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最強魔女と狼娘  作者: 双碧
第一章
14/26

常闇の迷宮

「なんだったの……」


 先程までの緊張した空気に対して、ただ自分には関係ない様な、しかし理解を超えている出来事が起きただけともいえる状況に、イズクは抜いた刀をしまうこともせずに立ち尽くしていた。


 それはディアムも同じ様だったが、すぐにディアムは私たちにアイコンタクトを取ってくる。

 私はそれとなく意味を取って、聞き返す。


「中と外では種が違うんじゃないか?そして縄張り争いをしているのでは?ってところですか?」


 ディアムが頷くのを見て、シアに確認をとる。

 私としては詳しく分からなかったけど、恐らくそういうものではない。


「どうだかは白狼の死体を確認しないと分からないんじゃない?あそこまでなってるならどっちもしばらくは警戒して近づかないだろうし」


 シアの言葉を受けてディアムはすたすたと入り口まで歩いていく。

 私もそれに続きざっと様子を見る。


 どの白狼も急所を一撃で貫かれてやられている。

 恐らく即死。

 ビエリが狙ってやったことだろう。


 ディアムが白狼の首筋や、腹、瞳などを確認していく。


「どう?」


 イズクの声に首を振って応じるディアム。


「ってことは同士討ち?ますます解せないなぁ……」


 首を傾げるイズクはそれぞれ白狼の死体を触って確かめるように頷く。


「でも確かに聞いていた個体と同じ……ああ、もう、めんどくさい!さっさと中を制圧してしまえばいいんじゃないの、これ!それでよくない!?どうせ同種からもやられるってことだし迷惑なんでしょきっと!もうそれでいいよね!?」


 途中で考えるのが面倒になったのか、そんなことを言い出す。

 ディアムがイズクをとても冷たい目で見ているのだが、いいのだろうか。

 多分またしばらく無視されたりするのでは……。

 私が場違いにもそう心配していると。


「ま、入ってしまうというのは賛成。でも制圧は難しいと思うよ。白狼相手だもの、割と狡猾で丈夫よ?大人しく殲滅されてくれるとは考えないほうがいいんじゃない?ダンジョンの広さも分かってないんだし、襲われたら撃退ぐらいで済ませるほうが妥当でしょ。そもそも拠点を作った理由もそれだしね」

「う、え、とそうだ、そうです。頭に血が上ってすみませんでした」


 シアの言葉で冷静になり、ディアムの顔を見たのだろう。

 狼狽えながら頭を下げるイズクにディアムがため息を吐く。

 ディアムはシアと私を見て、ついで入り口を見つめる。


「あ、たぶん暗いけど大丈夫かって聞いてる。そこらへんは昨日計ったから大丈夫」


 イズクの言葉に頷くディアム。

 そして地面に数字と名前を綴っていく。


 一番目がディアム、二番目がシアで、私が三番、そして最後がイズク。

 恐らく中に入る順番のことだろう。


「ま、いいんじゃない?ディアムだったら罠も見えるし解除もできるからね。船頭はそれで。で私が後ろなら仮に離されても一気に距離は詰められる。シアはディアムを補佐してもらえばより安全でしょ」


