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最強魔女と狼娘  作者: 双碧
プロローグ
3/26

顛末

「ええ、もう身体も大丈夫ね」


 シアに触診をしてもらい確認する。

 助けてもらってから二週間と少し、シアから完治を告げられる。

 時間は掛かったものの言われた通り身体が軽い気がする。


「本当ですか?」

「ええ、本当よ」

「ありがとうございました」

「いいのよ、別に」


 頭を下げる私にいつものように微笑みなんてことはなさそうに言うシア。


「えっと……」


 街に帰る、と言い出したいのだけれど。

 恩が大きすぎてそう直接言いだしていいものか悩んでしまう。

 私がまごついていると、シアは少しだけ悲しそうな目をして笑い。


「好きなだけ居てくれていいよ」

「そういうわけにはいきませんから」


 ――私に言いやすいようにしてくれたのかな

 私が一礼して立ち去ろうとしたところ、シアが私を引き止める。


「……わかったわ。でもご飯ぐらい一緒に食べてからでいいかしら」


 そう言われ、自分のお腹が減っていることに気付く。

 私は少し顔が少し赤くなりながら答える。


「もちろんです」

 


 

 昼食後家の前で再び街へと帰ろうとしている。


「お世話になりました」

「ちょっと待ってね。アズはここから街までの道を知らないでしょ?私もついていくから」

「そんな、なんとかなりますから」

「いいのいいの、前にも言ったでしょ?私には時間がいくらでもあるんだから」


 シアはいつものように快活に笑い、私の隣に並ぶ。


「ありがとうございます」


 私の手を取り、上機嫌に進んでいくシア。

 その様子を見ているとまるで少女のように思えてしまう。

 実際は違うけど。


「そういえばこの小屋があるって話を街で一切聞いたことが無いのですが……」

「ああ、それは結界張ってるから。許可した人しか入れないようにね。狭いものだけど」


 シアは開いている片手で箱を描くと空中に黒い空間が出来るのを見せた。


「これは視認させない結界で、今は黒に設定したの。今は黒く見えているでしょ?」

「はい」

「で、私がアズを許可すると――」

「あ」


 シアの合図と共に元々も風景が見えるようになった。


「というわけ」

「なんとなくわかりました」


 私が頷くと、よしよしといった感じでシアが笑う。


「ここら辺って景色がいいの。雨が降ると本当に幻想的な風景になってね。で、晴れなら湖もいいけど、近くの高台も中々なの」

「もしかしてそれでここに小屋を建てたのですか?」

「うーん、それは違うかな。流石に何千年と同じ風景じゃないから」

「……あ、それはそうでした」

「とはいえ、景色が気に入っていた場所に建てたのは正しいけどね」


 気恥ずかしそうに照れた様子で頬をかきながら答えるシア。

 そうして森の中をシアと進んでいくと、私が瀕死にされてしまった怪物の痕跡を見つけた。


「これ……」


 近くに私の服の破片もかすかに残っているけれど、何より近くの木や地面に大きな爪あとが付けられている。

 見た感じ新しいところをみると、あの怪物はまだ討伐されていないようだった。

 シアも既に理解していたようで私の目配せに頷いて答える。


「ええ、これは合成獣ね。それもそこそこ強いもの同士の配合みたい。この類は勝手に強く成長していくから危険なのよ」

「あの、調べても……?」


 このまま放っておいて被害が出たら大変だし、何よりまた戦わなきゃいけなくなったら困る。

