魔女宅訪問
「ここが大魔女様の………?」
ここまで辿り着くのに数日は経っている。
シアがフィーに配慮した形なのか、シアの都合なのかは分からないが。
そのフィーが信じられないような物を見たという表情で建物を見上げている。
その気持ちはすごく分かる。
シアの家は質素すぎて違和感がありすぎるけれど、今目の前にある建物、もとい宮殿のような何かは流石に予想外だろう。
当然のように結界で隠匿されていたのは驚かないし、近くに来るまで建物の存在感も感じなかったのも今更だからいい。
ただ一つ言えることとするならば――
「魔女とかそういう次元の建物……?これ……」
透き通るような水晶の見た目をして、しかし内部は一切見えないという建材が分からない代物、そして柱一つとっても芸術品かのごとく綺麗にカッティングされている。
そんな想像を絶するものを目の前にして茫然としている私とフィーをシアが苦笑いして見ていると、入り口らしき門が開き、中からヴァイオレットとイージスが出てきて一礼する。
「ようこそおいで下さいました。大魔女様とアズリエナ……と……そちらは?」
「魔女フィーよ。街であったからついでに連れてきたの。どうせ『集会』そろそろ開くんでしょ?だったら今連れてきていても問題ないでしょ?」
「大魔女様がおっしゃるのであれば私が異論も何もありませんが……師匠に聞いてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
「イージス、頼んだからね」
「……義姉さんは人使いが荒い」
「何か言ったかしら?」
「いや……何も」
ヴァイオレットがぎろりと睨みを利かすとイージスは肩を竦めて宮殿の中に小走りで戻っていく。
相変わらずであり、微笑ましくもあり。
つい笑みがこぼれると、ヴァイオレットはため息を吐く。
「全く……失礼しました」
「いいのよ、別にそこまで畏まらなくても。私はただ辺境で自由気ままに過ごしているだけだもの」
「そう言われましても師匠のご友人ですし……」
「気持ちは分からなくもないけどね。グレイは割と厳しいし。でもまあ私は敬語使われるより自然に振舞ってくれる方が気が休まるかな。別に立場的に特段偉いって訳でもないしね」
「は、はあ……そうですか」
「そそ。まあそれが辛いって言うならそのままでもいいけどね」
シアはヴァイオレットにウィンクすると私の腕をつかんで前に引っ張り出す。
「ま、そういうわけで私はささっとグレイに会ってくるから。あとよろしくね?」
シアはそれだけ言うとすたすたと宮殿の中へと歩いていく。
相変わらず自由だな、なんて思いながらその背をぼーっと眺めていると。
「本当に自由な人たちなのね……はぁ……アズリエナ、あらためてようこそ。私の管理下というわけじゃないけど建物の中を案内するわ。フィーさん、でしたっけ。一応貴女自身からもどういう関係か教えて貰ってもいいかしら?」
ヴァイオレットの刺すような視線にフィーは息をのみ、少したじろいで一歩下がる。
しゃべろうとしているのか口をパクパクとさせているもののヒューヒューという音しか出ていない。
なんかヴァイオレットがフィーをいじめているみたいに見える。
フィーの方が背が高いし、大人なはずなんだけど。
「ふぅん……まあ、いいわ。悪意はなさそうだし……で、アズリエナ、この人は何?魔力はそこそこだし、形跡から魔女ではあるんだろうけど」
「えっと、知り合い……?」
「何故疑問形なのよ……まあ、アズリエナの知り合いって言うなら確かにそうなのかもね。なんとなく雰囲気は似ているもの」
「そう……なのかな?」
「まあ、雰囲気だけね。というか大丈夫なの?なんか呼吸できなくなってきてるみたいだけど」
振り返るとちょうどフィーが身体を震わせて、足から崩れ落ちるところだった。
「あ!」
「きゅぅ………」
さっとフィーの後ろに回り込み背を支えるとフィーはぐったりと寄りかかって……うん、気絶してる。