 イズクのその発言を皮切りに皆それぞれ武器を構えてダンジョンへと足を踏み出した。




 中は外の見た目と違いしっかりとした構造をしている。

 多分私の両手剣をぶつけたところで傷一つ入らないだろう。

 色こそ同じだが、昨日の遺跡とはまた違う表面をした石で、軽く触れてみると何か不思議な感覚がする。


「そういや入ったときなんか変な感じしたんだけど……」


 イズクが思い出したように身震いして後ろをついてくる。

 ディアムが振り返りふるふると首を振る。


「そうね。今の所は問題ないんじゃないかしら」

「なら大丈夫か~」


 イズクがシアの言葉にあっさり流される。


「今の所はって怖いのですが」

「言葉の綾ね。正確には私達には影響はないけど、そのせいで何か起こるかもしれない、と捉えて貰えばいいかな。あれに対して特に今できることもないし」

「そうなんですか?」


 私がシアに尋ねると、代わりにディアムがこくりと頷き、立ち止まり壁を軽く叩いたのち不思議そうな表情を浮かべる。


「なんか結界っぽいのが遺跡の壁全体に張り巡らされていて、たぶんそれじゃないかって?」


 イズクの言葉にディアムが頷き、今の所一本道の先を指さす。


「進むのを優先、っていうのは分かるんだけど、なんだってこんな分かりにくい結界が張られているんだろう」


 イズクはそっと抜刀し壁に切りかかると、反動で反対側の壁に叩きつけられるように飛ばされる。

 そのまま足を向かい壁につき、屈伸して衝撃を殺し、床に降り立つ。


「うん、壁を壊してショートカットも無理か!」

「さらっと何してるんですかイズクさん……」

「いや、この手のダンジョンだったら壁をぶち抜いて最奥まで行くのが一番楽かなと思って」


 イズクの悪びれもない態度にディアムが大きくため息をついて先を歩き始める。


「ちょっ、少しぐらい何か言ってもいいんじゃない!?いや、普段から口では何も言わないけど!ちょっとした冗談――……」


 そんなイズクをディアムはちらりとふりかえり絶対零度の視線で射貫く。

 その眼圧に押されてかイズクは頬を引きつらせる。

 イズクの目線は丁度ディアムのポーチに向いている。


「そ、それはやめてもらえると嬉しいかなー……一応ダンジョンだし……ね?」


 イズクの言葉を聞かず、ディアムはポーチから水晶のようなものを取り出す。

 同時にイズクは慌てたように二本抜刀し頭の上に構える。

 瞬間イズクの頭上から雷が落ち、衝撃と雷が刀に伝わる。

 その力は凄まじいのかイズクの腕はとても震えている。


 そしてディアムの水晶から透明な紐のようなものが出てきて、イズクの首に巻きつく。

 すると、同時に雷が消え、イズクはぎこちなく刀を鞘にしまいなおす。


「……あの、ディアム、さん?えっと、この紐を解いてくれると嬉しいのですが……」


 イズクの言葉を聞かずディアムはそのまま先に歩きだす。

 イズクもそれに合わせて進む。


 のだが、どうやらどこか動き方が不自然。


「えっと……?」

「あっと、動き、操られてるの。余程のことが無いと使わないし、一応振りほどけなくはないけど……そんなことしたら滅茶苦茶機嫌悪くなるから……」


 イズクは笑いながらそう言っていたが、目尻に涙が溜まっていた。

 今までの行動を踏まえると、致し方ない気もする。 

 私が呆れながら笑い返すと、あははと力なくイズクは笑い、ため息を吐き出した。


 そうして進んでいくこと数分で三又の分岐路に辿り着く。

 ここまで一本道だったこともあって罠もなく、白狼に出会うこともなかった。

 ディアムはほうぅと大きく息を吐き出し、イズクの拘束を解く。

 そしてちらりとイズクを見て促すように前に進ませる。


「え、何?どの道行きたいか選べばいいの?」


 イズクの言葉にこくりと頷くディアム。


 一本はこのまままっすぐ進む道。

 もう一本は下に下がる階段。

 最後のもう一本は来た道側に返すようになっている道。