 私の提案にシアはこくりと頷き。


「大丈夫よ、なにかあっても私が守りきるから。それに私もそのつもりだったし」


 そういうシアは屈みこんで痕跡を調べ始める。


「あっちね」


 足跡があったらしく、合成獣が辿ったであろう道を進んでいく。

 通った道全てというわけでは無いが、そこそこ荒れた道が多く、獣人の私でさえ少し移動に手間取っている。


「大丈夫?」

「なんとか」


 どう考えても山道を歩く用の服装では無いのに軽がる歩くシアは流石魔女としか言いようがない。

 私を心配して斜面で振り返ってくれている。

 なんとか登りきると、洞窟の入り口にたどり着いた。


「あー……増えてるかもしれないわね……」


 シアが面倒そうな表情を浮かべる。


「増えている?」

「ええ、合成獣が洞窟の中に居るってことは繁殖のために篭っていることが大半ね。成獣が強いせいでわざわざ寝床を作らなくても生存できるから」


 シアはそういうと、なんていう事は無く洞窟内に立ち入っていく。

 私はその後ろを少しおどおどしてついていく。

 中は暗いぐらいだったが、獣人の私には普通に見える。


「うぅ……」


 そのせいで見たくないものまで見つけてしまう。

 そこら辺に散らばる骨や、まだ新しい死体などなど。

 臭いこそ無いのでまだましだけれど。


 シアは時折私のことを確認しながら一直線に進んでいく。


「やっぱり増えてたのね」


 深まった所までたどり着くとあの時と同じおぞましい姿をした獣たちが目の前に現れた。


「えい」


 すくむ私を脇に、シアのその一言で怪物らが崩れ落ちた。


「これでよし、と」

「え……え?」


 あまりに一瞬の出来事で何が起こったのかついていけない。

 見た感じだとただ怪物が突っ伏したようにしか見えないけれど、全く動いていないから多分倒した……?


「魔法で仕留めたの。だから近づいても大丈夫よ」


 シアが言うように近づいて確認すると既に怪物の息の根は完全に止まっているようだった。


「過去の産物だから見つけ次第倒してはいるんだけど、いかんせん多くて増えるし。一応今の人間でも退治できなくはないから、そういう感じなの」

「そ、そうなんですか?」

「ええ」


 過去の産物というのは少し分からないけど、正直退治なんて出来そうに無い。

 実際に戦った時なんて反射神経と力が振り切れてるんじゃないかと思うほど強かった。

 私が困惑している間にシアは説明に入る。


「対処法を教えておくわね。姿が違えど、元の核は同じなのよ。だから実は違うように見えて全部同じやり方で対応できるの」


 シアは合成獣に近づいて、そのお腹を返してみせる。


「丁度ここに核となる器官があるのよ。で、ここを一突きすれば、イチコロってところかな」

「あの、そもそもそんなお腹みせてくれないです」


 私の時は防戦一方でそもそも戦いにさえなっていなかった。

 私がそう呟くと、シアは少しふくれっ面になり。


「焦らないの。それについても説明するから。で、核となる器官があるせいで実はとてもある香りに弱いの」


 シアは何処からか小瓶を取り出す。

 その瓶の蓋を開け私に渡してくる。


「これは……ジャスミン……ですか?」

「近いけどハズレ。イランイランをベースとした合成香料よ。他にはカモミールやレモンパームなんかも入ってるわ。で、この類の香りを吸うと寝てしまうのよ。合成獣にとっての麻酔だと思ってもらえばいいわ。他の方法だと寝てはくれないから気をつけてね」