どうしたものかとヴァイオレットに視線を送ると。
「………………応接間まで案内するから、背負うなら抱えるなりして連れてきて」
手で顔を抑えながらヴァイオレットはそう告げた。
ヴァイオレットに先導されながら宮殿の中を進んでいく。
内部も想像と違わず水晶のような素材で作られており、正直どこぞの城なんかよりも余程煌びやかだ。
神秘的ともとれるほど細部まで拘られているようで現実味がない。
流石に床には水晶を使わなかったようで大理石と黒曜石が模様を織りなしている。
そして歩く道には動物らしき模様が描かれている絨毯が敷かれている。
私はフィーを背負って歩いているけれど、シアの家の時とは違う意味で冷や汗が凄い。
そんな困惑を感じ取ってくれたのか。
「まあ、最初はそうよね。でも気にしなくていいから。ちょっとやそっとじゃ傷もつかないから。あ、次の所右に曲がってすぐ左手の部屋ね。着いたらソファーがあるから寝かせてあげて。多分しばらくイージスは戻ってこれないだろうししばらく私とおしゃべりでもしない?」
「分かりました」
ささっと部屋に入ってしまいフィーをソファーにそっと寝かせる。
そして促されるままに水晶でできたテーブルを挟んで一人用のふかふかの椅子に腰かける。
「色々思うところあるだろうけど、とりあえずお疲れ様。ここまでそこそこ距離あったでしょ」
「まあ、はい。でもシアとなのでそこまで大変ではなかったですが」
「そう。……まあ、この場所が気になるのは分かるけど、ちょっとよそ見し過ぎじゃない?」
私が周囲の家具や装飾に目を奪われているとヴァイオレットが拗ねたように口にする。
「あ、すみません……」
「いや、謝らないでよ。私だって最初は驚いたし、もっと取り乱したんだから」
「そうなんですか?」
「そうよ。というか師匠が話したと思うけど一応私捨て子だったのよ?……まああの人の最近って十年単位だから私達の感覚とはずれているけどね」
そういえばそういう話があったような……あまりにもさらっと流されてしまっていて忘れていた。
私が気まずそうにしているとヴァイオレットは呆れたような表情で。
「貴女ねぇ……私は別にまったく気にしてもいないし、何ならここに来たのは良かったと思うぐらいだから気にすることないわ。というか気にしないで」
「分かりました。……ここ、凄いですね。遠くから見えなかったのは結界っぽいことは分かってますけど、流石にこの規模で水晶のお城とは思いませんでした。シアの家とはまた別に驚きました」
「ああ、それね。……うん、部外者は寝てるしアズリエナなら大丈夫でしょうし。そもそも見えないのも結界じゃない……ううん、結界といっても間違いじゃないけど正確でもないし、何よりここも貴女が想像しているような形で造られた建物じゃないらしいから」
ヴァイオレットの言葉に思わず首をひねる。
確かシアは結界とか言っていた気がしたけど。
まあこの建物が普通に切り出して削ったりして造られたという方が不思議だよね、そこは納得。
「層構造というのかしら。私も上手く説明できないんだけど、許可した相手ならばここに入れて、入った瞬間からこの宮殿が見えるようになるのよ。で、それ以外、もしくは入ろうとしないでここに訪れると違う風景……多分ただの森と山が見えていたはずだけど、そのままそこに入る形になるはず。って話なんだけど……だから正確には結界じゃなくて境界魔法?らしいの。詳しくは知らないからそれについて聞かれても困るけど」
「う、ん………?結界と違うっていうのは……?」
「ああ、そっか。そこからか。結界っていうのは空間隔離……つまりその場所その物に物理的……この場合魔法的かしら?まあそういう風に壁のようなものを作り出して侵入を防いだり見えなくしたりといった形なの。当然結界が破れれば中は見えるようになるからね。だから力ないものが無理に入ろうとすると弾かれるか、同じ場所に出てしまうの。で、この境界魔法はそもそも壁なんかじゃないのよ。私は使えないから何がどうなっているのやらといった感じではあるんだけど、転移に近いのかしら?でも違うのよね……でもここには動物はいないし……」
