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最強魔女と狼娘  作者: 双碧
第一章
7/26

宿屋にて

「ありがとうございました。お陰でそろそろ仕事に戻れそうです」


 フィーはパタパタとスカートをはたいて汚れを落としながら一礼する。

 そわそわしながらもその視線はドアの方に向いているようだった。


「あの、他の方ってまだ戻ってこないのですか?」

「えっと、どうなんでしょう……一応連絡をくれるとは言っていたのですけど……」


 フィーが想定していたよりも時間が掛かっているようなのか、少し落ち着きが無い。

 ともあれ、何か追加でトラブルがあったと見て間違いはなさそう。

 シアに目配せをすると彼女はにこやかに微笑み頷く。


「もしよければ私が様子を見に行ってもいいですよ」

「いえ、流石にそこまでしていただくのは……!」

「このままでは通常の営業にも支障が出てしまうかもしれないですし、それはこちらとしても困りますので」


 シアの言葉におろおろと右往左往するフィー。


「あの……」

「は、はい…!」

「交換条件ということなら駄目ですか?」

「交換条件……ですか?」


 うろたえていたフィーは私の提案に首を傾げて止まる。


「お手伝いする代わりに少しここで私が仕事をさせてもらう、というのは変でしょうか?」


 私の言葉にフィーは考えこみ始める。

 ……自分で言っていても少し変な交換条件だとは思う。

 でも、私自身なるべく見聞を広げておきたいというのはある。

 なによりこういう機会でもないと人同士の世界を知る機会なんてないだろうから。


「……分かりました。それじゃあお願いします。でも、ある程度人が揃ってきたらまた別にお礼をさせてくださいね」


 フィーは私にそう告げるとシアの方を向く。


「えっと、場所なんですが、東の街道沿いにしばらく歩いていくと森があるんですね。その近くに複数名いると思います。ただ、魔獣がでるって噂なので、危なそうでしたら戻ってきてくださいね」

「ええ、分かりました。それじゃあアズ、頑張りなね」


 シアはそれだけ言うとそのまま宿の外へと出て行く。


「それでは、アズさん……えっと確認ですけどおいくつですか?」

「14です」

「14?!その見た目で?!え、今の子ってそんなに成長早いの?!」

「ど、どうでしょう……私が特段早いだけかもしれないです」

「……こほん、すみません。うーん、着替えはとりあえずいいとして、何してもらおうかな……部屋のメイキングは終わっているし、掃除はまあ大丈夫……お客様はそんなにいないし、夕飯の時間はまだ遠いから……うん」

「えっと……?」

「とりあえず一緒に受付に居ましょうか」

「はい」


 受付の椅子に二人で腰掛ける。


 ………。


 最近は常にシアと話していたからか、沈黙が少し気まずい。

 仕事……というほどのするべきこともないからか余計に時間が経つのが遅く感じる。


「えっと……」


 フィーもそう感じていたのか手探りするように声をかけてくる。


「仕事中とはいえ、人も少ないですし話をしても大丈夫なので、その…少しお話でもいかがです?」


 私がこくりと頷くと、フィーは続けて口を開く。


「えっと、差し支えなければでいいのですが、アズさんとシアさんってどういった関係なのでしょうか?親子……のようには見えませんし、かといってシアさんもアズさんと同い年というわけでもなさそうですから」