「分かりました」


 シアは説明を終えると合成獣を何処かにしまい、そのまま私達は洞窟をあとにした。




 シアと共に森を抜け街が見える高台まできた。


「ここまで送って頂きありがとうございました」

「いいのいいの。何かあったらまた家に来ていいからね」

「はい」


 少し寂しそうにシアは私を見送る。

 たまに振り返ると私に手を振る。

 少し名残惜しく感じながらも私は高台から街へと下りていく。


 近づくにつれてレンガ造りの街並がよりはっきり見えてくる。

 街の入り口にたどり着くと、少し何処かピリピリした空気を感じる。

 それに付け加えて、大きく破損している場所は無いものの、私が出たときより建物に傷がついている場所も見受けられる。


 嫌な予感を感じながらも少し早足で私の雇い主、もとい主人の家まで向かう。


「只今戻りました」


 街一番の大きさを誇る屋敷の扉を開け、挨拶を行う。

 いつも通りこの家の執事が迎えてくれるものだと思ったのだが、主人が偶然エントランスにおり、驚いた様子で私を迎え入れる。


「ん?……おお、無事だったか。よく戻ってきた」

「はい、命からがらでしたが」

「そうか。では時間が出来るまでしばらくそこで待機していなさい。怪物に関する対応で忙しいのでな」


 本当に忙しいようで、私を一瞥するとそのまま立ち去ろうとする。


「恐れ入りますが、お一つ報告をしても?」

「なんだね」


 怪物という事ならばお手伝いできると思い引き止める。

 私の返事に少し主人は不機嫌そうに返す。


「怪物の情報を得られたので、それについてです」


 私はその場でシアから教えてもらった内容を主人に対して話す。

 主人はその内容を聞いて少し考え込み。


「そうか。分かった」

「そうですか。なら――」


 分かってくれたと思い歓喜しかけてたところで主人から思わぬ言葉が飛び出す。


「つまり、お前が黒幕の一人だという事だな」


 ――え……


「滅相もありません!そういうことは一切……っ!」

「怪物にこっぴどくやられていたはずのお前がそれだけ綺麗な服で帰ってくるわけがない。それに思えば怪物が現れ始めたのもお前を雇い始めたころだったな」

「そんな!私はまったく関係ありません!」

「だまくらかすつもりでもそうはいかん。おい、こいつを縛り上げろ!」


 主人はまったく私の言葉を聞く耳をもたず、奥から衛兵が出てきて私を縛り上げていく。


「待ってください!少しでいいから話しを!」


 私の抵抗むなしく、そのまま牢へと運ばれてしまった。




 私はその日のうちに牢屋から無理やり鎖で引き摺られ詰問所に連れて行かれた。

 この詰問所には拷問部屋も一緒についている。

 正しく答えなければそういう事になることは明白だ。

 私は顔を青くしながら、正面の衛兵と向かい合う。


「さあ、知っていることを全て吐くんだ。吐かなければどうするかなど分かっているよな」

「ご主人様にお話した内容で全てです……神に誓って嘘偽りありません」


 私は正直に全て話したといったけれど、衛兵は鼻で笑い。


「はっ、獣人の神にかい?吐くにしてももっとマシな嘘をつくんだったな。来い!」

「うっ!」


 腕につながれた鎖を引っ張られ拷問部屋へと連れられる。

 放り投げられ地面に突っ伏している間に、鎖を壁に繋がれてしまったようだった。

 その間に別の衛兵が鞭打ち棒を持って近づいてくる。


「おらっ、これでもか!」

「ぐっ……!っ……!」


 歯を食いしばり鞭打ちの痛みに耐える。

 衛兵は少しにやつきながらも次々と私の体のいたるところを鞭で叩きつけていく。

 しばらく苦痛に身を捩らせていると衛兵が思わぬ声を上げる。


「おおっ!?こいつ傷の治りが早すぎるぞ!?どういうことだ!?」

「わからん。とりあえず上に報告だ」


 た、助かった……の?

 唐突に鞭打ちが終わり部屋の鎖に繋がれて放置される。

 疲れからか瞼が落ちていつの間にか私は眠ってしまっていた。




「おい、起きろ。処刑の時間だ」


 その言葉と共に腹部に激痛が走る。

 と同時に口に血の塊が上ってきて思わず吐き出す。


「がほっ……」


 目を何とか開け、視線を落とすと剣がお腹に突き刺さっている。

 いつの間にか街の広場に場所を移されていた。

 しかし普段の様子とは違い、処刑台が設置されている。

 それも惨たらしく殺すための。

 私は思わず恐怖で身を竦ませる。


「この奴隷は魔女とつながりを持ちこの街を滅ぼそうとした。ゆえにその罪を裁く。この者に凄惨なる死を!」


 処刑人らしき人間が口上を述べると処刑台を囲んでいる街の人々が一斉に歓声をあげる。

 と同時に私に向かって石を投げる者も出始める。

 火が焚かれ始め、何に使われるのか察してしまう。


「この者に好きなだけ苦痛を与えることを許可する!手を下したいものは順次申し出ること!その後火あぶりの刑に処す!」


 ああ……。

 私の命はこう終わるのか……。

 身を包む激痛を遠く感じながら空を見上げた。




 アズを見送った後、魔女の家にてシアはそわそわしていた。


「………」


 ――深く干渉しないことが契約だったけれど……


 本来のあり方を捻じ曲げ、シアは行動をしようと立ち上がり、身支度を整える。



 

