奮闘
「さて、と。どうしたものかな」
イズクは二刀を構えなおし、上にいる天使を睨む。
アズリエナの様子から目を見ると動きを制限されてしまうのだろう。
それだけではない。
現状厄介になっているのはあの天井近くに大量に生成されている光の杭。
どうやら切ったりできないどころか、物を無視して進めるようだ。
まだ数が増えていっているのか、もう分からないが、何故か打ち出さない。
「そもそもあたしを見ていない、か」
逃がすつもりなんてないだろうけど、少なからずアズリエナを追う様子はなくて安心する。
この天使に勝てる気はしない。
何よりさっき受けた傷からは滾々と血が流れ続けていて、もって十分もないだろう。
それ以上は意識を失う。
先程開いた壁もいつの間にかあの黄色に輝く何かに覆われてしまっているし、退路など無い。
イズクは大きくため息を吐き出し、刀の一本の柄を取り外す。
「本当はあんまりやりたくないんだけどね……」
抜き身の刃をイズクはしっかりとその手で握りしめる。
当然ながらその手からは出血するが、イズクは気にした様子はない。
天使は気にした様子もなく、だが杭を打ち出すような構えをとる。
イズクは部屋の隅から隅まで目を走らせ、空間を読む。
イズクが把握しきるか否かのタイミングで杭が打ち出され始める。
その光の杭の雨は地面に向かって隙間なく打ち出されている。
避けることなどできるはずもない。
本来なら。
イズクは次々とその身を隙間に潜らせ重力などお構いなしに宙さえ駆ける。
傍から見れたのならばイズクがそこらかしこに点在しているように見えただろう。
反射の刀。
柄は反射の力を制御しやすくし、扱う者を傷つけないように調整された、ディアムによって製作されたものだ。
すなわちその本領は抜き身で持った時に発動する。
その力は使いこなせれば宙を自在に駆け抜け、移動できる。
イズクはわずかにずれている光の杭の合間を泳ぐように飛ぶように刀を振るい難なく通り抜けていく。
それがどんな僅かな隙間だろうと、穴があれば移動ができてしまう。
反動として衝撃波を巻き起こすため、味方がいる場面ではまず使えない。
そもそも、この刀は魔道具であり、尋常の人では一分と持たず身体が崩れてしまうだろう。
「やっぱりくるなぁ、これ」
イズクは少し顔をゆがめる程度で難なく扱って見せる。
まだ天使までの距離を詰めれるほどの道は出来上がっていない。
「天使、か」
一度だけ似たようなやつと出会ったことがある。
今よりもイズクが弱かったといえどもその時でさえ、複数名の英雄が束になり犠牲があってようやく打ち取れるレベル。
一人だけなら生き残るだけでも至難の業だろう。
だが、生憎向こうは何を思ったか探るようにずっと杭を地面に打ち続けている。
こちらを見ていないというなら、いくらでもやりようはある。
あれを止められたらその時点で私の負け。
意識を向けられても負け。
そして時間が経って意識を失っても負け。
「勝ちの目はほぼなし、ね」
また部屋を縦横無尽駆け回り隙を探す。
たまに失血で目の前がぼんやりするけど、気張って意識を保つ。
流石に自在と言えども掠らないわけではなく、表皮が少し裂ける。
掠り傷で済む分には撃ち抜かれた時のように血が止まらない、ということはないらしい。
「!」
一瞬見えた道筋をイズクは見逃さなかった。
刀を揺らすように振り、正確にその道を辿る。
そして天使の背後まで一気に加速する。
振るうのは普通の刀。
業物と呼ばれはするがただの刀。
それでとどめを刺せるような相手ではないだろう。
思いっきり叩き切ろうとし、天使が一瞬こちらを見る。
察知していたがごとく手を、その先には紋様が描かれ。
イズクはその真反対側から天使の目と翼を一つ切り落とした。
「勝てないからって、傷がつけられないって話じゃないからね!」
通り過ぎるように地上に降り立ち再び天使に目を向ける。
「これは想像以上だったかな……」
イズクの頬を冷や汗が伝う。
上空で天使は切られた翼や目など気にもせず興味深そうにイズクを見つめている。
――最低限落ちてくれれば、まだ幾らでもどうしようもあったんだけどな。
イズクは舌打ちをして、再び両の手に力を込める。
天使は値踏みをするような目でイズクの一挙一動を見ている。
つまりさっきの一撃でさえ脅威として見られていなかった、ということになる。
とはいえ、光の杭の絨毯爆撃は止まってくれていて、動きやすくはなっている。
次は注意をイズクに向けてくるということだろう。
これは死んだだろうな。
イズクは内心そう思いながらも再び加速し上空へと跳び上がる。
何もしなければ、恐らく容赦なく止めを刺されるだけ。
あちこちを高速移動し天使の死角を探しながら通り過ぎ様に軽く刀を振るう。
当然、読まれていたがごとくその太刀筋は見切られ避けられる。
出血の関係で少し意識が飛びかけるのを再び堪える。
――間が悪い、な本当に!
ちょうど視界が暗転しかけたところで、天使が腰の剣を素早く抜き、振るう。
間一髪で刀で受け止めるが。
バキッという不快な金属音と共にイズクは壁まで吹き飛ばされる。
反射的に刀を振るい軌道修正し壁に激突は免れるが、普通の刀の方は柄の近くで折れてしまっていた。
それを認識すると同時に自分の隣に折れた刃が刺さる。
「……っ!」
急ぎ左に横跳びし追撃してきた光の杭を避ける。
――止まっていたら死ぬ!
