雪道
「近いうちに魔道具回収に行くんだけど、一緒来る?」
グレイが訪問してから数日後、シアの部屋でシアからそんな提案がされた。
「大歓迎ですけど、私なんかが付いていって大丈夫なのですか?」
私は魔法が使えないわけで、居たとしても足手まといでしかないと思うのだけど……
そんな私を見て、伸びをしながらにこりとシアは笑い。
「大丈夫大丈夫。今回のはそんな危険なものじゃないし、何かあっても絶対に守りきるから」
「それならお願いします」
「とはいってもそうなると準備がいるからね。一応遠い場所になるから、着替えとか、食料とか、その他諸々の用意を済ませなきゃいけないし。野営の支度もしなきゃ」
「そうですよね、なんかすみません」
シアは大したことではないといったように首を振り。
「いいのいいの。私が一緒に行きたかったんだから」
そう言いながら物を漁り始めるシア。
「えっと、私は何か手伝った方がいいですか」
そのまま突っ立っているのも悪いと思い訊ねてみる。
「うーん大丈夫。朝食を作ってくれていると嬉しいな」
「分かりました」
シアの言うとおり私はシアの部屋から出て朝食の準備に入った。
朝食を作り終え居間に持っていくと、既にシアが席についていた。
私も朝食を並べて席に座る。
「それで行く場所ってどういう所なのですか?」
私の質問にシアはトーストを片手に答える。
「最終目的地はダンジョン。地下ダンジョンね」
「ダンジョン、ですか」
「そうダンジョン。聞いたことぐらいはある?」
「かなり危険だと聞くのですが」
一部の強者が宝を求めて入り込むことがある、とは聞いている。
でもそこまでの者はあんまりいないので噂というよりは伝説として聞く程度だ。
場所も何があるのかも、それこそ御伽噺のほうが近いと思う。
私の知識と言うとその程度なのだけれど、あながち間違いでは無いようで、シアはこくりと頷く。
「まあ、そうね。普通はそうなの。古代に作られていろんな罠とかそのままだから」
「やっぱり」
「でもなんとかなるから」
「そうなんですか」
具体的な説明が無いままダンジョンについての話が終わってしまう。
しかし、その一言でなんとかなると納得させられてしまうのがシアの凄いところでもある。
正直魔道具がおいてある部屋が危険すぎるからか、それ以上のものを想像できなくなっている。
シアは私の返事を聞いて頷き。
「うん。で途中で街にも寄るよ。宿も取りたいし。でもまあ、あるかどうか精霊の話だけだと分からないから、無ければ野営になるけどね」
「精霊の話ってそういうものなんですか?」
意外というか、あんなに毎日のように話しているのに内容は正確じゃないのかと思い質問する。
「うーん、近いところなら案外当たるんだけど、遠い場所になると何十年前とかの情報だったりすることもあるから、そうなると行ってみたときには全く風景が違うとかもざらなのよ」
言いながら苦笑いするシア。
どうやら結構な頻度でそういう事があるらしい。
「それは仕方ないですね」
「そ、だからこそ野営の準備は必須なの」
「やっぱりテントとかになるのでしょうか?」
私が外で眠る時は木の上が安定だったけれど、そういうわけではないだろうし。
「ううん、ちゃんと家……分かりやすいのはコテージかしら?そういった感じのものを用意するわ。直接家に繋げる、何て真似もできるけど、雰囲気ぶち壊しだからしないの」
「そ、そうなんですか」
想像の斜め上の理由と用意で少し面食らう。
そんな私の反応を楽しむようにシアは。
「ええ。だから思いっきり楽しんでいきましょうね」
満面の笑みを浮かべてそういうのであった。
出発当日。
「シア、起きてください!朝日が昇ったら出発って言ったのはどっちですか!」
相も変わらず寝坊をかますシアを起こすためにシアの部屋の前に来ている。
鍵は掛かっていて入れないので声を張り上げるしかないのだけれど。
私の声に反応して物凄い気の抜けそうな声が返ってくる。
「アズだよ~……」