 それぞれなんとなく進むのを躊躇いたくなる雰囲気を醸し出している。


「そうね……あたしだったらまっすぐ進む道か、返す道を進むかな」


 イズクがそう言い放つと同時にディアムは階段を指さし進み始める。


「ちょっと!?あたしは罠探知機じゃないから!ほら!」

「えっ!?」


 イズクが私の手を引いてまっすぐ進む道に踏み出して、私はつんのめるように進んでしまう。


 ガコン。


 壁の中で何かが動くような音がしたかと思うと。

 冷たい目でイズクを見るディアムと、流石に苦笑いしているシアが視界の端から突然消え。

 だだっ広いいくつもの道がある大広間に飛ばされていた。




「………」


 私は隣でポカンとしているイズクを見て、嘆息する。


「別れちゃいましたね」


 何となくこうなる気はしていたけど。

 イズクは私の言葉に反応することなくただ突っ立っている。


 その間にざっと広間の様子を窺う。

 私たちがいる場所は広間の中央。


 広間自体は特に何かあるわけではなく、ただ広いだけ。

 天井まで人五人分ぐらいの高さがあり、ここから壁まではざっと三十人分の身長の合計ぐらい距離がある。

 壁の模様からは何となく神殿を彷彿とさせられる。


 そして通路がそれぞれの壁に三個ずつ。

 正面だけ上に二つ道があるようだが。そこを上るための階段が崩落している。

 頑張れば登れなくもないだろう。


 ただ、問題としては一体ここが何処なのか。

 そもそも同じダンジョン内なのかも怪しい。

 今まで見ていた壁とも違う様子だし。


 同じダンジョンだとしても地上からどれだけ離れているかが分からないことには進退を決めるのも難しい。

 こうだだっ広いと待つ場所としてもあまりふさわしくないし……。


 どうしたものかと思案していると、イズクがようやく我に返る。


「あ」

「あ?」

「あああああああああああ!?またやっちゃった!?どうしよ!?アズリエナ、ごめんね!ダンジョンを崩落させてでも何とかするから!」

「お、落ち着いてください。崩落させるくらいなら普通に道を辿りましょう?」


 唐突に叫びだしたイズクに肩を揺すられ、私は目を白黒させながらなだめる。

 気配はないものの、あんまり騒ぐと呼び寄せちゃうかもしれないし。

 耳を澄ませて探ってみるものの、今の所どこからも音がしない。


 それはそれで不思議ではあるんだけど。

 入り口にいた数もそこそこだったので、それ以上いても不思議ではないはず。

 なのに今のところ零。

 それどころか音すら感じさせないとはどういうことだろう。


 全くここの場所が違うのか、それとも――


「じゃ、じゃあとにかく移動しよう!ディアム達と合流したいし!どの道行こうか?えーと、ひーふーみー……十四?流石に総当たりはきついかもしれないね。えーと、あたしがパパっと高速で見てきてもいいけど」

「……申し訳ないのですが、少し一人だと心細いので一緒に行きませんか?」


 多分今の私が白狼複数体と遭遇したら手に余る。

 なにより何か面倒なことを起こしてきそうだし、戻ってこれなさそう。


「そか。じゃあどこ行くか決めよう。私は今向いているほうの下の三つのうちどれかがおススメ」


 自信満々に言うイズクだが。

 流石に明らかに目の前に罠がある通路を進もうと進言してくるとは思わなかった。

 罠を越えた先に正しい道がある、というのも一定数あるのだろうけど、今は合流を目指しているのだから――


「順当にいくとこの上にある通路、を進むのが妥当なんだろうけど……」


 必ずしもその通路が地上に近付くように作られているとは限らない。


 ……。


 一旦全ての通路の前で音を聞いてみたほうがいいかもしれない。

 そうすればどれぐらい深いのか、道が長いのかざっくりでも分かる。


「イズクさん、音でどれぐらいの距離あるか計りたいので、それぞれの入り口で音を鳴らすのお願いしてもいいですか?」

「分かった!」

 



