5.サニーが歌える世界になるまで
いつだってゲームという物はプレイヤーに困難を要求する。
byバレット
FSSにログインすると、拠点は静寂に包まれていた。
ゲーム内時間でおおよそ一年が経った。と言ってもゲーム内の時間はリアルの時間より早く、おおよそ一週間で一年が経過する。
寝室で目を覚ますと、サニーが目を開けたまま眠っていた。
正確には目に光は無く、虚脱状態というのがピタリと当てはまる。
「サニー?」
グルーパーは声をかけてサニーの頭を撫でる。
「……サニー?」
返事は無かった。それどころか何も反応が返ってこない。
彼女の口元に耳を当て、呼吸を確認し、同時に手首を握り心音を探る。幸い呼吸と脈はあった。
グルーパーの心臓は今にも張り裂けそうだった。どうしようもない焦りと不安が心臓を逆撫でし冷や汗が吹き出していた。
「おい、サニー! どうしたんだ!」
声を荒げてサニーの名前を呼ぶが、返事は無かった。
「なぁ、おい……おい!」
「グルーパー! サニーについて話がある付いてこい!」
モラセスが寝室のドアから顔を出しグルーパーを呼んだ。
食堂に集まるとグルーパーは席に着いた。
「どういうことだ……よ」
七人の眼前に現れるクエスト画面。それを承諾するかどうかの選択を迫られていた。
「……最高難易度レベル10のクエスト」
無機質なガイド音声が、クエストの目的、そしてクリア条件を説明している。
「すまない、何があったのか説明してくれない?」
グルーパーは状況が読めず、周囲に情報を要求した。
そして寝室で見つけたサニーの状態を問いただす為に――
「あれは――」
ヴォトカが現場の状況を説明した。
サニーの体が光ると同時に七つのアイテムが四方八方に飛んでいき、サニーは何も感じなくなった。視覚、味覚、聴覚、触覚、嗅覚、記憶、心の七つが無くなった。
アイテムを全て集めることで、このクエストは達成される。
「このクエストを達成すればあの子は元に戻るのか?」
「ゲームシステム的なものあるし、まず間違いないだろうな」
メロカルは頷く。
「んで、どうしてこのクエストの難易度が最大なんですかね?」
「道中くそキツいとか?」
「わからん、言うてアイテム集めるだけやろ?」
「情報がなさ過ぎるな、ちょっと仕入れきますね」
「お世話はコボルトに説明しているのでとりあえず生きていけるでしょう」
「ちょちょちょ、このクエストやるって事でいいのか?」
グルーパーは慌てて六人に問い直す。
「当たり前だ!」
一斉に口を揃えて言う。
グルーパーは静かに口角を上げる。
「やりましょうか」
全員がクエストを承諾すると、別なウィンドウが立ち上がる。
『クエストが受理されました。それは皆様のご武運をお祈りします』
無機質な音声ガイドがそう言うと、ウィンドウを閉じた。
「まずは情報だな」
バレットはそう言うと、席を立った。
「……俺は薬の調製してくる。バディを出すから工房に来るときは注意してくれ」
モラセスはそう言うと工房から出る。
「あ、俺も今回バレットに付いていくわ」
メロカルが思い出したかのようにバレットを追いかけていった。
「僕はテイム中のエネミーの様子を見て来ます」
ヴォトカが気怠そうに立ち上がり外に出る。
「自分は薪割りやってます」
ハードロックもそそくさと出て行く。
「レストア終わったからあとで工房にくるといい」
「流石シガレット」
シガレットはサムズアップして静かに食堂を後にした。
「……はぁ」
グルーパーは静かに席を立つと、食堂の裏手にある農場エリアに向う。
農場はグルーパーの庭と言っても良く、何本も木を倒し、土壌を変えて何とかここ白い森に野菜畑を作ることが出来た。まだ一年目であるため、今後も土壌改良が必要だが、今は七人と子供一人、テイムされたエネミーが食っていけるだけの作物がある。
その農場の端に一本の木があった。樹齢十年程度にも見えるが、まだ芽を出してから一年しか経っていない。
