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最強魔女と狼娘  作者: 双碧
第一章
18/26

収束

 イズクは白狼の一匹を枕にしたまま、目を閉じてピクリとも動かない。

 顔も土気色で呼吸もほとんどしていないように見える。

 シアがイズクの身体にできた傷を、指で触れるか触れないかの位置で確認していく。


「手当もしっかりされているし、疲れて眠ってるだけよ」


 私とディアムにそう告げるシア。

 ディアムはそれだけ聞くと怒った表情でシアと入れ替わりディアムの元に向かう。

 私は少しほっとして表情を緩める。


「最低限の血の確保と傷は塞いだから安心して」


 私に聞こえるギリギリの声でシアは呟く。


 ああ、やっぱりそれほどの……。


 ぎゅっと手を握り締める私にシアはただ微笑む。

 それはそうと、先ほどからディアムがイズクの頬をぺちぺちと叩いている。


 当然それで何か変わるわけではない。


「あ、眠ってるのは本当。体力使い果たしちゃったみたい。血が足りないからとかじゃなくてね」


 つまり落下した直後そのまま眠りに落ちたってこと、になるのだろうか。

 半信半疑でイズクの様子を見ていると、ディアムがイズクの耳元に口を近づけ、口を開いて何か語り掛けたように見えた。

 音が小さすぎるのか元々話していないのか獣人の私でも全く聞き取れなかった。

 それでもイズクは聞き取れたのだろう。


「………!?今なばばっばばばばば!?」


 目を見開き飛び起き、ディアムが構えていた棒に触れて感電する。

 イズクはそのままくたっと再び白狼のお腹に倒れこみ、白狼に凄い嫌そうな顔をされる。


「……あのさ、意識を失ってた怪我人にいきなり電流って酷くない?何?その程度であたしは死なない?それはそうだけども……」


 イズクのその言葉の後ディアムがとてもいい笑顔を浮かべる。

 当然目は笑っていない。

 イズクは自分が置かれた状況を理解したのか、表情を引きつらせる。


「いや!確かに今回は完全に私が悪かったって!言うこと聞かずに罠踏み抜いて、そんでこの有様だもの!許して!うぇ?私の作った刀を壊して、アズリエナまで巻き込んどいてそれだけで済ませる気って?えそれはその、えっとちょっ、まって体力がやばいのは本当だからポーチから道具取り出そうとしないで!」


 私はその様子を見て足から崩れ落ちる。

 どうやら緊迫感がなくなったせいで今更怖くなってきたみたい。


「ね?」


 小首を傾げながらシアがそっと手を差し出してくる。


「……ふ、ふふふ、シアには敵いません」


 私はシアの好意に甘えてその手を握り、イズクとディアムのじゃれあいを見ながらしばらくへたり込んでいるのだった。




「あー…………ひどい目に遭った…………」


 イズクがげっそりとした顔で呟くと、ディアムがちらりと視線をイズクに向ける。

 また何か変なことをしないか警戒しているのだろう。

 私たちはダンジョンから脱出するように足を進めていた。


 白狼達が私たちを先導して道を進ませてくれている。

 天使の話をシアにすると、こっそり私に今回の白狼の異変はその天使によるものと教えてくれた。

 ダンジョンというのだから他にお宝などもあるという話だったが、それを狙っているわけではなかったので今に至る、ということだった。


「それにしても、あ、今更なんだけど、結界無くなってるのね」

「ああ、それは多分これを私が使ったからかと思います」


 すっかり忘れていたが、ポーチから魔道具を取り出す。

 中にはあの時の光の剣のミニチュアが入っているが、それ以外はどう見ても香炉。


「……なにこれ」


 歩きながらではあるが、ディアムとイズクが覗き込むように近くに来る。


「魔道具、らしいです。結界張ったり、引っ込めたりできるみたいで」

「ああ、ディアムの道具の上位互換ね。なるほどじゃあ納得」


 思ったよりも早く身を引いたのに驚くと、イズクは明るく笑いながら。


「あたしのこの刀も魔道具らしいんだけど、結局使えるか使えないかだし正直理屈なんて分からないしね。どうでもいいし。どういうものかさえ分かればそれであたしは充分……なんだけど」