「これで最後!」


 ガツンと刀が壁と激突する音が反響して通路に響いていく。

 正面を北と仮定して西の北側通路で音を聞く。

 数十秒後弱くなった音が東の南側通路から聞こえてきた。


「えー、と、どう?」


 イズクの示した正面三つは全て反響がその通路から返ってきている。

 それ以外の東、西、南は違う通路と同じ通路両方から音が返ってきていた。

 そして正面上に関しては音が戻ってこない。


 これをどう捉えるか。


 上に関しては深いか、行き止まりがないということ。

 東、西、南は分かりやすく、行き止まりがあり、かつ他の通路と通じている。

 正面三つはそこそこ浅いところに行き止まりがある、か。


 この要素なら探索するのは順当にいくと正面三つ何だろうけど……もしかしたら最奥になるのかもしれない。

 合流を優先するならそれ以外がベター。


 追加して問題はこの響いた音をダンジョン内にいるだろう何かが聞きつけてこの広間にやってくること。

 数によってはどうしようもなくなるだろうから、なるべくなら終わらない可能性が高い道を選ぶのが得策。


 とすると……。


「上の道に行きます。確か右側が罠もなかったはずですし」

「わかった。掴まって」


 私はイズクに捕まり、イズクは抜刀し反動で上の道のところまで跳ね上がる。

 さっきも確認したが、確かに見て取れる罠が左側にはある。

 解除方法も分からないので、避けて進むしかない。


「やっぱり右に行くしかないみたいです」


 ここまで短い時間で行ったが、やはりというか他の通路の奥から生き物が蠢くような音を拾う。

 イズクもその気配を察したのか。


「そうだね。とにかくここは一旦離れたほうが賢明かもしれない」


 躊躇なく私が示した道を進んでいく。

 周囲の様子を窺いながら、私はイズクの後ろに続く。

 観察してみると壁の雰囲気がやはり違う。


 まず色が白い。

 暗くても分かるぐらいに白い壁で、触れてみると不快な感じで、少しぞわぞわする。

 なんで不快なのかは全く見当もつかないけれど、ダンジョン自体が違うような気がする。


 しばらくそのまま進んでいくと、左右への分かれ道に差し掛かる。


「……アズリエナ、どの道行く?」

「えっと……罠がなさそうな道を通るしかない気もしますが……」


 現段階で音を鳴らすのは後ろから追われる形になるだろう。

 耳を澄ませると、右側からは何かの駆動音、左側からは何かの呼吸音がかすかに聞こえる。


 右が罠で、左がダンジョンの中の生物、かな……?

 それをイズクに伝えると。


「じゃ、左で出会ったやつは切り捨てて進むしかないのかな」

「えっと隠密に行くっていうのは……?」

「この通り道だし、せいぜい五人並んだら通れなくなるくらいの道幅じゃあ隠れては無理でしょ?だったら先制できるうちに処してしまった方が身の安全を守れるよ?」

「でも、もしかしたら襲ってこないかもしれないじゃないですか」


 無条件に襲う、ということに躊躇う私に、イズクは苦笑いして。


「アズリエナは甘いね。ま、でなきゃあたしみたいな英雄が出張って守る、なんてこともないんだけどね。分かった。なるべく戦わないで切り抜けよう」


 イズクは二振り抜刀し、警戒した様子で左の道を歩み始める。


「ま、無理そうならさっさと殺っちゃうから、そこは悪しからず」

「分かりました」


 私も念のため両手剣を構え、イズクに続く。

 ある程度真っすぐ進んだところで、だいぶ呼吸音が強く感じられるようになってきた。


 フッ、フッ、フッ、という小刻みに息をしているようで、多分これは――


「次の右に曲がる角、その先に多分白狼がいる。あとは……よく分からない何かの気配がある……ん……?遠ざかる……?ナニコレ?」


 私がそう感じたものの他に、イズクが私の耳で感知できない何かを捉えたみたいだったが、とても複雑な表情を浮かべている。


「どうしたんですか?」


 小声で聞き返すと、イズクは私を手で制し、気配と音を殺し一瞬で角まで移動する。

 イズクはそのまま私を手招きして。


「おかしい、いや気のせい……?まあいいや。この通路にはなんか負傷した白狼が一匹いるだけだし、ささっと通り抜けちゃわない?」


 私も角から頭を出して確認すると、イズクの言う通り少し離れたところに怪我をしているのか蹲るようにして向こうを見ている白狼が居た。

 周囲に争った形跡はない。

 確かにイズクの言う通り通り過ぎるほうが賢明だろう。


 でも私は――。


「ちょっ、アズリエナ?!どういうつもり?!」


 蹲る白狼にゆっくりと近づいていった。

 当然だが白狼も気づかないわけなんてなく、威嚇するように低いうなり声をあげる。

 だが、それ以外には動くこともなく触れられるほど近づいても鋭い眼光で睨みつけてくるだけだ。

 狼狽するイズクをよそに私は何となくだが、精霊言語を試してみる。


『貴方部ェ放セてこう鉈はの?』


 貴方はどうしてこうなったのと聞きたかったけど、意味が取れない相変わらず酷い音が聞こえる。

 とはいえさっきよりは少しマシ、ぐらいにはなったかな?


