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最強魔女と狼娘  作者: 双碧
プロローグ
2/26

療養

 朝の光を感じて私はベッドから上体を起こす。

 やはりまだベッドで寝るのはあまりなれない。


 シアと過ごすようになって一週間ほど経った。

 怪我はあの日から二週間程度で問題が無くなると言われている。


 その間にシアがどういう人物なのか掴もうとしたのだけれど、なかなかに分からなかった。

 思ったよりも起きるのが遅く、日がそこそこ昇ってきてから起きることや、料理がとても上手だとか、そういった習慣や趣味などは見せてくれたので分かった。

 しかし、殆ど自分のことを話したりしないので私はどうしたらいいのか、少し困惑してしまう。

 その上私に服を創ってくれたり、知らなかったことを教えてくれたりといたせりつくせりで、正直バツが悪い。


 本当に何故そこまでしてくれるのかというのが分からない。

 私が何かで返そうとしても、シアに笑って、気持ちだけで大丈夫、といわれてしまうと引き下がるしかない。


 私はシアの作ってくれた服――刺繍が胸元に入っている少しヒラヒラした感じの白いワイシャツ?と尻尾を収納できる膝まで丈があるストライプ柄の茶色いスカート、そして丈夫そうな、マントとも外套ともつかない茶のチェック柄の何か――を身に着けて居間へ向かう。

 すると珍しくシアが先に起きて椅子に座っていた。


「あ、アズ。おはよう」

「おはようございます」

 私はシアに挨拶を返しながら椅子に座る。

 シアの目の前には既に料理が並べられている。


「今日はどうしたのですか?」

「朝から湖の方に出かけようかと思って」

 シアは私の質問に答えてトーストを食べ始める。

 私も続いて食事を始める。

 ここのところまるで貴族が取るような贅沢な食事が続いていたので少し安心する。


 シンプルだけれど美味しい朝食を口に運んでいると、シアは再び口を開く。

「美味しい?」

「とても!」


 私が元気よく答えるとシアは満足そうな表情を浮かべる。


「一つ質問よろしいでしょうか?」

「ええ」

「魔女の生活においてこれほどまで来訪者が来ないのは普通なのでしょうか?」


 私は一週間共に過ごしてみて気になったことを尋ねてみた。

 シアは精霊とこそそこそこ話はしているようではあるのだけれど、それ以外の、いわゆる『人』などは一度も訪れていない。


 ここしばらくの間殆ど私に付きっ切りだったというのもあり、シアが出かけた様子も無かった。

 ただ一人でこの家に住んでいるみたいだったし、私がいるせいで他の人が来ないようにしているなら申し訳ない。


 お喋りが好きなようだし、この状況の方が普通じゃないんだろうな。

 私の内心と裏腹にシアは。


「えーと、普通っていうと個人差はあると思う。でも、私の場合、この状況は普通、ね。魔女としては異質だと思うわ。いろんな意味で」

「そう、なんですか」

「ええ」


 シアの返答で私は思わず返す言葉をなくす。

 私が何を話したらいいか困っているとシアは微笑み。


「さて、食事も終わったみたいだし、そろそろ行きましょうか?」

「あ、はい!」


 私は差し出された手を取り立ち上がった。




 シアの家――外から見るとただの小さな山小屋みたいだったが――から連れられ森を歩くこと十数分、私の見知った湖の対岸に出る。

 怪物が周辺に出没するということや、湖自体が広い上、周囲の地形の起伏が激しいため殆どこちら側に来る者はいない。

 移動が大変とはいえ私は街からそこそこ近いことが分かり一安心する。


 ここまで近い割にシアの家のことは街で話題にさえ上がらなかったところを見ると多分魔法か何かで見つからなくしているのだろう。

 変わりに女神の噂はあったけれど、恐らくシアのことで間違いない。

 私自身冗談半分で聞いていた話ではあったけれど。


「とりあえずここら辺でいいかな?」


 シアは周囲をきょろきょろと見回す私を置いて、近くの開けた平地に屈み込む。

 と、同時に何処からか幾つかの道具を取り出し広げ始めた。

 唯の散策、というわけでもなさそうなので私は近づきながら尋ねる。


「何をするのですか?」

「精霊たちに色々とあげるの。どうせだしアズもやってみる?」


 私が頷くとシアは何やら赤と黄土色と変わった光り方をする透明な瓶などを私の方に置く。

 私がしげしげと中に入っている粉末や液体を見ていると、シアが説明を始める。


「これらは私が精霊に話を聞かせてもらってる対価ね。世界各地から来てもらっているから結構な数来るの。あげ終わるのに半日は掛かったりする。だから来てもらうのはたまににしてるんだけどね」