 イズクは頬をポリポリと掻きながら、ディアムに視線を向ける。

 私もそれに合わせてディアムを見ると、とても輝くような目で私の持っている魔道具をいろんな角度から見つめている。


「ディアムはこういうものに目がなくてね……何せ似た道具を自分で作っちゃうぐらいだし。悪いけど貸してあげてくれると嬉しいかな」

「あ、その前に。シア、これで合ってますか?」

「ええ。……あら?………ふふふ、なるほどね。ありがとう」


 シアは私の手の中の魔道具を受け取ると、少し驚いた後、そのまますぐに私に返してくれた。

 何となく含みがあったような、そうじゃないような……


 ……後でどういうことか聞いてみよう。

 私がディアムにそのまま渡すと、カチカチと針のようなもので表面を叩きながら歩きだす。


 危なくないのかな……?

 私の心配は無用だったようで。


「ああ、そうなったディアムは道具を全力で駆使して安全を確保するから、むしろ近づかないほうがいいよ。痛い目見るから」

「そうなんですか?」

「そうそう、ってそんなことをするのはあたしに対してだけ?!え、酷くない!?」


 ディアムが一瞬だけイラっとしたような表情と目線をイズクに向け、狼狽するイズク。

 それがきっかけとなり、イズクが罠を踏み抜きかけ。

 ディアムのポーチから金属の龍みたいなものが飛び出しイズクを壁に叩きつける。


「ぎゃふ!?」


 罠こそ踏まなかったが、そこそこ当たり所が悪かったのかお腹を押さえて蹲るイズク。


「あの、罠を踏みそうだからってそれは手荒すぎるんじゃ……?」


 私の言葉にディアムは不思議そうにこちらを窺うように見てくる。

 そんな不思議、みたいな顔されても……。


「大丈夫だよ、アズリエナ。むしろだいぶ加減されてたし。普段だったら壁にめり込むぐらいの勢いだもの」


 ふらふらと立ち上がるイズクにポンと頭を撫でられ、咄嗟に身を引いてしまう。


「え、あ。ごめん。嫌だった?」

「いや、そのそういうわけではないんですけど……」


 どぎまぎしていると、ぐいとシアに腕をとられる。


「今後アズに対してのアプローチは私を通してね。危ないから」

「そこまで!?え、私は歩く危険物かなにかなの!?」

「少しは自覚あるみたいね。ディアムもそう思うって感じだし」

「ちょっ、え、ディアムまで!?」


 ローヴが呆れた表情を浮かべて前方からこちらを見ていた気がした。


「あの、それよりローヴや他の白狼達が困ってるので、先に進んでしまいませんか?」

「そうだね」

「ちょっと、あたしの弁明は!?」

「後ででいいでしょ?」


 そうして難なく入り口に辿り着くころにはディアムが解析を終えたらしく、ほくほく顔で私に魔道具を返してきた。




 入り口から出るともう既に外は暗くなり始めていた。


「っ!」


 イズクがざっと、私たちの前に躍り出る。


 目の前には朝見かけた白狼――ビエリが座って待ち構えていた。


 案内してくれていた白狼達が向こうに移動していくのを見て、イズクは警戒を緩めていく。


「私たちが様子見てるから二人は拠点に荷物纏めてくれる?」

「え、いいの?というか二人で大丈夫?」

「アズに白狼が懐いてたでしょ?だから問題ない筈」

「うーん、ま、それもそっか。分かった。でも何かあったら呼んで。飛んでくから」


 そう言ってイズクとディアムは拠点へと移動していく。

 ビエリはそれを脇目で見ながら落ち着いた様子で事も無げに話始める。


『どうやら事は滞り無く済んだ様だな』

『ま、仕上げこそ残っているけど、そうなるかな』

『それでこちらとしては十分すぎる。また借りを作ってしまったな』

『いいの、別に。今回は私は特に何もしてないしね。殆どアズがやってくれたから』


 シアの言葉に合わせてローヴが小さく吠える。


『そうか。いや、妙に懐いておると思ったが。此度は我が子孫たちが迷惑をかけたであろう。そなたの献身には頭が上がらぬ』

『いえ、そんなことは!むしろ助けて貰ってばかりで』


 ビエリは私の言葉にすっと目を細めて。


『謙遜はいい。そなたが居なければこやつら……長に名を付けてくれたのだな。ローヴ、か。中々に良き名だ。ローヴを筆頭とした群れは全滅してたであろう。好き好んでエレスティーノの下にいるだけはある』

