閑話 その日の晩
短編です。
その日の晩、使用人さんの持ってきた肉の入った薄味のスープと硬いパンという、この世界では上等なのかもしれない夜ご飯を食べ終えた私は、部屋にあった筆ペンと羊皮紙をメモ代わりに使って状況を整理していた。
ひとつ、この世界には魔法があって、魔族と対立している。
ひとつ、私たちは記憶のほとんどを失って召喚された。
ひとつ、私たちは戦いに行かなければならないかもしれない。
箇条書きでひとまず分かっていることを書き記していると、コンコン、と背中越しにドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、どなたですかー?」
「レンだよ、入っていい?」
確かにレンの声だと確認できると、「どうぞー」と返事をする。
「お邪魔するね」
「こんな時間に部屋に来るなんて大胆だね〜?どうしたの?」
ドアの開く音が聞こえると、私は椅子を引いて立ち上がる。振り返って茶化すようにレンに声をかけると、レンは深刻そうな表情を浮かべていた。
「……ほんと、どうしたの?」
さすがにそんな気分じゃないだろうな、と申し訳ない気持ちを抱えながら、心配そうにレンに問いかける。
「ねえ、シーナ……シーナは、怖くないの?」
レンは震える声で呟くように言った。
この世界に急に連れてこられて、戦わなきゃいけないなんて言われて、怖くないか、そんなの決まってる。
そんなの、もちろん――
「怖いよ、私も。でも、レンが言ってくれたんだよ。『大丈夫』って。だから大丈夫」
そう言って私が笑うと、レンは困ったような、泣きそうな――たぶん、色んな感情がごちゃ混ぜになった表情で、笑った。
その表情がとても愛おしく感じてしまって、私はレンに抱きついた。
「レンが私についてくれてるみたいに、私もレンについてるから。レンも大丈夫だよ」
レンはそっと私を抱き返して、言った。
「ありがとう、もう大丈夫」
気づくと、レンの声は先程の震えた声ではなくて、落ち着いたいつもの声だった。
「シーナは、僕が守るから」
私にギリギリ聞こえるくらいの小さな声でそう呟くと、レンは身体を離して照れくさそうに笑った。
「それじゃあ、そろそろ部屋に帰るよ。おやすみ、シーナ。また明日ね」
そう言うと、随分と落ち着いた様子で部屋を出ていった。
ドアが完全に閉まったのを見送ると、私はベッドに飛び込んで悶絶した。
顔が真っ赤になっているのが分かるくらい熱い。
ああ、どうか――私の心臓の音が、レンには伝わっていませんように。
ちなみにこの2人は付き合ってません。
シーナはレンのことを異性として意識し始めていますが、レンはどうなのでしょう…。