 白狼に私の言葉が伝わったのか、白狼はぷいっと通路の向こうに顔を逸らす。

 向こうに原因があるのか、それともただ単に答えるつもりがないだけなのか。

 その意図を私は読み取れない。


 それはそれとして注意が私から離れてくれたので、私の二倍くらいの体長の白狼の身体をよく観察する。

 毛で隠れていても、いくつかの場所から出血しているのが見て取れる。

 脇腹、背、後ろ脚、そして一番ひどいのは左前足……。


 傷ができたのも割と最近のよう。

 放っておいたら遅かれ早かれ死んでしまうだろう。

 治療するにも、そんなものは持ち合わせて……あ。


 ふと私は思いつきポケットから調理用のナイフを取り出す。

 それに警戒してか白狼がグルルと唸るが。


『待ってて』


 それだけ言葉で発すると、私は自身のケープの一部分――シアの描いた治癒の魔法陣の模様の部分――を切り取り止血用の布に縫い付けて手当を始める。

 魔法陣は一つしかないから、これは一番酷い左前足の傷に当てる。

 治癒の力は全身に及ぶからあんまり場所は関係ないけど、近い場所が効果が一番強そうな気がした。


 ケープそのものを被せるというのも一つの手ではあったのだけれど、この魔法陣は着用が発動に必須らしいので白狼が嫌がれば元も子もない。

 それにいくら治癒力を高めてくれるとは言え血は戻らないので止血は必須。

 白狼の左前足を早速手当てする。


 外見からではよく見えなかったが、抉れ方が歪だった。

 刺し傷とも切り傷とも違う、当然噛まれたりといった感じではない。


 そう、なんというか。

 杭や楔を打ち付けられたような。


 出血量も本来身体の末端だからそんなに多くなるはずはないのに、腹部を貫かれたがごとく溢れ出ている。

 私は白狼の足の根本を少し強く縛るようにして止血と傷口を覆うように布を巻き付けていく。

 布は巻き付けたとたんに深紅に染まるが、気にせずそのまま留めてしまう。


 それがきっかけとなり魔法陣の効果が白狼に現れ始める。

 次に脇腹、背と手際よく応急処置を施す。


 どうやら他の部分は他の白狼にやられたような噛み傷や爪のもののようだった。

 治療している間も次々傷が塞がっていく。


 一か所を除いて。


「どうして……?」


 最初に塞いだはずの場所が未だに出血が止まらないらしく、布の赤地が広がっていく。

 広がり方はゆっくりにはなってきているものの、何か通常とは違うことが起きているよう。

 いくら一番深い傷とはいえ、流石にそこだけが治りが遅いとは考えにくい。


「傷の形状と何か関係が……?」


 私が心配してもう一度左前足を見ようと屈もうとすると、白狼がもう十分だと言わんばかりにむくりと起き上がる。


『まだ』


 短い単語で白狼に語り掛けるものの、白狼は向こうの通路と私を交互にみるだけだ。


「アズリエナ、ちょっといい?」


 先程まで狼狽してあたふたしていたイズクが、角からこっちに向かってくる

 と同時に白狼が威嚇するように頭を低くする。

 いつでも飛び掛かれるぞ、という様子。


「うわ」


 イズクは嫌そうな顔をして刀を抜こうとし。


「待ってください」

『味方』


 私はイズクと白狼に語り掛ける。

 白狼は私を訝し気な目で見たが、信じてくれたのか姿勢を元に戻す。

 それを見てイズクも手を柄から離す。


「……で、どういうことなの?」

「えっと、この子は危害を為す白狼じゃないってことです」


 傷を見る限り、他の白狼や、何かその他のモノと戦っていたのだろう。

 私の説明にイズクは納得した様子はない、が。


「ま、アズリエナが治療したんだし、しばらくは様子見てもいいけど」


 どうするのと言わんばかりの視線を向けてくるイズク。

 本来ならここで曲がらずまっすぐ進むつもりだったけど、白狼がさっきからこの道の奥を気にしている。


 ……今更なのだが白狼としていると区別がつかなくなりそう。


『名、付けて、いい?』


 白狼の目を見ながら聞いてみることにした。

 当然うんともすんとも言わないが……。

 じーっと私の目を見つめ返される。

 否定では、無いのかな。


 自分で言っておいてあれだが、何か案があるわけではないので少し考える。

 えっと……


『ローヴ、で、どう?』


 私がそう言うと、白狼は襟首をグイっと口でくわえる。


「「え」」


 思わぬ出来事に私とイズクが同じように声を上げる。

 そのまま私の身体は放り上げられローヴの上に乗せられる。

 そしてローヴは通路の奥へと駆け出した。


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