イズクは急加速し、再び宙へ舞い上がる。
『――』
天使は軽く何か呟いたようだが、イズクにそれが何か理解する術はない。
「何言ってるんだが分からないから!」
虚勢を張り上げ天使に肉薄し、イズクはハッと迂闊だったと気づく。
眼前には魔法陣が広がり、その中心からは光の剣が出始めている。
今のイズクにそれを避けるだけの時間も技術もない。
そのまま胸から突き刺さってしまうだろう。
ああ…あたしのバカ…技が一つだけなわけがないって今更……
後悔が頭を駆け巡るが、一つ瞬きをし。
なら、もう一太刀!
折れているとはいえ刃は残っている。
大したダメージにはならないだろうが、気休め程度にはなるだろう。
「イズクさん!?」
背後から驚いたようなアズリエナの声が聞こえる。
――なんで戻ってきちゃったのかな……あの子らしいっちゃらしいけど。
口元をふっと緩め、天使を睨みつけそのまま突っ込む。
――あの子がいるのならば刺し違えてでも!
イズクの覚悟とは裏腹に光の剣は刺さることなく、刀が天使の持つ剣と拮抗する。
すぐさま天使は更に上空に上がったため、イズクは勢いを殺しきれず地面へと落下する。
それを下に構えていた白狼がジャンプし受け止める。
ローヴとは違う個体のよう。
ものすごい嫌そうな目をされてるけども、それは仕方ない。
イズクはそこまで来て何故か安堵してしまい、急速に意識が遠のいていくのを感じる。
――ああ、まだ駄目なのに、どうして……。
イズクの気持ちとは真逆に頬は緩んでしまっていた。
遠くからとても強い何かがぶつかり合うような音が響いてくる。
『ローヴ、急いで!』
私の言葉に更にローヴが加速する。
その後ろには傷を治した白狼達が続く。
この音の発している場所は恐らくイズクの居た広間。
あの傷でこれだけの音を響かせるのだから、そろそろ本格的に命が危険……!
ローヴを中心に結界を再び張りなおして少し範囲を広げて進んでいる。
視界の脇にあの広間で見た黄色に光る何かを見つける。
『ローヴ、あっち!』
広間に入る入口に向かって直進する。
それと同時に棘のように鋭く黄色の何かが突き刺そうと飛び出してきて。
バリッ!!
雷が走ったかのような音と共に結界に棘が弾かれる。
黄色の何かはそのまま棘の数を増やして貫こうとするものの、全て悉く弾き、折り、そのまま広間にローヴと共に飛び出す。
目に入るのは魔法陣から出ている光の剣にそのまま突っ込んでいこうとするイズクと、それを見る天使。
「イズクさん!?」
ああ、だめ!避けて!
その様子をただ見ることしかできず、私は無意識にに手にしていた魔道具を強く握りしめる。
すると。
「!?熱っ!?」
魔道具がこれでもかというほどに熱くなり思わず手を離し、私は魔道具に視線を移す。
香炉のような中には先ほどまで見ていた光の剣のミニチュアらしきものが映し出されている。
そんなことより!
私はそのまま天使とイズクに視線を戻すと、イズクが落ちていくのが見えた。
『イズクを助けて!』
白狼に助けを求めながら、香炉を拾いつつ私もイズクに駆け寄っていく。
地面に激突する前に白狼が落下地点に構えジャンプしてイズクを受け止める。
そのまま私の元まで駆け寄ってきたので、ざっと傷の具合を見る。
――ああ、良かった、傷はそんなに増えてない。
表面こそ切れているような痕はあるが、それだけだ。
天使相手に上手に立ち回ったのだろう。
白狼達に使った布をイズクの傷口に手早く巻いて、魔道具を片手に両手剣を構える。
『安全な場所に、お願い』
白狼は頷き、そのままイズクを咥えて下がっていく。
私一人、いやローヴ達と組んでもまともにやりあえないだろうけど、時間を稼いで引くぐらいは。
ようやくまともに見れた天使の姿は片眼が切られ、片翼になっている。
天使だから血が出ないのか、それとも。
人だったら致命傷なはずのなのに動じた様子はない。
それどころか少しずつ見た目が元に戻っていっているようにも見える。
目は合わせちゃ駄目。
気をつけながら動きを見ていると、突然違う方向を向き。
『――――――――――――』
何事か呟いたのち、姿が霧散していた。
辺りを見回すと黄色い光る何かも跡形もなく消えている。
「た、助かったの……?」
イズクを咥えた個体を含めた全ての白狼が私の周りに集まってくる。
白狼達も危険がないと判断したようだった。
『ありがとう、皆』
私はお礼を言いつつ、降ろされたイズクの手当てに入る。
些細な傷はもう塞がってはいるものの、時間がたったせいか、顔が土気色になり始めている。
「血が……」
強く止血してみるもののやはり流れ出ている血が少なくなるということはない。
どうしたら……!
「アズ、大丈夫!?」
「シア……!」
おろおろと何かないかと探していたら、そんなシアの声が響いてきて思わず涙が溢れてくる。
声のした方を向くと駆け寄ってくるシアと、何処にそんな力があったのかと思うほどの速度で近づいてくるディアムが視界に入る。
白狼達は警戒して一歩下がるが、気にせず私は口を開く。
「私は大丈夫です!でもイズクさんが……!」