 シアが言うとおり、遠くから微かに光る何かがこちらに向かってきているように見える。


「それで、私はどうすればいいのでしょうか?」

「今持っている瓶の中身を手の上に乗せて掲げるだけでいいの。欲しいものにあわせて精霊が勝手に寄ってくるから。無くなったら適当に乗せてくれればいいよ」

「分かりました」

「ああっと、忘れてた」


 私が瓶を開けようとしたところでシアが声をかけてきた。


「液体や粉末を吸い込まないこと。魔法をしっかり習得していない生物には少し刺激が強いから」

「そうなんですか」

「ええ。まあ仮に吸い込んだとしても何とかは出来るけど、辛いからね?」

 少しおどけたように注意してくるシア。


 その様子に少し口元を緩ませながら赤い粉末の入った瓶の中身を手の平に出して広げる。

 と同時に赤く光っている精霊が近づいてくる。

 私はそのまま天に向かって掲げるようにすると、手のひらの上をむず痒いような形容しがたい感覚が走ると共に、粉末を精霊が口に運んでいるのが見える。


「あ、食べるんだ……」


 私が穴が開くほど精霊の様子を観察しているとすぐに粉末がなくなっていく。

 新しい瓶を開けると違う色の精霊が寄ってくる。

 そうして繰り返しているうちに周囲の精霊の数も落ち着きを取り戻していった。


 その中で精霊の色が大体八種類ぐらいあったように思えた。

 特殊な光り方をする液体を乗せているときに一番精霊の反応が良かった気がした。


「お疲れ。どうだった?」

「腕を上げてるだけでしたが大変でした。でもそれ以上に面白かったです」


 一応休んでおいた方がいいという事でシアが荷物を片付けている傍ら地面に横になっている。


「それは良かった。精霊たちも結構アズを気に入ってくれてたみたいだし」

「そうなんですか?」

「ええ。精霊にも好みはあるわ。とても弱いけどね」

「なるほど……あ、精霊の色が色々ありましたけど、あれは……?」

「ああ、属性ね。今回来ていたのはは炎、水、氷、土、風、雷、光、闇、命の八種類ね。他にも幾つかあるけど、それぞれ属性に対応して色がちがうの。魔法を知ればよく分かるようになるから後々ね」


