街
「いやあああああああ!?」
勢いよく雪の斜面を滑るシアの背中にしがみつく。
背後からは雪の塊が迫ってきてる。
「どう、気持ちいいでしょ?」
「そんなこと感じている余裕なんてありません!」
とはいえ私が急ぐあまり躓きそうになり、その結果雪崩を引き起こしてしまったのは事実で。
シアがそれを助けるのと、進むのを同時に行った結果斜面を滑るということに。
シアの足元はまるで板があるかのように雪が弾かれている。
「喋れるようなら全然大丈夫ね。じゃあ少し速度上げるよ」
「え、ちょ」
一言二言シアが呟くと周りの風の流れが変わり。
「行くよ、目は閉じておきなね!」
その言葉で咄嗟に目を強く瞑る。
途端にさっきまでとは比べ物にならない風が耳をかすめる。
その割に身体に当たる風は全く強くなっていない。
不思議に思って目を開けると。
「え、え?!」
眼前に広がるのは白銀の世界……なのだが。
どうしよう。
明らかに空の上にいる。
「あ、もう目あけちゃったか」
少し不満そうに頬を膨らませるシア。
「え!?空、空飛んでません?!」
「飛んでるよ。ちょっと驚かせようと思って」
まるで斜面だけなくなって滑り続けているような体勢で。
「このまま街の近くまでいっちゃうからしっかりしがみついていてね」
「ちょ、ちょっと待ってください、流石に街の付近まで飛んだら……」
「ああ、認識阻害かけてるから傍からは私達見えないからね」
そう言うと更に速度を上げて飛ばれてしまい、浮遊感に耐えるので精一杯だった。
「ごめん、大丈夫?」
「えふっ……なんとか……大丈夫です……」
口元を押さえながらよろよろと立ち上がる。
どうやら街の付近まで本当に飛んできたらしい。
「あの、シア……」
「うん」
「今度から飛ぶにしてももう少し速度抑えてでお願いします」
「うん、ちょっと舞い上がってて、ごめんね」
私の反応にすまなそうに微笑みながら手を合わせるシア。
まあ、面白い体験ではあったし、いいのだけれど。
「それより、街、着きましたね」
「ええ、精霊の話によれば美味しいものが多いらしいから。それじゃあちょっと待ってね」
シアは何かを取り出して私に渡してくる。
「これは?」
「獣人は人として扱われ難いでしょ?だからその予防策。人に見えるように魔術仕込んだ服だから、それを着ていれば迫害にあったりしないよ」
「ありがとうございます!」
と言っても何処で着替えればいいものか。
流石にこんな場所で着替えたくないし。
寒いし。
私が服を持ったまま固まっていると。
「そして私も少し小細工をと……よし………あ、ごめん」
シアが私に手を向け。
「着替えさせといたから」
その言葉で自分の服を確認すると、いつの間にか服が変わっている。
ふんわりとした帽子に冬仕様の白いケープ、もこもこのセーター、下はミニスカートだけれど、中に黒いタイツがあるから暖かい。
そして何より……。
「私の耳と尻尾がどこにもない……?」
「うん。空間転移で格納してるから無くなったわけじゃないけどね。それと認識阻害と認識改変で仮に外に出ても分からなくはしてあるから。あとさっきまで着ていた服は私が預かってるからね」
ぺたぺたと自分の身体をさわっていると、シアがそう言いながら手を差し伸べてくる。
「じゃあ行こうか」
「はい!」
街の中に入ってみると、私が今まで過ごしてきた場所とは少し違う雰囲気を感じる。
観光に特化しているのか色々な服装の人が通り過ぎていく。
レンガ造りであることは変わりないのだけれど、路肩で果実やお肉、野菜などを売っていることや、道すがら店で買い食いしている人がそこそこいる。
かなり治安がいいらしく全く揉め事の気配も無い。
「いい場所そうだね」
「そうですね」
「まずは宿を取りに行くよ」
「そういえばお金って大丈夫なんですか?」
「ええ、必要ならいくらでも用意できるし。今の硬貨は押さえてるから」
そう言ってシアは近くの焼き串の店に行って二本串を買って戻ってくる。
私達は近くのベンチまで行き、二人で腰掛ける。
「ね?はいこれ。羊の焼き串。甘だれだけど大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
シアから串を受け取り口に運ぶ。
口に含んだ瞬間ほろほろと解けるように味が広がっていく。
