹿にしている。かと思ったら、見た目相当の悪戯っ子のような笑顔でコロコロと笑った。
いったい彼女は何歳なのだろう。年齢不詳すぎる。
「前置きと冗談はここまでにして」
いったいどこまでが冗談なのか、考えても答えが出そうにないので諦めるしかなさそうだ。
ナビちゃんと話していると、考えることを諦める機会が多くて嫌だな。
そんなことを考えていると、ナビちゃんの顔が真剣な目つきに変わり、空気までも重くなった。
「昨日の話の続きといきましょうか。今回も、時間はあまりありませんが」
そうだ、時間はない。今は放課後だ。一刻も早く部室に行きたい。こんな正体不明の少女との会話を、早く終わらせたい。
「そんなに嫌わないでください。私は事実を言っただけですし、あれはヒントだったんですよ? 始まってしまって、逃れることなどできないのだから。〈ゲーム〉を楽しみましょう?」
やはり、彼女は不気味だ。恐ろしい。人間ではない。
ただただ楽しそうに、〈人生〉をゲームと同じだと考えている。
僕の〈過去〉を〈ゲームのイベント〉として数えている。
1度寝て、リセットされた頭を使って考え出した結論はそうだった。だから、昨日よりも彼女のことが恐ろしい。
人外の正体不明の生物と会話しているようで、〈過去〉のことについて触れられるのと同じくらいに不快だ。
そんな僕の心を見透かしつつも、彼女は微笑む。心底楽しそうな笑顔。けれど、それは怜さんの笑顔とは全く違う。
彼女の眼は、下位の存在を見る眼だ。
「うんうん。昨日より考えが深まっているようで、とても嬉しいです」
ニコニコと満面の、不快な笑みを浮かべて話を続ける。
「このあと、須藤真呂太くんは部室へ行き、昨日の〈朝親怜ルート〉の後日談を観るでしょう」
「そしてそのあとは、おそらく〈瀬川綾ルート〉」
「個人的には、須藤真呂太くんにはすべてのルートをノーマルエンドでクリアして私に観せてほしいですね。そうすると、昨日あまりお勧めできない、と言った〈友情エンド〉にいってしまいますけれどね」
「〈ギャルゲー〉のようなもの、という認識は正しいですよ。ハッピーエンドはヒロインと結ばれることです。4人の〈攻略対象〉の中で、須藤真呂太くんはどの子に〈好きという感情〉を抱くのか。とても楽しみです」
ナビちゃんの話を最後まで聞いてから、僕は疑問に思ったことが1つあった。
「あぁ、確かにルートは全部で5つですよ。〈須藤真呂太ルート〉も存在します」
心を読むナビちゃん。
「そのルートでのハッピーエンドも、似たようなものです。自分を好きになるルート」
その説明に納得すると同時に、自分のルートでハッピーエンドになることは絶対にないと確信した。
「本当に須藤真呂太くんは、自分が嫌いですねぇ。ま、いいですけれど」
つまらなそうな顔でそう呟いて、会話は終了した。
一刻も早くここから出たい僕は、すぐさま席を立ち扉のほうへと歩いていく。
扉を開けて部屋を出る。扉が閉まる直前、
「君の考えは正しいよ。私は人間じゃ、ない」
「D@’3,<J\QHY>」
最後の二言に戦慄する。
『人間じゃない』。そしてそれを裏付ける、発音することも出来ない意味不明な言語。
やっぱり、優衣を連れてこないでよかったと、心の底から思った。あんな生物に優衣を会わせたくない。
そこまで考えて気が付く。両手のこぶしを、爪が食い込み跡になるほど、強く握りしめていたことに。手のひらはじんわりと汗ばみ、僕はとても緊張していたことを実感した。
もう会いたくないと思いながら、そんなことはあり得ないとげんなりする。
頭を左右に振って思考停止、転換。部室へと足を動かし始めた。