 どう返答したらいいものだろう。

 私は少し考えを纏めていると、フィーは手を目の前でフルフルと振り。


「あ、本当に問題があるなら答えなくても大丈夫なので!」

「大丈夫です。一応私がシアの家に居候しているといいますか、同居人という形になるのでしょうか」

「そうだったんですね。いきなり失礼な質問でごめんなさい」

「いえ、普通そう思いますし気にしてないので頭を上げてください」


 頭を下げるフィーに対して、私もつい委縮してしまう。


「それにしても今日泊まるとしても観光しなくて良かったんですか?手伝っていただけるのは本当に嬉しいですけれど」

「ちょっと気になっちゃったので」

「そう言って手伝ってくれる人は中々いないのでびっくりしました」

「そうなんですね。あ、私から幾つか聞いてもいいですか?」

「いくらでもいいですよ」

「えっと、普段、どういう事しているかとか……」

「ああ、今特に何もしてないから……そうですね」


 納得したようにフィーは頷き、後ろの戸棚から薄い冊子を持ってくる。


「一応これがマニュアルです。でも例外も多いというか……基本臨機応変だからあてにはならないんです」


 ざっと見て確かに結構大雑把に絵と文字で仕事内容が書かれている。

 ……例外が多いならマニュアルを見直すべきな気もするけど。


「人が多い時はお客様がこちらによくおいでになられるので、忙しくなるんですけど、まあ、今はそういう時期じゃないですから」


 それにうちは小さいですから、と自虐気味に呟くフィー。


「まあそういうわけでお仕事としては厨房がメインになるんです。とはいえ今は食材がないのでそれもできませんし」

「食材がないんですか?」

「はい……。運搬にトラブルがあったみたいで、その連絡しか届かなかったので従業員総出で確認してもらってたんです」

「それで宿主のフィーさんが残ったんですね」

「それもあるけど、足手まといになるから、が他の方々の本音だと思います。魔獣云々には全く対応できませんから」

「従業員さんたちは結構強いんですね」


 普通魔獣なんて呼ばれる相手は訓練された兵士でも手に余るのに。

 私の言葉にハッとしたのか、フィーは慌てて顔の前で両手を振りながら。


「いえ、あの、その!私がどんくさくて仮に遭遇したら逃げられないからって意味で!そんなまともにやりあうだなんて――」


 フィーが釈明しようと言葉を紡いでいる最中に入り口の扉が開く。

 そしてひょっこり顔をだすシア。


「ただいまー」

「えっ、早くないですか!?」

「そう、かもしれませんね。少し急いで確認してきましたから。皆無事でしたし、荷物も差し支えありませんよ。一刻後には届くでしょうから」


 シアの言葉に胸を撫で下ろし、握り締めていた左手を緩めるフィー。

 余程心配していたのか、フィーはそれと同時にどさりと椅子にもたれかかるように座り込む。


「あ、すみません……少し緊張が解けてしまって……えっと、後は大丈夫なのでゆっくり寛いでください」

「分かりました、何かあったらまたお手伝いしますから、声をかけてくださいね」

「ありがとうございます」


 フィーに一礼して私達は部屋に戻った。




 その夜。

 私とシアが部屋で他愛も無いお喋りをしていると、ドアがノックされた。


「フィーです……失礼してもよろしいですか」

「どうぞ」


 シアの声に応じてフィーが部屋に入ってくる。

 その表情は何ともいえない様子で躊躇っているようにも見える。


「あの……ぶしつけな質問になるのですけれど……」


 フィーは言葉尻を濁らせながらもシアを見て尋ねる。


「シアさん、貴女は……その、魔女、だったりします……?」


「そうです、と答えたらどうします?」

「いえ、納得するだけなので……でもその様子だと違うんですね?」

「いえ、魔女ですよ?」


 あっさりとばらすシア。

 私も驚いているけれど、フィーも目を丸くしている。


「あ、そうなんですか?」

「ええ」

「じゃあアズさんも?」

「いえ、私は違います。ただの同居人で……ところでどうしてそう思ったんですか?」


 私の質問にフィーはこくりと頷き喋り始める。

「えっと、そんなに大したことは無いんですけど、従業員の皆さんが『ヤバイ人にであった』『何匹もの魔獣が一人に突っ込んでいったきり帰ってこなかった』とかいっていたのでもしやと思っただけで」