「シアですよ!起きてるなら早く部屋から出てきてください!」
「え~……あと10年……」
「どれだけ私を放っておくつもりですか?!」
「冗談、冗談だから」
「全くシアは……ふふふ」
「あ、笑った!じゃああと10分!」
「元気に寝なおそうとしないでください!」
こうしたやり取りをして、なんどもぐずるシアを相手すること数十分、ようやく出発にこぎつける。
「うーん、良い朝だね!」
「まあそうなんですけど、清々しくいわれても……」
家の庭で晴れやかに伸びをするシアに呆れてしまう。
シアの寝起きが悪いわけじゃないというのは確からしく、別に意識ははっきりしているし、なおかつこんな感じに切り替えて楽しんですらいる。
そこまでいくと良く分からない感性だなとも思う。
「ほら、しょげかえってないで行くよ!まずは今日中に東の方角に200キロ!」
「別にしょげかえってないです。というかそれは私が無理です」
方角に寄らずその距離なら山を越えなきゃいけなくなるだろうし、雪道だから移動速度もそんなに出せない。
シアはこちらの顔を覗き込むようにして口を開く。
「冗談だから、ね?」
「冗談だか本気だかあんまり分からないんです」
「よく言われる」
「私に?」
「そう」
「もう……」
「まあまあ、それより一応東に向かうのは正しいから」
「そうなんですね」
東を指差され、雪山が連なっているのが目に入る。
向こうの方は雲がかかっていて、雪が降っていそうな雰囲気だ。
「まずはあの山を越えるの。多分一日か二日ってところかな」
「知らない道だともう二日ぐらい掛かりそうな気もしますが」
「あーまあ私がある程度道を切り開くから安心して」
「いや、そういう問題じゃ……」
「うだうだしていても仕方ないし、行きながら話すよ」
そういいシアは私の手を引いて歩き出したため、私は引き摺られる形になる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
慌ててシアを制止させる。
あまりのハードな行程に思わず時間を先延ばしにしたくなってしまった。
「どうしたの?」
私の様子に首を傾げるシア。
咄嗟に何か言い訳を思いつかなかったので、とりあえず何か引き伸ばせそうなことを口にする。
「荷物の確認だけでも……」
「無ければ私が取りに戻るから大丈夫」
「そういう問題じゃない気が……」
「そういう問題だよ?だって私一人なら行って帰ってくるのに一日かからないもの。今回の依頼」
「へ」
そんな事実を突きつけられ固まる私。
いや、確かにシアならありそうとは考えてはいたけど。
「楽しみたいから一緒に行くの」
本当に楽しむためだけに私を連れて行くということに驚き戸惑ってしまう。
「じゃあ、張り切って行こう!」
テンションが振り切れているシアが手を突き上げて歩き出してしまった。
「よし、ここら辺で野営かな」
あの後シアが道を歩きやすくしてくれたお陰か、日が暮れ始める頃にはもう既に山の中腹付近の川沿いまでたどり着いていた。
正直ここまで早く歩いて来れるなんて思ってもいなかったので、戸惑いを隠しきれない。
「アズ、料理お願い。私はコテージの準備済ませとくから」
「あ、わかりました」
川原に火を焚き、持ってきていた食料を加熱調理する。
その傍らシアが部分部分に分かれた木のパーツを開けた場所に広げていく。
シアがコテージを建てる様子が気になるので、火を挟んでみていると、まるでパズルのようにくみ上げていく。
「凄い……」
的確に正確に迅速にその作業が行われていく様に、思わず口からそう漏れる。
元からこういう事ができそうとは思っていたところはあっても、実際にみるのでは全然違う。
力もそうなのだけれど、全く目印があるようにも見えないただの木材を釘も使わず一人で、なんて尋常じゃない。
それこそ職人業と言うに相応しいのに、多分趣味だろうから恐ろしい。
……うん、なんか他の人とかから敬遠されるの何となく分かるかも