 シアはそれだけ言うと、周囲の精霊たちに話しかけ始める。

 といっても私自身は精霊の言葉自体聞こえないので一方的にシアが呟いているようにしか見えない。

 傍から聞いていると果物の話から突然ダンジョンの話になったり、かと思えば天気だったり災害だったりと脈絡が無さ過ぎる。


 私はゆっくりと上体を起こして帰り支度を済ませる。

 帰るときはここを通ることになるのかな。

 そう思いながらシアと家へと戻っていく。




 帰還後湯浴みし、居間に戻るとシアが刺繍を衣服に施していた。

 かなり手際がよく、一針ごとに一つの紋様が出来上がっていき、その様子は圧巻だ。

 手先をただ高速で動かしているだけらしいが、見ているほうとしてはもはや奇術や魔法の類にみえてしまう。

 私はその指捌きに見惚れながらシアの近くの椅子に座る。


「お湯どうだった?」

「とても気持ちよかったです」

 毎日水に入れるだけでも恵まれていた私にとってはあまりにも快適だった。


「それはよかったわ。そうね……どうせだしためしに何かしてみる?」

「いえ、私はお話を聞けるだけで十分すぎるので」


 シアが裁縫道具を置いて話しかけてきたので、丁寧に断る。

 私のために時間を割いてもらう必要は無い。


「そう……?遠慮しなくていいのに。私自身時間はいくらでもあるから。それに裁縫は趣味だし」

「そう、なんですか?」


 疑問を吐き出してから少し思い当たる。

 正直見た目が20歳前後にしかみえないから感覚が麻痺していたけれど、一応魔女だと思い出し、少しだけ納得する。

 趣味だというレベルではなかったけれど。


 シアは私が考えをまとめ終わるまで待っていてくれたのか、ちょうど私の頭の中が整理された頃に口を開く。


「ええ、アズが思う以上に長く生きているわ」

「えっと、どれくらいか窺っても……?」


 つい好奇心が勝り尋ねる。

 シアは人差し指を口元にそえ思い出すような仕草をしながら。


「そうね……数えるの止めてるから正確な数字は覚えてないんだけど……聖戦って知ってる?」

「聖戦って……聖書とか御伽噺に出てくる天使と悪魔の戦争のことですか?」


 聖戦は言伝で聞かされたりすることや神父が話していることがある内容だ。

 そういう場合大抵盛られているような描写が多いし、子供のしつけ用に使われているっていう話だ。

 一応年代として5000年以上前とは描写されるが、定かじゃないとか。

 人によっては聖戦なんて無かったなんていう人もいる。


「そう、それ。それよりかなり前から生きているから」

「え……」


 思わず思考停止する。

 いや、聖戦なんて言われたときから予想はしていたけれど。

 普段の様子からはまったくそんな年月の重みさえ感じられず、むしろ普通の人間と同じにさえ見えていた。


「まあ、そういうわけだから私の時間に関しては気にしなくていいよ」

 少女みたいににこやかに笑いながらシアは言う。

「そう、ですか?」

「ええ」


 正直考えても仕方が無いし、シアはシアで年齢なんて関係ないと考えてしまった方がいいのかもしれない。


「わかりました……とはいえ、漠然と聞かれても何ができるか私は知らないですし……」

 私が言いよどむとシアは頷き。


「私、かなり趣味多いから、大抵のことはできるよ。料理だってそうだし、錬金術、製薬、鍛冶、武芸、護身術、工芸、手芸その他もろもろ」

「えっと………では、手芸で……」


 かなり乗り気なシアに圧されてとりあえず身近なものを選ぶ。

 何かあった時に修繕できる腕をあげておくのは悪くない。


「わかった。それじゃあ――」

 シアは虚空から布を取り出し。

「どのくらいできるのか、まずは見せてもらってもいい?」

「わかりました」


 私はシアから布と裁縫道具を受け取り、そのまま固まる。

 えっと……何をどうすれば……

 私が困ったようにシアを見つめると。


「そうね……じゃあ…こうかな?」


 シアがそういうと私が持っていた布が突然穴だらけになった。


「この穴を全部塞いで見て。やり方は問わないわ。当て布するでもそのまま縫い合わせるでも」


 私は少し驚きながらも頷き、黙々と針と糸で穴を塞いでいく。

 シアも再び刺繍を服に施し始める。


「そういえば元々の私の服にも今着ている服にも胸元に同じ模様の刺繍がされていますが、この模様が好きなのですか?」

 私が縫いながら尋ねると。


「ああ、それは治癒力を高めて傷の治りを加速させる魔法陣ね。あまり意味は無いけど」

「意味無いんですか?」


 てっきり私の回復を早めるために入れたのかなと思ったけど、そうでは無いらしい。


「ええ、傷自体は最初に私が私が治したからもう塞がっているし。それにわざわざ魔法陣で刺繍する手間を考えるなら直接治した方が早いし、完全に保険……やっぱり趣味かな、うん。一応入れといたぐらいと思っておいて」

「あ、はい」


 そうこう話をしているうちに穴を全て縫い終えたので、シアに見せる。


「――うん、いいね。アズ、素養あるよ。練習すればもっと上手くなる」

「そうですか?」

「ええ、ちょっと縫い方が大雑把だけどそれ以外の処置は完璧。大雑把なのは縫いなれていないからだろうし」


 布の当て方や縫いあわせ方を確認しながらシアは。


「とりあえず今日は遅いし、練習とかは明日ね」

「はい」

 


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