「あー……」


 まあ、そういうことなら仕方が無いというか……シアならやりかねないから納得する。

「えっと、従業員の皆を助けて頂きありがとうございました。シアさん。えっとどうでもいいかもしれないのですが――」

「魔女なんでしょ?大丈夫、分かっているから」

 にっこり微笑むシアにほっと胸を撫で下ろすフィー。

 というか、シアは魔女と名乗った後から敬語をやめている。


 魔女として話しているからだろうか、なんて私が考えていると。

「あの、それで少し稽古をつけて欲しいのですが」

 フィーは本題がそれだったかのように切り出す。


「うーん、ごめん。それはできないかな」


「そうですか……すみません、お邪魔しました」

 シアに断られフィーはしょんぼりした様子で部屋を出て行く。


「なんで駄目だったんですか?」

 シアに率直に尋ねると、シアは頬をぽりぽりと掻きながら。

「端的に答えるなら、教えられることが何も無いから、になるんだけど……具体的に説明する?」

「はい」


「まず、魔法って言うのは人から人、もしくは本に記されているのを学ぶことぐらいでしか身につかないの。例外はあるけど。そしてそれはその人に素質が無ければ使えない。ってことで彼女にはその素質がないというか、既に使える魔法を全て覚えきっているからね」

「えっと稽古と言ってもそれ以外の可能性は……」

「魔女同士の会話でのあの切り出し方は魔法の伝授を求めてなの」

「そうなんですか」


 魔女の文化の片鱗に触れ、私はつい前のめりになる。

 そんな様子の私を見てくすりとシアは笑い、説明を続ける。


「……というのはまあ一般的な話ね。そもそも私はそこまで教えるのは上手くないし。何より――」

「面白そうでもないし、面倒だから、ですか?」


 シアは私の言葉に少し目を丸くして、少し噴き出し。


「ふふっ、それもあるけどやっぱりあまり干渉しちゃいけないからかな。相手が魔女でも。とりわけ一般人に紛れて生活しているのなら尚更」

 シアは少し伸びをして、ベッドに移る。


「……と、まあそういうわけだから断ったの」

「やっぱりそういう感じなんですね」


 何処までが許容なのかは相変わらず分からないけど、シアは別に意地悪で応じないわけじゃなかったことに少し安堵する。


「今行けば彼女と少し込み入った話が出来ると思うよ」


 どうやらいつも通り私の内心もお見通しで、アドバイスしてくれるシア。

 私はこくりと頷いて部屋から出てフィーに会いに行った。




「あ、アズさん、まだお休みになられていらっしゃらなかったのですね」


 下の階に下りていき階段のところからフロントを覗くと、フィーがすぐに気付いて声をかけてきた。

 私が少し駆け足気味に階段を下がると、フィーはカウンター裏に一言声をかけてロビーに出てきた。


「はい、少しお話がしたくて」

「………さっきのことですか?」


 フィーが少しバツが悪そうにしていて非常に言い出し難いけれど。


「……はい」

「あ、あんまり気にしないでください。無理なお願いをしたのはこちらですから」

 人気の無いテーブルのあたりまで誘導されて座るように促される。


「……あの、どうして稽古をつけてほしい、と―」

「前に、お世話になった方がいて。その人を見つけてお礼が言いたい、あわよくば力になりたいんです。今の私はどれも出来ませんから」

 そうぼやかして言うフィーの瞳には強い意志を感じる反面、凄く哀しそうで。


 本当は踏み込むべきでは無いのかもしれないけど……

「あの、どんな人だったんですか?」

 偶然見かけた場合に知らせてあげるぐらいならできるのではと思い、そう訊ねる。


 少し躊躇った後フィーは口を開く。

「…すごく意志の強く、優しい獣人の方でした。危ないところを身を挺して守ってくださり、この宿もその方の提案で始めたんです。怪我したまま、そして名前を聞く前にこの街から出ていかれてしまわれて、それっきり話を聞くこともなくて」