『そんな私の下にいるのが罰みたいないい方しなくてもいいんじゃないの?』

『事実であろう?其方の本質はそも尋常な者が耐えられるほどのモノではないのだからな。我とて共に暮らすとなれば発狂しかねん』

『え、シアってそんなにやばかったんですか!?』


 会話の流れに思わず飛びついて聞いてしまう。

 私個人としてはビエリと一緒に暮らすと考えるほうが気が気じゃないのだけれど。

 シアは不貞腐れたような表情で、しかし反論も説明もしなかった。


『……まあ、今のエレスティーノしか見てないのならば、それもさもありなんと言うところ。それよりも、我としてはこんな短期間で精霊言語を使いこなす其方の素質に驚きを隠せぬ。いくら精霊に好かれており、ここまで慕われていたとしてもそうはならぬであろう』

『えっと、必死だったからとしか……』

『必死にやればどうにかなるというものではないのだ。特に魔法、精霊、そういった自己の肉体のみに頼らぬモノに関してはな。……エレスティーノ。失礼だが何か目を盗み改造などしておらぬよな?』

『私が態々そんなことすると思う?』

『であろうなぁ……魔法が使えるものならまだしも、使えずにこれとは、いやはや長く生きると不思議なモノばかり見る錯覚に陥るわ』


 ビエリはあからさまにやれやれといった様子で首を振る。


 ……なんだろう、凄い複雑な気分。


 珍妙なものを見る目で見られているからだろうか。

 それを察したのかシアが話題を変えるように。


『で、ビエリ。貴方たちはどうするの?』

『何、いつもと変わらぬよ。……生憎このような事態にすぐに何か渡せるほどのモノは無い。知識とてエレスティーノで十分であろう。……希望があるなら聞きたいぐらいだ』

『私は別に何もいらないけど……そうね。アズ、貴女はどう?』

『ええ、とじゃあ、一つだけ。ビエリ、さん?貴方のことを知りたいです』


 私の言葉に目を丸くするビエリ。


 ……まあ大きな白狼なのでそう見えたような気がした程度だけれど。


 数秒の沈黙の後。

 ビエリは大きく白い息を吐き出す。

 呆れられたと私が勘違いしかけたところで。


『大変気に入った。我のことだな?よい。だがいかんせん話せることが多くてな。時間をかけざるを得ない。故にこの場では自己紹介程度で留めておこう。あとは、……ローヴ』


 ビエリの言葉と同時に私の目の前まで歩み出るローヴ。

 そしてそのまま座り私と同じ目線になる。


『其方がよいのであれば、こ奴を其方との橋渡しとしよう。エレスティーノ程とは言わぬが、ここまでの往復路を快適に行き来してくれるだろう』

『とても有難いのですが、いいんですか?』

『良い。そもローヴの申し出であり、其方がよければそれでよしな話だ。気を遣うことはあるまい』

『…………分かりました。ローヴ、よろしくお願いします』


 私の言葉に低く唸りローヴがビエリの元まで戻っていく。


『さて、自己紹介としよう。我が名はビエリ。白狼の中では生ける伝説として名が知れ渡っておる。この名はエレスティーノが我に付けた名だ。聖戦も経験しておる。我のような者は世界各地にぽつりぽつりと残っておるな。向こうが会おうとしない限り其方では遭遇もままならぬだろう。それはさておき、だ。ふむ……』


 ビエリはそこで一旦区切り、私を見つめた後に再び口を開く。


『我のことを、とも思ったが、其方、白狼のこともさほど詳しくはなかろう。今日はそちらを優先しよう。白狼は狼の一種、というのは知っておろうが、別に寒い地域限定の生物ではない。ただ周囲の環境が適しているのがこのような寒い地方というだけである。肉食である故、群れを作り狩をするのが基本だな。狩の対象は人とて例外ではないが、それは仕方あるまい。ただの自然の闘争であるからな。そこは分かってくれるな?』