 魔女は街人に身を扮し人だかりの中を進んでいく。

 広場にたどり着くと変わり果てた狼娘の姿があった。

 魔女は理解はしながらもとても哀しい表情を浮かべ近づいていく。

 遠目から見るだけでも刺し傷、挫傷、骨折、火傷……明らかに致命傷だらけでもはや生きては居ないだろうことが分かる。


「………」


 もう死体になっているというのに未だに石を投げたり、傷つけるものまで居る。

 どうしてここまでするのか。

 それが分からないほどに魔女は長く生きていないわけではない。

 それでも人の浅ましさを前にしてこの純粋な娘にそれほどの仕打ちをしてしまうことに失望を隠せなかった。


 魔女は一言ポツリと呟くと魔女は何事もないかのように狼娘の亡骸を抱きかかえそのままその場から立ち去る。

 周囲の人間は突然狼娘の死体が消えてしまったことに驚き戸惑っている。


「……ごめんなさい。とても苦しめてしまったわね……」


 愛しそうに、そして哀しそうに狼娘の頬を撫でる魔女。

 その撫でた先から傷が消えていく。


 人の世に干渉しないというあり方、そのせいでここまで酷く傷つけてしまったことを悔いながら治療を行っているのかもしれない。

 そう自分を達観しながらも帰途を急ぐ。

 そして全ての傷を治し終えたころには既に魔女の家まで到着していた。


 魔女はベッドに狼娘を寝せ、布団で胸元まで覆う。


「後でちゃんと埋葬してあげる。そして貴女の髪の毛、少し貰うから」


 魔女は哀しそうに狼娘の髪の毛を抜く。

 そして金の髪をたなびかせながら部屋を後にした。




「蘇生はできない……それが理。どの世界でも。だから……これは」


 街を見下ろしながら魔女は呟く。

 ただ何を見るわけでもなく、無表情で、無機質に。


「ただの自己満足。そしてあの娘への礼儀」


 魔女は自身の目の前の空間に術式を描き始める。

 しなやかな指が通る先に煩雑な紋様が浮ぶ。


「このぐらいなら、契約違反ではない、かな」


 魔法の紋様であり魔法陣とも呼ばれる代物が出来上がる。

 その術式の特殊性からか形状は楔型だが、非常に巨大なものである。

 ゆっくりと両腕を目の前に差出し、魔女は狼娘の髪を目の前の紋様に捧げる。


「残りは詠唱で、呪いは完成する。その後生きていられるかは当人次第」


 ぽつり、ぽつりと世界に言の葉を刻み付けるように発する。

 この詠唱が終われば狼娘を嬲った者達は同等の苦痛に苛まれ続けることになるだろう。


「シア?」


 聞こえるはずの無い声、気配に思わず振り返る。 

 すると木の陰からそっと顔を出して恥ずかしそうにはにかむ狼娘が魔女を見つめて立っていた。


「ア……ズ…?」




 私が声をかけるとシアはとても驚いた顔をして私を見た。


「やっと驚いてくれた」

「どうして……?」


 はらりとシアの手から髪の毛が零れ落ちる。


「命の精霊が『いつもお世話になっているお礼』だって」


 生き返った瞬間にそう聞こえたきがした。

 それに私の周りにまだその命の精霊が漂っている。


「そう……そう……わかった」


 シアは精霊から話を聞いているようで、幾つかの言葉を発する。


「ねえ、一緒に帰ってもいい?」

 私が言い切るかどうかというところで包み込まれるように抱きしめられる。


「ええ、ええ……!」


 温かいぬくもりで自分が本当に生きていることを実感する。

 その傍ら、先ほどまで宙に描かれていた魔法陣も消えていた。


「おかえりなさい」


 少し目が潤んでいるシア。


「ただいま」


 私は喜んでその言葉を受けるのだった。

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