 そこそこ過去のことなのか、時系列が多少前後しながら説明していくフィー。

 どうやら話を聞く分には私が生まれた頃ぐらいの出来事らしい。

 それだけ経っているとさすがに見つけるのは至難の業になりそう。

 それと―


「とても素晴らしい方だったんですね」


 そうありたいと思うほど話に上がる獣人は人として出来ていた。

 迫害にも窮せず、かといって人に憎悪を抱かず分け隔てなく接する。


「ええ、そうなんです。あ……私ばかり話してすみません」

「いえ、大丈夫ですよ」

 私がそう告げるとフィーは口元を緩ませ。

「なかなか真摯に聞いてくださる方はいらっしゃらなかったので、少し嬉しいです。どうしても獣人と聞くだけで嫌な顔をしたり、つまらなそうにする人の方が多いですから」

「まあ、そうですよね」


 私は苦笑いしながらフィーの言葉を肯定する。

 私自身が獣人だから、否が応でもそういった事情は分かる。

 話題としてあがる場所は大抵貴族などの金持ちたちか、獣人を主に取り扱う商人のどちらかが主で、一般人はなるべく見ないよう、気にしないようにしている節がある。

 だからその手の話題が魔女同様タブーとされやすいことは分かる。


――この様子だと案外魔女の中でも獣人はあまりいい感じの印象は受けてないってことなんだろうけど。


「ああ、忘れかけていました。こちらをどうぞ」

「これは……?」


 フィーから渡されたのは文字が綴ってある手のひらサイズの紙片だった。

――方言、なのかな?うーん、ちょっと読めない……

 ちょくちょく文字を学んだので簡単なものなら分かるようにはなったけれど、まだまだ読むのには程遠い。

 私は仕方なく首を傾げてフィーに説明を求める。


「えっと本当はお金、としたいのですけどあんまり経営が芳しくないので……代わりと言ってはなんですが、ちょっとした許可証です。近郊に遺跡があるのでもしよければと思って」

「いいんですか?」

「はい。使える期間も限られていますし、行ったこともあるので。なかなか綺麗な場所で、おすすめですよ」

「ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。さて、そろそろ仕事をしないと怒られちゃうので戻りますね」


 フィーはそう言ってカウンターの奥に戻っていった。

 私も戻ってシアに話をしなきゃ。

 そう思って立ち上がろうとすると。


「ひゃっ!?」


 誰かに唐突に後ろから両肩を叩かれ思わず跳び上がる。

 恐る恐る振り返るとシアがいい笑顔でこちらを見つめていた。


「もう、脅かさないでください」

「ごめんごめん、で、いい感じの話をできたでしょ?」

「出来ましたけど……いつからそこにいたんですか?」

「ん?ついさっきだよ?」


 急に現れたあたり、てっきり最初から聞いているものだと思ったけどそうでもないらしい。

 二階の部屋に戻りながら話した内容をシアにざっくりと説明する。


「で、このチケットを貰ったんです」

 シアにチケットを渡すとシアはひらひらと振りながらその紙片を見つめる。

「アズは行きたい?」

「えっと、まあ……はい」

「それじゃあ、明日はそこに行ってからダンジョンまで行こうね」

「はい……はい?」


 あまりにもさらっと言われたため認識が少し遅れる。


「えっと、ダンジョンってこの街から近いんですか?」

「んー……北の川を越えたあたりだから……まあ直で向かって普通の人なら半日から一日かな。橋とかあそこはかかってないし、周囲もそこそこ危険だからね」

「ダンジョンもそのまま……?」

「その予定だけど」

「流石にきついと思うのですけど……」


 主に私がついていけるかどうか……。

 いくらシアが守ってくれるとはいえ、目まぐるしく変わるだろう状況を受け入れられるかはまた別だし。

 私が渋った様子を見せたからかシアは少し考える様子を示し。


「それじゃあ川前とダンジョン前それぞれで野営って形が楽かな?」

「それならなんとか……」

「じゃあ明日は遺跡を見て川まで行く、で決まりね」


 シアが布団に入り込むのを見て、私もそれに続いて入る。

 近くに置いてある地図を仄かな明かりで見ると、遺跡とは正反対の方向だが割と街と川は近いように感じる。

 これはこれで初日の強行が何だったのか違和感を感じるけれど――。

 シアの提案を不思議に思いながらも私は眠りについた。


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