グルーパーは木の下に座り、幹にもたれかかる。
「はぁ、これから忙しくなるな」
「どうしたの?」
木の中から優しそうな目に、おっとりとした表情の若い女性が現れる。緑色の美しい髪をグルーパーは何度でも新鮮な気持ちで美しいと思えた。
「珍しい風が吹くもんだ。珍しいね、君が返事をするなんて」
「別にそういうわけじゃないわ、辛気くさそうにしているから」
「心配してくれるのかい?」
「そうよ、悪い?」
「いや、嬉しいよ」
グルーパーは静かに笑う。
「最近はすっかりあのエルフの娘にご執心だったもんね」
「何度も訪ねたはずだけど」
「その時もエルフと一緒だったじゃない」
「嫉妬かい?」
「まさか、私はあなたとしか会話できないの」
この女性は、グルーパーのバディである。このゲームでも非常に珍しい樹木型のバディである。
樹木という性質上、共に行動できないため冒険を楽しむこのゲームでは足枷でしかない。彼女もそれを重々承知しており、グルーパーにさえ引け目を感じている。
「なぜなら樹木だから」
「そうよ」
「そんなこと言いなさるな、水蜜さん、みんなで話をしようじゃないか」
水蜜、グルーパーが彼女に付けた名前である。本来の種族はドリアードと呼ばれる種族の精霊である。
「お断り!」
「無理はさせない」
「どのみち、私は木から離れられないのよ」
樹木の呪いと言うべきだろうか、生まれながらにしてそういう運命に彼女は苛まれていた。
なぜ七人が森で暮らし都会に移り住まないのか、それの一つとしてこの水蜜のことがある。
彼女の本体は女性姿の方であるが、樹木からあまりに離れすぎると樹木の方が枯れてしまう。そうすると彼女は栄養が摂取できず、耐えがたい飢餓と激痛に襲われる。そして次の種が育つまでの間それは続く。そこまでして水蜜を移動させたいかと会議をした結果、ここに拠点を作ることで全員が合意した。
「そうだな……」
「ごめん……なさい」
「謝ることじゃない、それにもう少しで実るんだろ?」
「……」
水蜜は移動こそできないが、その種子を他の場所に植えることでその場所を起点に行動が可能になる。
わかりやすく言えば、女性姿は情報で、樹木は無線機と例えるとわかりやすい。樹木が増えれば増えるほど彼女の行動範囲は広くなる。
ただし樹木という仕様上、どうしても実るまでに時間を要してしまう。
「じゃあ、それまで待つ、幸い時間は充分ある」
水蜜は静かに木の枝へと体を動かす。空中をふわふわと移動する様は精霊の名に恥じない。
「これ、食べ頃」
そう言いながら葉の陰に隠した果実を枝から千切りグルーパーに放り投げた。
「……初物だ」
「私の初めてをあげるわ」
「その言い方はおやめ下さいまし」
果実は桃であった、芳醇な甘い香り、触り心地の良い皮に赤みがかった色合いが食欲をそそる。
大きく口を開き、桃を一口かじる。
「ああ、これ」
グルーパーは咀嚼しながら言う。
「どうなのよ」
「美味しいな」
「当たり前じゃない」
「みんなの分はあるかい?」
「明後日には実っているわ」
そう言うと樹木が隠していた果実を解き放つ。枝が曲がるほど豊かに実った果実は、桃特有の芳醇で甘美な香り周囲に漂わせた。
「これだけあればみんなに分けられるね」
「この実は私の能力が付与された特別な果実、食べるならあなたが食べなさい」
その言葉と同時に、グルーパーの生命力ステータスが上昇した。
「え……まじかよ」
水蜜はにっこりと笑う。
バディスキル『黎明の果実』、使用者のHPを回復させ、グルーパーが使用した時のみ追加で体力ステータスが上昇する。
初めて得たバディの能力はグルーパーの想像を絶するものだった。
「どう? 私のスキルは」
「君となら、この高難易度クエストもクリアできるさ」
グルーパーは強い笑みを見せた。
それはサニーを救う決意でもあった。
最高難易度レベル10のクエスト『サニーが歌える世界になるまで』
そのスタートラインに男たちは、土を付けた。
次回より『腐敗した国』編スタートです。