噛み応えがあるようで柔らかく、すぐになくなってしまう。
ついつい一口、また一口と食べていると。
「美味しい?」
もう既に食べ終えているシアにじっくり見つめられていて、思わず目を逸らしてしまう。
「とても美味しいです。……あの」
「何?」
「あんまりみられると食べ難いです」
あと一口か二口分だけれども。
シアは何が楽しいのかまじまじと私の顔を見ながら口元を綻ばさせている。
「……あの」
「ん?」
「そんなに私が食べるのを見て楽しいですか?」
「楽しいよ?」
「……そうですか。でも食べ難いので……その、少し見ないで頂けると」
私がそういうとシアは少し不満そうにしながらも引き下がってくれた。
その一瞬に、残りを口の中に放り込む。
「……そういえばシアはもう食べ終えたんですね?」
「ううん、食べてないよ?」
「え、どうしてですか?」
折角二人分買っていたのに。
だからこそ私は遠慮なく口にしたのだが。
「そうしないとシアは食べてくれなかっただろうし。私自身は事情があってあんまり人の世の食べ物を食べちゃいけないから。絶対ってわけじゃないんだけど」
にこやかに言う内容では無いような気がするのだけれど。
私がどう反応したら良いか困っているとシアは。
「一緒に食べたいというならまた帰ってから作ればいいし。味や材料、作り方は分かってるし」
「そういう問題では無い気もしますけど……」
こういうのはその場所で買って食べるからいいのでは……?
「まあ、それは一理あるんだけどね。でも自分で食べるために今すぐ作るのも風情がないし」
「それはまあ」
「というわけで。食べたいものや買いたいものが私のことは気にせずじゃんじゃん言ってね」
むしろ、とても言い難くなった気もする。
私の内心が伝わっているのか、シアは苦笑いしつつ。
「ま、それはさておき。まずは宿をとらなくちゃね」
そう言って立ち上がり周囲を見渡し始める。
私もそれに習って周りの様子を探る。
パッと見、飲食店や露店が目に付くが、よく見てみるとそこそこ別な建物も併設されている。
宿、かどうかはわからないけれど。
どうするのか分からずシアの顔を見ると。
「ん?ああ、あの宿にしようかなって」
シアが指差す先にはお洒落だけれど少し隠れ家のような雰囲気がある建物がある。
「あれ、宿なのですか?」
「うん、多分ね」
確認も含めて近づいていくと、看板に『宿・シファーヴン』と書かれてあり、思わずシアを二度見する。
「ね?」
シアは私に確認するようにそう言い、私の手を握り中に入っていく。
中に入っていくと、質素且つ簡素な外とは裏腹に随所に花が飾られてあり、華やかな雰囲気がある。
宿の受付まで進むと、赤毛の女性がなにやら忙しそうにしている。
「すみません」
シアが声をかけるとその女性は作業を止めてこちらを向く。
「あ、いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
「はい。二名で一泊いいですか?」
「二名様ですね。かしこまりました。お部屋にご案内いたしますので少々お待ちください」
しばらくした後、慌てた様子で二階の部屋の中まで案内され。
「こちらのお部屋になります。お食事の時間が近づきましたらお声掛けさせていただきますのでごゆるりと御寛ぎください」
彼女は急ぎ足で去っていく。
「忙しそうでしたね」
「何かあったのかもしれないね。まあそれはともかくとして良い部屋だよ」
シアはあっさりとどうでもよさそうに宿のことを流して話し出す。
確かにカーテンから壁紙まで統一されていて、花園を彷彿とさせる雰囲気で非常に魅力的なお部屋だけれども。
「あの、お手伝いとかできないでしょうか」
「アズは良い子だね。うん、できるとおもうよ。多分困っている内容は大体分かってるし」
「そうなんですか?」
「ええ。忙しそうにしてたのは何か探していたからだろうし、テーブルの上には台帳が無かったことからそれだろうと分かるしね。それに加えて人の入りが少ない時期とはいえ、ぱっとみ食料の在庫も少ないように見えたし、そっちの面でもトラブルがありそうだね」
つらつらと状況を述べ始めたシアについついぽかんとしてしまう。
「あの、そこまで分かっていてどうして……」
