1.彼らの日常
リコイルの衝撃を肘を曲げて吸収する癖がある。どちらかというとリボルバー向きだ。
by シガレット
乾いた銃声が響き渡る。
シリンダーの回転音と共に弾丸発射される。そんな男を横目に倒したエネミーの解体作業をグルーパーは行っていた。
今回のエネミーは危険度の低い、野生にいる豚のエネミーである。何故か凶暴化してプレイヤーに襲ってくるが、ゲームだからという理由で疑問を片付ける。
「お、この個体、脂が乗っていて美味そうだな」
「流石、職業スカベンジャーなだけあって解体から袋詰めまで慣れてるな」
シガレットはレストアしたリボルバー拳銃を確かめながら煙草の煙を味わっていた。
黒いマントの下は弾丸を装着されたベルトが二本腰に巻かれており、そこから弾薬を取り出してリロードしている。
「プレイヤースキルもあるがな」
「ほんと、リアル何でもチャレンジするよな」
「そんな褒めなくてもいいんだぜ?」
「うるせえ、リアルでコオロギ食わせんぞ」
「結構美味いよな」
「あのさぁ……ほんと、お前さぁ……」
シガレットはため息と共に煙を吐き出す。
「よし、解体終わり」
グルーパーは上々な取れ高にほくほくした表情をしていた。
「今日は豚鍋か?」
「悪くないな、と言っても先に燻製だな」
「そういや、ウイスキーの樽でひとつダメになったのがあったな。使うか?」
「シガレット、最高じゃねえか」
「出来たら晩酌だな」
「ゲームとは言えこれは贅沢だな」
自分たちで作ったウイスキーに自分たちで獲った獲物を料理する。現実では行えないというか半分犯罪であるため絶対に出来ないことである。
「日本じゃ酒の自家醸造は違法だからな」
「そのためのゲームさ」
「それもそうだな」
肉と毛皮を詰めたバックパックを背負うと二人は拠点に戻ることにした。
「しかし、豚肉ならベーコン……塩漬けにしないと……ああでも塩切らしてるんだよな……どうしたもんか」
「ラードのなかに保存するってのは?」
「コンフィか、いいアイデアだ」
「だろ?」
シガレットとグルーパーは獲物の調理方法を考えながら帰路を歩く。ゲーム開始当初は森を数百メートル歩くだけで迷子になったが、今では庭である。
「あ、ちょっとだけ贅沢するか、串焼きにでもするか」
「決りだな」
「オーケー、シガレットかまどに火を入れてくれ」
拠点は大きく分けて三つの建物からなる。いずれの家も土と石、木を組み合わせた建物で如何にもファンタジーらしい光景となっている。それぞれ工房、居住スペース、倉庫の三つに分けられており、工房は魔法、工作に関わる作業場所、居住スペースは二階建てで上は寝室、下には食堂となっている。また居住スペースの裏手には風呂場がある。
グルーパーはキッチンに赴き、バッグから毛皮に包んである肉を取り出すとぶつ切りにして金串に刺し始める。その間にシガレットはかまどに火を入れて準備をする。
串をかまどにセットすると、シガレットは透明な瓶の中にある茶色い液体をショットグラス二つに注ぐ。それは紛う事なきウイスキーである。
「駆けつけ一杯ってところか」
グルーパーは燻製のような香りと穀物の甘い香りを堪能するとシガレットのグラスにカツンと当てて一気にグラスの中身を空っぽにする。
喉を焼くようなアルコールの刺激と芳醇なウイスキーの香りが鼻を通り抜け悦楽の二文字を与えてくれた。
「カーッ! これだ!」
程なくして、良い具合に焦げ目の付いた肉を手に取って、まだジュワジュワと音を立てているところに歯を立てる。無理矢理肉を引きちぎり、奥歯で噛みしめるとワイルドな肉のうまみが舌に広がる。そして追い打ち掛けるように脂の甘みが口の中の細胞を狂喜乱舞させた。そのほとぼりが冷めぬうちに二杯目のウイスキーを煽る。この往復が泥酔への近道だ。
「くっっっっっっそ美味い」
シガレットが「だろ?」と言いながら、静かにグラスを少し持ち上げる。
「さて酔っ払う前に……コンフィ作るか」
「俺は煙吸ってくる」
シガレットはそう言うと、居住スペースを後にした。
エネミーを倒し、肉を取り、保存食を作り、毛皮などは物々交換に使う。そうやってなんとか食いつないでいるのがグルーパーたちのFSSプレイスタイルである。
コンフィ作りに専念していると、居住スペースからごそごそと物音が響き始める。
「お疲れ」
「お、バレット、早かったな」
「想像以上早く代役来てな、他のメンバーもそろそろ来るってよ」
自分の半身ほどの長さのライフル銃を持った男が寝室から出てくる。迷彩柄のハット帽が特徴的な男が現れる。
「オッケー」
「あと、今日やって欲しいことはあるか?」
「毛皮が獲れたから売っぱらって塩を買ってきてくれないか?」
グルーパーが台所の端に綺麗に畳んで置いてある毛皮を指さす。
「わかった。塩だな」
「頼むわ」
バレットはスリングを通したライフルを袈裟懸けすると毛皮を回収する。その背中を追いかけるように猛禽類をモチーフにしたロボットが後を追う。
「よぉー」
「お疲れ様です」
「お疲れー」
「はぁ、仕事疲れたわ」
「お疲れ様意外と早かったっすね」
続々と仲間たちがログインし始めてくると、グルーパーはにっこりと笑い、いつも通りの一言を口にする。
「全員揃ったところで、今日も一日、楽しみましょうか」