説明の途中からあーでもないこーでもないと考え始めるヴァイオレットに思わず苦笑いしてしまう。
シアといるときの私の反応と同じ気がする。
シアは聞いたことに関する説明はとても上手いのだけど、必要がなければわざわざ他のものと繋げてまでは教えてくれない。
多分自分で気づいてってことなんだろうけども。
そもそもヴァイオレットにも正確に理解できてない話なのだから、基礎知識が無い私では多分今の話は半分も分かってない。
あとで詳しく聞いてみようと心に留め、一人で唸りだしたヴァイオレットに声をかける。
「えっと、結界うんぬんは分からないけど、言いたいことはなんとなくわかった気がするから大丈夫」
「あ、そう?……あとで説明できるようにしなきゃ……それはさておき、あとはこの宮殿ね。これ、全部師匠が造り上げたの。なんでも師匠にとって最も有利な空間として構築したらしいんだけど、正直効果は分からないわ」
「凄い……」
「そう、凄いのよ。大魔女様も大概だけどね?むしろ大魔女様のほうがよく分からないわ。見た感じ有利不利考えて作ってないものあれ。本当にただ自分が住みやすいように適当に部屋を作った感じだったし」
「そうなの……?私としてはただ適当に部屋が並んでいるだけに見えるんだけど……」
住みやすいというには少し困る配置な気もしていると思う。
配置などはとりわけ実用的とは言い難い。
「……まあ、気づく訳もないわね。あれ、必要に応じて部屋とか途中に付け足ししているわ、多分。というか師匠がそういってたから私もようやくわかったレベルだし」
「それは……うん、私じゃあ気づく訳もないかも」
そもそも広すぎて隅々まで把握しきっているわけでもないし。
でも思い当たる節はなくはない。
あれだけ広いくせに応接間だったりロビーだったり、そういった対外的な部屋は全く存在していない。
確かに言われないと気づかない程度の、下手をすれば言われても分からないだろう。
大体の所シアに来客がないから必要ないだけ、なんて思っていたところでもある。
「まあそれはそれとして。遠路遥々というか、まあまさか歩いてくるなんて思わなかったから。大変だったでしょ?」
「そうですね。流石に雪山で雪崩に巻き込まれかけたり、船で悪魔に、ダンジョンで天使に遭遇した時は死ぬかと思いました」
「……想像以上にハードだったわ……いえ、よく無事だったわね……ううん、大魔女様がいるんだから万一さえない、かな?でも……うん、大変だったというレベルではない体験ね……魔女の中でもこんな短期間にそこまでのことはしないわ」
「あはは……そうですよね。でも怪我は一切してないんですよ。シアがいるからなのか守ってくれてたからなのか分かりませんけど。一緒にいたわけではない場合もありましたし」
まあ、それでも多分両方なんだろうな、なんて考えているとヴァイオレットはだらりと力を抜いて椅子にもたれかかる。
「なんで話聞くだけでこんなに疲れるのよ……もう……アズリエナ、絶対、絶対にそれが普通だと思っちゃだめだからね?!私達も最初のうちは師匠に色々やらされてそれが普通だなんて思ってた頃があったから言うけど、下手したら煽っているようにしか聞こえないからね!?いい!?」
「はあ……まあそうですね。それは思ってたことでもあるので……」
「それならいいのよ……これだから規格外の人たちと一緒にいると困るのよ……今度一緒に街にでも遊びに行きましょう?私が常識を教えてあげるから」
「そんな人が常識ないみたいに言わないで欲しいなぁ……」
いつの間にか私たちの横にシアが座って物憂げな表情で頬杖をついていた。