「そうね。第一に助けを求められてないし、生死に関わるような切羽詰っている様子でもなかった。第二に契約関連であまり手出ししないほうが良いってこと。第三であの人魔女だから時間は掛かったとしても自分で何とかできるはずだし、何よりそこまでしてあげる義理もないからね。私がしちゃうとむしろお節介というか、本人のためにならないというか」
そこまで一息でいうと、こちらの目を見て。
「でも、アズが助けたいというなら話は別かな。一緒に手伝ってもいいよ」
「えと、ありがとうございます。その、行く前に幾つか質問しても?」
あまり一度に新しい情報が出たので、確認しておきたい。
私の言葉にシアは微笑みながら頷く。
「えと、本当にあの人は魔女、なんですか?」
「本当だよ。でも本人は隠したがるだろうからあんまり触れないであげてね」
「どうして分かるのですか?」
「色々分かる要因はあるんだけど……一番分かりやすいのは精霊の動きかな。今私は精霊に離れてもらってるから他の人には光って見えないはずだし」
そう言われてシアの周りの精霊がとても少ないことに今更ながら気付く。
そういえば最初あった時なんかは後光が差してるように見えるレベルだったし。
「で、多少なりとも魔法を行使するものは、その行使する精霊に好かれ易くなるから周囲の精霊の割合が偏ったりするの。で、ここの宿は明らかに水の精霊が多いからね。注意してみると外と中で居る数が違うのが分かるはず」
シアにそう言われて窓の外と部屋の中の色の数を比較する。
あ、本当だ……。
見えるようになってからあんまり注意が向かなくなったけれど、本当に割合が違う。
「まあ、当然こういう事を隠匿する魔法もなくはないけどね」
補足程度に付け加えるシアに相槌を打ち、次の質問を聞く。
「分かりました。次に契約ってどういう事ですか?」
「そのままの意味だよ。曖昧なグレーゾーンの多い契約だけど、あんまり人の世に手出ししちゃ駄目だよ~レベルの。私が事象に絡むと本当に簡単に色々な場面をひっくり返せちゃうからね」
「それはまあ、納得ですけど……」
シアが人を瀕死から蘇生させたり、高度な建築を披露したり、魔法を使ったら、普通の人間には立つ瀬なんてないだろうし。
「というわけで私じゃなくてアズが助けたいと言って、それを手伝うぐらいなら問題はないってことで、次聞きたいことの答えになるのかな」
私の思考を先読みしてシアは答え、部屋の扉に手をかける。
私もそれに続き部屋から出て行く。
下の階に下りるとまだ女性は忙しそうにしている。
「あの、もし困っているならお手伝いしますが……」
おずおずとそう声をかけると、女性は目をまん丸にした後。
「そんな、お客様のお手を煩わせるなんてとんでもないです」
「でも貴女以外に仕事していらっしゃる方が見受けられないですし、本当に困っていらっしゃるのでしたらお力添えさせて頂きますよ?私達は時間も余裕もあるのでお気になさらなくても大丈夫ですし」
シアのその言葉に少し迷う素振りを見せる女性。
シアはそのまま言葉を続ける。
「手が足りていないのならば尚更数が必要でしょう?」
それが決め手になったのか渋っていた様子の女性はふっと口元を緩め。
「分かりました。お願いしてもいいですか。えっと―」
「シアとこちらがアズです」
「よろしくお願いします。私は宿を切り盛りしているフィーです」
フィーは私達をカウンターの奥の部屋へと手招きする。
私達が奥に入っていくとそこは物が散らかりすぎていて足の踏み場も無さそうだった。
「えっと、恥ずかしながら台帳を無くしてしまいまして、先程ようやく見つけたはいいのですが、このままだと業務に差し支えてしまうので……」
あまりの惨状に思わず私はフィーと部屋を二度見してしまう。
「あの、違うんですよ?いつもこうなわけじゃなくて……その、今日は他の従業員の方がトラブルの処理に当たっていて私しか残れなくて急ぐあまりこうなってしまっただけで、いつもは綺麗なんですよ、とても」
ぱたぱたと腕を振りながら求めても居ない説明を始めるフィー。
その腕のせいで余計物が乱雑になっているのだけれども。
「と、とにかく片付ければいいのですね?」
私がそう提案をするとフィーはこくりと頷き、私はフィーの指示に従って物を片付け始める。
それから時間が経つこと3時間後、ようやく綺麗な部屋に戻せたのだった。