どう考えても同じ土俵に立てないでしょ、これ。
「アズ、火!」
「え?あ……!」
シアの作業に見惚れていたせいで、鍋が吹き零れているのに気付かなかった。
私は慌てて火から鍋を下ろす。
見たところ焦げてはいないようだったので胸を撫で下ろす。
シアはもう組み立てを終えたらしく、さっきの鍋から皿にスープをよそっている。
「分けたらそのままコテージの中で食べようね」
「はい」
受け渡された皿を手にコテージの中に入っていく。
シンプルな木造の一軒家といった感じで、これをコテージとは言わないとは思う。
地味に家具類一式揃っているところもその印象を強くしている。
シアと机を挟んで座り、手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
「そういえば魔道具回収ってどうして行ってるのですか?」
スープの野菜を頬張りながらそもそものことを聞いてみようと思って口にする。
シアは悩むような仕草をした後。
「うーん、理由は色々あるんだけど、今回に限って言えばグレイに頼まれたからかな」
「グレイさんが?」
「そう。なんでも『私でも出来ないことは無いけどあんたの仕事でしょ?』って、場所と回収するアイテムの性質と形状を教えられてって訳」
「仕事、ですか?」
「うーん、私としては仕事じゃなくて趣味だと言い張ってるんだけど全く聞いてくれないから」
「趣味、なんですか?」
「まあ、しなくてもそこまで問題は無いからね。別にそこまで蒐集が好きなわけではないんだけど」
それであの量集まっているなら仕事と思われても仕方がないとは思う。
「あの部屋のは別にただ置いてる訳じゃないんだよ?処理が必要な奴とかそれぞれタスクで徐々に分解してるのに、次から次へと見つかったり、持ってこられたり、送り付けられたりで、結果的に溜まっちゃってるだけで」
「でも結構動いたり、危ないものも多いって……」
「そりゃあ処理してはいるけど、素人が踏み込んで安全な場所じゃないし。そもそも踏み入れるように作ってないしね」
「だからあんなに雑然としているのですね」
たまに掃除を手伝うために入ったりするのだけれど、素人目から見るとあの部屋は本当に散らかっているようにしか見えない。
「そ。結局持ってこられるほうが多くて減らないから諦めてるの。大体どうあがいても解除に一年かかるものを数十個とか一度に持ち込まれたりすると奥のほうに置いとくしかないしね」
「そんなこともあったのですか……じゃあ手前のものが動くのは……」
「ああ、うん。奥のは無力化してるけど、手前のはそれほどでもないから放置してるの。何かあってもどうにでもできるから」
「え、じゃあ先日私が助けたのって……」
「最悪アズが助けなくても私が助けられたし、勝手に入ったお仕置き程度で様子見てただけだよ。でもありがとね」
お礼は言われたものの何となく釈然としない感情が私の中で渦巻く。
「えっ……と、そうだったのですね。それにしても全く持ち込まれてる様子もないのにどうして増えるのですか?」
「……まあ、色々あって。私が見つける場合もあれば、グレイが持ち込む場合や、悪魔や天使たちが転送してくる場合もあるのよ」
「そうなんで……ちょっと待ってください、悪魔や天使、ですか?」
「まだシアはあったこと無かったね。たまに来るから、その時に紹介するよ」
しれっと言うシアの言葉を呑みこみ切れないうちにシアが次の話題へと移してしまう。
「それより明日は二山越えるからね。そうすると宿のある街にたどり着けるはずだから」
「え」
この雪崩が起きるかもしれない時期に二山も越えるの?
シアに守ってもらえるとしても、ぞっとしない。
この小屋?もかなり快適だし、そこまで急ぐ必要性を感じないのだけれど。
「観光で行く久しぶりの街だし、どうなっているかな~」
……どうやら、シアが待ちきれないからみたい。
うきうきしている彼女に水を差すのも悪いので、急ぐことを心に決めるのだった。