『……まあ、はい。それはそうですね』

『とはいえ、白狼とて恩人を食べるほど礼儀知らずではない。そこまで警戒せずともよい。何よりエレスティーノの怒りは買いとうないしな。で、だ。少し変わっているところは夜行性のモノとそうでないモノがおるということであろうな。正確には昼間の狩りを得意とするものと、夜間の狩りを得意とするものというだけではあるが、そこはよい。今回問題となったのは洞窟に住む夜間の狩りを得意とするものである。恐らくローヴの群れを除いた殆どが全滅してしまったのあろう?』


 ビエリの言葉に低く唸り返して少し不満げに高く吠えるローヴ。


『ふむ……手傷こそ負わせたものの、倒れたものは割と少ない故、個体数は大きく減少とまでは至っていない、か。我や天使が食い潰してしまった個体数を考えれば痛手ではあるがこれならばなんとかなる、かのう……。いや、独り言だすまぬ。要は同じ仲間とて一様ではない。それが顕著というだけだな』


 私が黙って真剣に聞いていると、シアが脇から口を挟んでくる。


『ま、どの生物でもいえることだけどね。そういうのは』

『然り。……ところでエレスティーノよ。こういうことはあまり慣れていなくてな。何を説明したらよいか少し困るのだが』

『貴方たちにとって当たり前のことだものね……それに意識することもこの辺じゃ殆どないだろうし。ビエリ自身の過去を語るのはそんなに難しくないだろうけど、うーん、ねえアズ、何か特にこれはって感じで聞きたいことある?』

『えっと、巨大化とかそういう話は……』


 巨大化した動物が大人しいことが多い傾向ぐらいは知っているけど、どうして起きるかまでは全く聞いたことがなかった。

 この国の中でそういうのが増えているっていうのも少し気になる点。


『ああ、それならば容易だ。幾つかそうなる要因があるが、我に関しては至極簡単な話、寿命を超えての生存、それに尽きる。才能と運、そして偶然が重なればなるというやつよ』


 思ったより説明が単純で拍子抜けする。

 そんな私の様子を見てビエリは言葉を続ける。


『とはいえ、だ。理由は簡単でもこのタイプは実際に起きることはそうそうあるまい。寿命を超えての生存なぞそう易々と出来るものではないからな。更に巨大化するかどうかもまた個体差がある。一例を挙げれば人はそうならぬようだ。……要因自体を網羅してほしそうな目で見られても我も全部は知らぬ。エレスティーノに聞いてくれ』

『ビエリは相変わらずね。知ろうとしなかったのかしら』

『我は其方ほど自由には動けぬのでな』

『あら、さっきは不自由と私を称していたのは誰かしら』

『動くだけならいくらでもできるであろう、其方は』

『まあね。じゃ代わりに。巨大化は基本、外的要因に依るものよ。逆に言えばビエリのような内的要因によって引き起こされるものの方が稀ってこと』

『え……ということは――』


 今の話が本当なら誰かが巨大化を引き起こしているということ。

 イズクの話からすればそれが人を襲わせてることに関係していることになるのだけれど。

 私の表情から察したのか、シアは私の言葉を遮り話し始める。


『うーん、そこまでいくと話が飛躍しすぎかな。外的要因は天候や精霊も含んだものだから。例えばそう。精霊に好かれて、精霊から提供された魔力を多量に取り込み肉体の再構築を行えば巨大化するのもありうるしね。割と巨大化自体は珍しいものじゃないし。一番簡単なのはただ本当に成長しすぎただけってやつだしね』

『そうなんですね。じゃあ深刻ってわけじゃないんですね』

『ま、その部分だけ切り取ればね。船で見せたピラサみたいな例もあるから気をつけるに越したことはないけどね』

『そういう意味でも各地の巨大化したモノが人を襲っているというのは我も気にはなるところでな。基本争いを好まなくなるのだが……やはり何かあるな』

『ええ。まあでもとりあえずは様子見するのが得策ね。絡んで貴方までああなってしまうのは心苦しいから』

『あまり心がこもっておらぬではないか其方は……まあよい。日も暮れてきておろう、我もここらで引かせてもらう。よいか?』

『はい、ありがとうございました』


 私とシアが軽く頭を下げると、ビエリとローヴ達はさっと起き上がり森へと駆けて行った。

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